第六百四十二話:両親に連絡
「……で、どういうつもりなのかな?」
「どういうも何も、有野さんに許可貰ってきただけだけど?」
そう言ってSNSのDMの画面を見せてくる一夜。
確かにそういう旨が書かれていた。だけど、私が知りたいのはそこじゃない。
つい先ほどまでは先輩とコラボするのはまだ早いという意見に賛同していたというのに、なぜわざわざ許可を取りに行ったのか、ということだ。
「別にいいじゃん。ハク兄だって、私と一緒にやりたかったでしょ?」
「まあ、それはそうだけど……」
私はヴァーチャライバーとしては新参者もいいところだ。
特別ヴァーチャライバーが好きと言うわけでもないにヴァーチャライバーになるのはどうなのかと言う疑問が残るくらいにはヴァーチャライバーの事をあまり知らない。
だから、すでにデビューしてからそれなりに経っており、すでに確固たる地位を築いている一夜に教えを乞えるのならそうしたいところではある。
リスナーも、月夜ハクと月夜アカリの絡みを楽しみにしているようだしね。
でも、それだけではないような気がする。これは何なんだろう?
「それより、明日はゲーム配信する予定だけど、ハク兄は何やりたい?」
「何があるかによる」
「色々あるよ。よくゲーム配信するから集めてるんだ」
そう言って、いくつかのゲームを見せてくれる。
まあ、最新機種のゲーム機を二台も持ってるんだからそりゃ持ってるか。
中にはインディーズゲームもあるようで、ジャンルも多種多様なものが揃えられていた。
うーん、これだけあると流石に悩むな。
「ちなみに、要望が多いのはホラゲーとFPSだね。怖がらせたい人とゲームスキルを見たい人がいるみたい」
「ホラゲーはわかるけど、なんでFPSに繋がるの?」
「まあ、スマッシュなゲームはめっちゃうまかったわけだし、FPSもうまいと思ったんじゃないの?」
まあ、身体強化魔法を使えばFPSでも大抵は何とかなりそうな気はするけども。
でも、FPS自体はそこまで得意でもないんだよね。
索敵能力がないというか、うまく前に出れないというか、基本的に後ろで射程長い武器持ってちまちま撃ってることしかできない。
まともにできたのはFPSではないけどあのイカゲーくらいだ。
だから、出来ればFPSは遠慮したいかなぁ……。
「ちなみにホラゲーだったら何するの?」
「えーと、これかな。『魔法使いの家』っていう奴」
「知らないなぁ……」
実を言うと、私はホラゲーは苦手だったりする。
学生の頃は怖いもの見たさに遊んでみたりもしたけど、自力でクリアできた試しがない。
それっぽいBGMを流してそれっぽい話をされるだけでもダメなので、結構なビビりだとは思う。
ただ、それは生前の話だ。
ハクとして生まれ変わった今はどうなんだろう? ホラゲーは死が身近にあるわけだけど、それならあちらの世界も似たようなものである。
だったら、少しくらいは耐性がついてたりしないだろうか?
「まあ、ホラゲーは初見の方が実況しやすいし、それはそれでいいんじゃない?」
「それもそうか」
がっつり予習してさくさく進んでいくRTA風のやり方もいいかもしれないけど、ホラゲーはどちらかと言うとびっくりポイントでのリアクションの方が重要視されるだろう。
今の私が驚けるかどうかはわからないが、初見ならばそれも起こりやすいだろうし、ありかもしれない。
「なら、ホラゲーにしようかな」
「オッケー。ちなみに、私はすでにクリア済みだから、プレイはハク兄が担当ね」
「はいはい」
こうして、私は明日の配信でホラゲーをすることになった。
本来であれば絶対選ばない選択肢ではあるけど、ハクとして転生した今、どれほどホラー耐性が付いたのかを確認したいというのもある。
これで全然ついてなかったら笑えないけど……まあ、何とかなると信じよう。
私は片づけを済ませると、眠りについた。
次の日、私は忘れていたことを済ませていくことにした。
その一つが、両親への連絡である。
こうして一夜の家に居候を始めてから五日ほど経ったわけだが、事もあろうに両親へ私が帰ってきたことを伝えるのを忘れていたのである。
いや、いきなりヴァーチャライバーデビューすることになったり、初配信をどうしようか悩んだりで色々大変だったのはあるが、流石にこれを忘れていてはダメだろうと少し反省した。
まあ、両親とは就職して以来会っていないので、疎遠だったというのもあるのだが、流石にこれは連絡すべきだろう。
そういうわけで、一夜のスマホから両親へ連絡することになった。
『もしもし、一夜かい?』
「あ、お母さん? うん、私だけど、今大丈夫?」
『そんな水臭いこと言わないの。いつでも連絡してきていいし、辛くなったら帰ってきていいからね』
流石に、私がいきなり電話したところでわかるわけもないし、まずは一夜に事情を説明してもらうことにした。
なんだか一夜に頼ってばかりで申し訳ないが、いきなり娘のスマホから全く知らない人が連絡してくるよりはましだろう。
そういうわけで説明を任せた。
一夜はかいつまんで私の今の状態の事を説明する。
普通だったら到底信じられないような話ではあるが、娘からの言葉だ、そう無碍にされることはないだろう。
しばらくして、私にスマホが手渡される。
私はごくりをつばを飲み込むと、恐る恐るそれを取った。
「も、もしもし?」
『白夜、本当に白夜なのかい?』
「う、うん。久しぶりだね、お母さん」
電話に出たのはどうやら母だったようだ。
私の声に探るような口調で問いかけてきたが、ぎこちなく返すと、ほっと安堵したようなため息が聞こえてきた。
『ほんとにあんたは……どれだけ心配させたら気が済むんだい』
「ご、ごめんなさい……」
出てきた言葉は心配だった。少し責めるような口調ではあったが、その根底にあったのは心底安堵したような安心感だった。
死んでしまったこともそうだが、私は死ぬ前に仕事を首になっている。だが、そのことを両親には話していなかった。
両親の下から巣立った以上は自分で何とかしなくてはならない。そんな固定観念にも似た何かに支配されていて、両親に縋るという選択肢なんて全然出てこなかったのだ。
でも、この声を聞く限り、それは間違いだったと気づく。
最初から当てにするのは間違いかも知れないけど、本当に困ったのなら縋ってもよかったのだ。
妹ばかりが優秀で、私はあまり期待されていないのかと思っていたけど、そんなことはなかったんだな。
『もうどこにもいかないんだろうね?』
「ごめん、それは確約できない……」
『……そうかい。でも、死ぬわけじゃないんだね?』
「うん。もう死ぬつもりはないよ」
『それならいい。あんたが無事ならそれで』
それから、いろんな話をした。
あちらの世界での出来事や現在の状況、一夜と一緒にヴァーチャライバーをやり始めたことも含めてね。
母としては実家に帰ってきてほしそうだったけど、そこはこちらの判断に任せるようだ。
これのためだったら転移魔法を使ってもいいかなと思ったけど、そのことを話したらそんなことのために使うな、取っておけと言われてしまった。
相変わらず言うことがはっきりしている。以前と変わらないお母さんだ。
その後、お父さんも会話に加わり、気が付けばお昼を過ぎていた。
名残惜しくはあったけど、無事も確認できたし、また連絡すると言って電話を切る。
久しぶりに両親の声を聞いて、心に空いた穴が埋まったようだった。
また一段とこの世界にいたいという欲が強まってしまったけど、それはどうしようもない。
結果を考えればあんまり未練が残るようなことはしない方がよかったんだろうが、それは流石に憚られた。
もし叶うならどちらの世界の家族ともいつでも会えるような環境が出来上がればいいのに。
感想ありがとうございます。




