第六百四十話:どうしてこうなった
「どうしてこうなった……?」
私は今、デパートにある下着売り場に来ている。
隣では一夜が実に楽しそうに私に装着するためのブラを選んでいる。
おかしい、私は転移の原因を調べるために大通りを調べに行くはずだったのにどうしてこんなことになっているのだろう。
いや、原因はわかっている。それは、一夜の何気ない一言が始まりだった。
「そういえば、はっちゃんってブラはどうしてるの?」
「いや、つけてないけど」
「え!? それはやばいよ。ブラがないと擦れて痛くなるし、あんまり放置していると将来垂れちゃうよ?」
「は? いや、私はこれ以上成長しないから必要は……」
「そうだ、今から買いに行こ! 任せて、私が選んだげるから!」
と、そんな会話があり、調査を早々に切り上げてデパートまで来たわけである。
うん、言った通り私は精霊だからこれ以上成長しないので、擦れて痛くなることも垂れることもない。
生理すらないからね。私を人間と同じと思う方がおかしい。
それなのに、一夜は全く聞く耳を持たず、強引に私を引っ張っていってしまったのだ。
絶対自分が楽しみたいだけだと思うけど、私としてもあちらの世界の下着よりはこちらの世界の下着の方が圧倒的に優れているのは事実だと思うし、少しはその恩恵に与りたいなと思ってしまったので特に反対もしなかったけど、よくよく考えてみると元とはいえ男が下着売り場に来るのはいかがなものなのか。
いや、まあ、今更だとは思うけども。
「はっちゃん、これなんてどう?」
「あの、一夜?」
「あ、こっちの方が可愛いかな。まだまだ小さいけど、女の子はすぐに成長するんだから、諦めなくていいからね」
「おーい」
「悩むなぁ。いっそのこと全部買っちゃう?」
「ダメだこりゃ……」
さっきからずっとこの調子である。
私が兄だということを忘れているんじゃないだろうか。こんな楽しそうな一夜を見たのは久しぶりな気がする。
一応、私が精霊であることも話したはずなんだけどなぁ。信じてないのか信じたくないのか知らないけど、困ったものだ。
と言うか、私は今のところ一文無しなのだが全部自分で買うつもりなんだろうか?
ちらっと見たけど、どれも結構なお値段がするけど……。
「あ、下も考えないとね。はっちゃんは何か希望ある?」
「いや、何でもいいけど、戻って来い?」
鎮静魔法をかけてもいいけど、せっかく気分よさそうなのにそれを落ち着けてしまうのもなんだか可哀そうな気がするので少し迷っている。
それに人前だし、一瞬とは言え魔法陣が出現するのは怪しいだろうから下手に魔法は撃てない。
いや、魔法陣に隠蔽魔法をかければいいだけの話だけど、出来るだけ省エネで行きたいしなぁ。
結局、私は一夜のやりたいようにさせてあげた。
その結果、上と下のセットが三着ほどお買い上げになりました。よくやるわ。
「さて、お次は服だね!」
「まだやるのか……」
下着を買うだけでも結構な時間を要したのにさらに服まで買いに行くのか。
今はそれほど疲れないからいいけど、以前の私だったらとっくに息切れしてるだろうな。
買い物に関しては女性の体力は底なしなのかもしれない。
「そんなに買って大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。それなりに儲けるからね」
チャンネル登録者数20万人は伊達ではないらしく、それなりに投げ銭も貰っているらしい。
まあ、大部分は配信サイトと企業の方に持っていかれてしまうらしいけど、それでもちょっと高いお小遣い程度にはなっているようだ。
一夜のために送られたお金を私のために使っていいのかどうかは疑問だが、まあ、どう使おうと一夜の自由か。
「まあ、一夜がいいならいいけど……」
一応、私とて服に興味がないわけではない。
この世界の縫製技術はあちらの世界ではまだそんなに普及していないようだし、化学繊維を使った服は丈夫で見た目もいい。
まあ、流石にその辺の安物と貴族に贈られるようなドレスを比べたらドレスの方が立派ではあるけど、普段使いの服としてはこちらの方がかなりレベルが高い。
せっかくこの世界に来れたのだから、服の一着や二着は欲しいと思っていた。
だから、一夜の提案を真っ向から否定する気はない。
ただ、ここまでされて何も返せないでは兄としてどうかと思うので、何かしらの形で返したいとは思っているが。
「はっちゃん、ここではお姉ちゃんでしょ」
「あー、うん、そうだね、お姉ちゃん」
一夜が外で私の事をハク兄と呼んだら不審に思われるからはっちゃんと呼ぶように、私も一夜の事はお姉ちゃんと呼ばなくてはならないらしい。
別に名前で呼び合う姉妹くらいいると思うけど、まあ年齢的に名前を呼ぶのはおかしい、のか?
まあ、凄く呼んでほしそうだったし、ここは合わせておくとしよう。
「可愛いの選んであげるからねー」
「はいはい……」
なんだか着せ替え人形にされる未来が見えたが、一夜も久しぶりに私と買い物できて嬉しいのだろう。
子供の頃に戻ったようで私も楽しいし、好きにさせてあげたらいいと思う。
まあ、やりすぎたら反抗するけど。
結局、服も何時間とかけて選ぶ羽目になり、昼食を挟んで帰ってきたのは日没近くだった。
「いやぁ、大量大量」
買い込んだ服の数々。絶対どれかはタンスの肥やしになりそうだが、比較的いい買い物ではあったと思う。
服の他にも、私のための日用品も買ってきたので、これでひとまず生活の基盤はできてきただろうか。
転移についてはあまり調べられなかったけど、まあこれもやらなきゃいけないことだったし有意義な時間だったと言えるかな。
「それじゃ、晩御飯作っちゃうね。ハク兄はお風呂の準備をお願い」
「了解」
ひとまず、服に関しては私の【ストレージ】にしまい、他の日用品についてはそれぞれの場所に収めた。
これで、もし不意に帰ることになっても服は持って帰れるな。
……いや、そんな考え方はダメか。もし帰るのならば、きちんと一夜にお別れをしないと気が済まないだろう。
でも、万が一に備えてある程度の宝石や魔石などの素材を出しておく。
こうしておけば、不意にいなくなってしまっても役立たせることができるだろう。
「いつまでいられるかな……」
私はあちらの世界に帰りたいと思っている。しかし、同時にこの世界にもいたいと思っている自分がいる。
一夜もそうだし、両親だって大切な家族なのだ。死に別れてそのままというならともかく、こうして再び出会える機会が巡ってきてしまった以上はまた一緒にいたいと思ってしまう。
仮に帰るとなった時、私は素直に別れを告げて帰ることができるだろうか?
一夜も一緒にあちらの世界に連れて帰るというのも手ではないのか?
「いや、それはダメだよね……」
この世界とあちらの世界では文字通り住む世界が違う。
この世界に慣れ切ってしまっている一夜を連れていくことは、一夜を不幸にすることと同じだろう。
だから、連れていくことはできない。別れるしかない。
「せめて、綺麗に別れられるといいな……」
いつまでのこの世界に滞在できるかはわからないけど、いつかは終わりが来るだろう。
その時に、せめて悔いのない別れ方が出来ればなと思った。
感想ありがとうございます。




