第六百三十九話:やるべき配信は
ひとまず、ヴァーチャライバーとして無事デビューすることができた。
反応はそれなりに上々で、翌朝見てみたら着々とチャンネル登録者が増えていっていた。
ちなみに、登録者の数は私が一番多く、それに次いでチトセさん、アケミさん、スズカさんの順である。
まあ、とは言ってもほんとにごく少数の差であり、今後の活動次第で容易に逆転できるほどのものだったりする。
私が多いのは多分、一夜の配信にお邪魔したからだろう。
たった一度だというのに、見ている人はよく見ているものだ。
「それで、配信って何すればいいの?」
「何でもいいんだよ。雑談でもいいし、ゲーム枠でもいいし、料理してみたりしてもいいしね」
「何でもって言われると少し悩むんだけど」
私はヴァーチャライバーに関する知識はほとんどない。
たまーに動画サイトで見て、へぇこんながあるんだ、と思う程度だった。
私が検索していたのがゲームの事だったので、いろんなジャンルのゲームを実況したり、誰かと一緒に遊んだりして盛り上げるものだという印象がある。
実際、一夜もゲーム枠をやっているようだし、私もそれに倣うべきかなぁと思う。
ゲームに関しては目に身体強化魔法を使えば自信がある。まあ、なくても一部のゲームはやり込んでいたこともあるので体が覚えていれば何とかなると思うが。
「何も思いつかないなら雑談枠でいいと思うよ。質問箱に寄せられた質問に答えていくだけでも面白いし」
「そう言うものなのかねぇ」
まあ、仲のいい友達とする雑談は楽しいものだけど、そんな感じなんだろうか。
とりあえず、新人として配信はそれなりの頻度で上げる必要があるだろう。
一夜も配信しなきゃいけない以上、コラボ以外で同時にやることは難しいが、出来る限り毎日上げた方がいいと思う。
そう考えると、確かに雑談は特に用意するものもないし、ちょうどいいのかもしれない。
「不安なら私とコラボする? リードして上げるけど」
「それは嬉しいけど、新人がいきなり先輩とコラボってどうなの?」
こういうのはよくわからないけど、まず同期と交流を深めて、その後先輩とかからお誘いがあってそれに乗っかってコラボしていくというのが普通じゃないだろうか?
いきなり先輩とコラボしたら同期と不仲なんじゃないかとか囁かれそうだし、それは『Vファンタジー』も望むところではないだろう。
まあ、最初から姉妹と言う触れ込みなのだしそこまで気にしなくてもいいのかもしれないけど、ちょっと気になる。
「それもそうか。なら、まずは一人で経験を積むか、同期の子を誘ってみたらいいんじゃないかな」
「うーん……」
あの感じからして、多分誘えば快く引き受けてくれそうな気はする。
でも、誘って何するんだというのが問題だ。
いや、最初は無難に雑談とかでいいんだろうけど、彼女らとは顔合わせの時にあった程度でそこまでの交流はない。
そんな状態で話が続くのかと言うのが少し不安だ。
もちろん、相手も一応ヴァーチャライバーなのだから、間のつなぎ方くらいは把握しているとは思うけど、迷惑を掛けそうで怖い。
となると、まずは一人で経験を積み、トーク力を上げてからの方がいい気はする。
「まあ、今日は普通に一人で配信しようかな」
「オッケー。サポートは任せてね」
さて、それじゃあ今夜配信することをSNSで知らせておいてと……。
と言うか、今気づいたけどフォロワー数が大変なことになってるな。
チャンネル登録者数もそうだけど、こんなに勢いがあるものなのか。
新人デビューと言う注目性を考えても伸びがやばい。
私が以前使っていたアカウントはこの十分の一もいなかったというのに。
「ヴァーチャライバーって凄いね」
こうしている間にも、私の告知にはコメントがついたり、いいねがついたり、拡散されたりしている。
ヴァーチャライバーの人気がよくわかる光景だと思う。
この人達の期待を裏切らないためにも、頑張ってやっていかないとね。
「それはそうとハク兄、質問箱は設置したの?」
「あ、そう言えば忘れてた」
雑談の強い味方である質問箱。
昨日は用意し忘れていたが、そろそろ設置しておかないと困る頃合いだろう。
流石に、ずっとリアルタイムで質問を募集するわけにもいかないし。
また同じ轍を踏むところだった。危ない危ない。
「もう、しっかりしてよね」
「ごめんごめん」
改めて質問箱を設置したことをSNSで報告し、とりあえず一安心。
まあ、夜までにそこまで溜まるとは思わないけど、1、2件はくるだろう。
足りない分は、仕方ないからまたリアルタイムで募集することにしよう。
「ハク兄は何時に配信するつもりなの?」
「決めてないけど、まあご飯食べたら?」
「なら21時頃でいいかな。私は今日は配信しないから、部屋は好きに使っていいよ」
そういえば、一夜の配信もあるんだよな。
私は現在一夜の部屋に居候している形だから、配信する場所も一緒。つまり、同時に配信するにはコラボするしかないのだ。
まあ、一応、機材を移動させればできないことはないけど、音漏れの心配もあるしちょっと大変そうである。
やろうと思えば結界で音漏れは防げるかもしれないけど、大変なのは間違いない。
私が来たばっかりに一夜には迷惑をかけることになるなぁ。
「なんかごめんね?」
「なんの謝罪?」
「いや、迷惑かけてるから」
「そんなの今さらでしょ。それに、私は今ハク兄が帰ってきてくれて嬉しいの。だからそんなことで謝らないで」
もう二度と会えないと思っていた私に会うことができた。それだけで一夜は満足らしい。
それを聞くと、私の心は少し暗くなる。
いや、私も一夜に会えたのは嬉しいけど、すでに私の居場所はここではない。
帰るべき世界があり、いつかはここを出ていかなくてはならない。
私がここにいてくれるだけで嬉しいと言ってくれている一夜の期待を裏切らなければならない。
そう考えると、少し複雑な気分だった。
もちろん、今すぐにどうこうなるわけではないだろう。今のところ、元の世界に帰る方法はさっぱりだし、すぐ助けが来る可能性も低い。
だから、それまではこのぬるま湯に浸かっていてもいいのかもしれない。
「それより、今日は行くところがあるんじゃなかったの?」
「あ、うん、そうだね」
配信は夜だが、朝のうちにやっておきたいことがある。
それは、私がこの世界にやってきて最初に現れた場所。そう、あの大通りだ。
あの時は必死であれがどこにあったものなのかはわからなかったけど、今冷静になって思い出してみれば、それほど遠くない場所だとわかる。
なぜなら、そこは私が勤めていた会社のすぐ近くだったから。
そこに行って何がわかるかと言うのはわからないが、一番最初に現れた場所である。何かしらの手がかりがあるかもしれない。
そういうわけで、行ってみようと思ったわけだ。
「一夜も来る?」
「うーん、まあ、暇だし行こうかな」
一夜であれば、仮に何か見つかったとしても問題はない。連れて行っても大丈夫だろう。
ほんとは大人モードになっていくつもりだったけど、一夜と言う保護者がいるなら問題はないかな?
私は身だしなみを整えると、一夜と共に件の大通りへと向かった。
感想ありがとうございます。
 




