第六百三十七話:初配信
翌日、ついに私を含めた三期生がデビューする日がやってきた。
ここまでの展開は怒涛で、正直ついていけてない感があるけど、それでも何とか一夜にやり方を教わりつつ、準備を整えてきた。
喋る内容のメモも書いてきたし、よほど不測の事態が起きない限りは大丈夫のはず。
「いよいよだね」
「う、うん」
現在22時50分。一夜のパソコンの画面では鈴鹿さんこと遥スズカさんがトークを繰り広げている。
もうそろそろ私の出番だ。
今一度機材の確認をする。と言っても、ほとんどは一夜が用意したのでそこまで詳しいわけではないのだが、まあ念のためね。
ちらりと買ってきたばかりのパソコンの画面を見る。
そこには私のチャンネルで枠が取られており、配信前の待機状態の画面となっている。
ヴァーチャライバーの企業としてはそこそこ有名なのか、前三人の影響もあるのか、そこには待機しているリスナーがかなりの数いて、数を確認してみるとその数はなんと1万人を超えていた。
まだ始まってすらいないというのにチャンネル登録者も結構な数に上っている。
一昨日の配信を見てくれた人か、あるいは『Vファンタジー』自体を追っている人だろう。
予想以上の人である。あんな適当な宣伝でなんでこんなに人が来るんだ。
それだけリスナーの情報網が広いということなのだろうか。確かに、一度ネットに流れた情報は瞬く間に広がっていくイメージがあるしね。
「……時間だね。すぅ……はぁ……よし、始めよう」
今一度配信環境の確認をし、深呼吸をしてから、私は配信開始のボタンを押した。
(コメント)
・来た!
・きたー!
・きちゃ!
・待ってました!
「えー、皆様こんばんは。『Vファンタジー』三期生のトリを務めさせていただきます。月夜ハクと申します。よろしくお願いしますね」
(コメント)
・めっちゃ敬語w
・真面目か!
・三期生の常識人枠か
・アカリちゃんの配信からきました
・待ってたぞハクちゃん!
「さて、すでにご存知の皆さんもいるようですが、ひとまず自己紹介をいたしましょう。こちらが設定ですね」
私は一夜に合図して、設定をまとめた資料を画面に表示させる。
名前他、キャラ設定やキャラの立ち絵など、事細かに書かれているものだ。
ちなみに、私の立ち絵は奇しくも私と同じ銀髪キャラで、黒いとんがり帽子が特徴的なロリ魔法使いと言った感じだった。
元々、ファンタジーのお約束キャラと言う設定の下描かれた立ち絵は、基本的に勇者パーティと魔王軍、そして勇者を支援する他キャラと言った具合で、その中でも私のイメージに一番近かったのがこの立ち絵だったのである。
立ち絵の生みの親。この界隈で言うところのママは有名なイラストレーターらしく、『Vファンタジー』の社長とも懇意にしているようで、よくママになってくれるらしい。
その人のイメージでは、戦闘ではクールな一面を見せるが、勇者の事が大好きでよく甘えている、みたいな設定を考えていたらしい。
まあ、勇者が選ばれるかどうかすらわからなかったわけだし、この設定は完全にお蔵入りする気満々だったらしいが。
まあそんなわけで、そんな立ち絵に私の設定を無理矢理ぶち込んで生まれたのが月夜ハクなわけである。
背が低いのはいいとして、妖精設定なのに羽根とかないのはどうかと思ったが、よく考えたら一夜のキャラであるアカリも羽根なんて生えてないし今更か。背は低いんだけどね。
(コメント)
・設定がちがちで草
・いうてチトセちゃんとかもそこそこ練られてたやん?
・それでもこんな長くなかったけどな
・異世界からやってきたっていうのは他の人達と一緒か
・アカリちゃんの妹!
・唐突な姉妹設定
・竜の血が流れてるってマジ?
「こんな感じですね。元々ここに来るつもりはなかったんですが、古代遺跡の調査中に謎の魔法陣が起動してこの世界まで飛ばされてしまいました。なので、もし帰る方法を知っている方がいたら教えてくれると嬉しいです」
(コメント)
・勇者を助ける妖精とは違う感じ?
・まず服を脱ぎます
・妖精も遺跡調査する時代かぁ
・異世界は地球と繋がっていた?
「続いて、プロフィールですね。身長135センチメートル、年齢は15プラス700歳くらい、好きなものは家族、嫌いなものは家族を危険に晒す人、こんなところでしょうか?」
(コメント)
・ちっちゃ! 小学生くらいやん
・年齢がおかしいw
・ロリかと思ったらめっちゃ年喰ってた
・そう言えばそんなこと言ってましたねぇ
・家族大好きマン
・だからアカリちゃんのこと好きなんだね
・と言うか敬語やめれ。前みたく砕けた口調の方がいい
「敬語、ダメですかね? あの時はお姉ちゃんと二人で話している感じだったからそんなに気にしてなかったけど、私を見てもらうために集まってもらったのにいきなりタメ語は失礼では?」
(コメント)
・タメ語ばっちこい
・敬語の方が話しやすいならそれでもいいけど、ちょっと硬いかな
・自然な感じなハクちゃんが見たい
・だいじょぶだいじょぶ
・気軽に行こ
「そうですか……。では、コホン……ほんとは家族以外にはあまり使わないんだけど、いつも通りに話すね」
面と向かって話すならともかく、相手は画面上の文字である。
だからこそ、コメントもこんなに気軽な感じで書けているわけなのだから、こちらもそれに合わせて砕けた口調を取るべきだろう。
私が敬語を使うのはその方が面倒が少ないからと言う理由で、敬語を使うからと言ってその人の事を大事に思っていないというわけではないけどね。
「えーと、お次は、ファンアートタグとかを決めていく感じかな。素朴な疑問なんだけど、私のファンアートを描きたい人なんているの?」
(コメント)
・ノ
・ノ
・ここにいます
・むしろすでに描いてる
・三期生全員描いた
「へぇ、意外だね。描いてくれるって人はありがとう、楽しみにしておくね」
まあ、みんなが見ているのは私ではなく立ち絵の『月夜ハク』であって、私ではないのだから描きたい人もそりゃいるか。
さっきの発言はママであるイラストレーターの腕を疑うような発言だったかもしれない。ちょっと失敗しちゃったな。
でも、ファンアートを描かれるなんて今までにない体験だし、動揺してしまうのも仕方のないことだと思う。
以前、テトに私の絵を描いてもらったことがあったけど、あの時は嬉しさよりもその情熱に引いた気がする。
あそこまでのレベルが来るとは思わないけど、でも広いネットの住人達だし、あっと驚くような絵を描く人もいるかもしれないね。
「お次は、ファンネーム? リスナーの皆さんの呼び方か。皆さんなんて呼ばれたい?」
(コメント)
・勇者様とか?
・家族が好きなら家族とか
・お前ら
・アカリちゃんと姉妹ならアカリちゃんと同じで夜の民とか?
・お前ら、妹キャラなんだぞ? ここはお兄ちゃんに決まっているだろう
・それだと俺らみんな妖精ってことになるけど
・パパと呼ばれたい
・妖精さんでいいんじゃね?
あれこれ言ってくれるけど、ピンとくるものはないなぁ。
設定的に国王なら民とか魔王なら配下とか言う設定は思いつくけど、妖精と言う設定だとなかなか浮かばないと思う。
リスナーは妖精にとって何なのか、それを考えると、出てきた案の中ではまあ、妖精さんが一番無難かなぁ。
家族、もなかなかありな気はするけど、流石にそこまでリスナーと交流を深めているわけではないのでまだその呼び方は早い気がする。
そういうわけで、リスナーの呼び方は妖精さんに決まった。
妖精が妖精の事を妖精さんと呼ぶのもおかしい気もするが、まあ気にしなくていいだろう。
自由にやっていこう。
感想ありがとうございます。




