第六百三十四話:パソコンを買う
こういうのって普通は企業側が用意してくれるのだろうか。
その日は明日のためにも色々と考えを練ってから眠りについた。
一応、そのおかげもあって配信で何を話すべきかはだいたい決まったように思える。
本来であれば、質問箱で質問を募集し、その質問に答えていくという手があるのだが、私は生憎とパソコンもスマホも持っていない。
いや、生前使っていたものはあるだろうけど、スマホは多分交通事故の衝撃で壊れただろうし、パソコンにいたっては回収されてしまっている。あるのは恐らく実家だろう。
だから、質問箱を使うことはできない。
いや、一応代案として、月夜アカリの質問箱にいくつか私への質問がある様なのでそれを答えるというのも手だが、今回はそれでしのげるとしても、いつまでもその方法で行くわけにはいかないだろう。
そもそもチャンネルを開設したりSNSのアカウントを作ったりしなくてはならないので、それらをすべて一夜のパソコンで済ませるのは無理がある。
せめてノートでもいいから買うべきだろう。
「うわぁ、なんか眩しいな」
そういうわけで、午前中の時間を使って近くにある家電量販店にパソコンを買いに来ていた。
一夜が使っているのはゲームもぬるぬる動くようなハイスペックな奴のようだけど、流石にそこまで贅沢は言わない。
と言うか、今の私は完全に無一文である。一夜のお金を使う以上、あまり高いものをねだるわけにはいかなかった。
まあ、配信は最悪一夜と一緒にやればいいし、最低限のものがあれば問題ないだろう。
そういうわけで、それなりの性能のノートパソコンを探しに来ているわけだが、案外高い。
いや、あちらの世界の価値で言ったら金貨2枚程度なんだけど、それがいかに高いかを見せつけられた気分である。
頭の中ではわかっていても、実際に見ると感じ方も違うよね。
「換金所があればいいんだけどなぁ……」
あちらの世界では、大抵の素材はギルドが、そうでなくてもお店に行けば関連するものは買い取ってくれることが多かった。
だけど、こちらの世界でいきなり宝石を見せたところで買い取ってくれる場所は少ない。
いやまあ、質屋とか行けば買い取ってくれるかもしれないけど、近くにそんな都合よくあるはずもなく、結局換金することはできなかった。
以前はその日生きるだけでも精一杯の暮らしをしていたというのに、偉くなったものである。
お金の大事さが身に染みるね。
「はっちゃん、これなんかいいと思うんだけど、どうよ」
「いや、正直どれがいいかとかわからないから任せるけど……大丈夫? 高くない?」
ちなみに今の私はいつもの子供姿である。
それに合わせて、一夜の呼び方もはっちゃんとなっている。
まあ、大人モードでもよかったんだけど、今回はこの後の予定もあって一夜が一緒にいるので、機械に強い一夜に任せてしまおうということでこちらの姿を選択した。
なんだかんだ、こっちの姿の方が落ち着くしね。
「これくらいなら全然安い方だよ。と言うわけで決定ね」
「まあ、一夜がそれでいいならいいけど」
その他のマイクやらの機材は時間が足りないということもあり、とりあえずは一夜のものを使っていくという形を取ることにした。
なんかめちゃくちゃ迷惑かけている気がする。向こうが言い出したこととはいえ、なんだか申し訳ないな……。
まあ、そんなわけで無事にパソコンを購入し、設定を済ませて使えるようにした。
他のメンバーはとっくにやっているであろうチャンネル開設とSNSのアカウントを作り、一夜指導の下、宣伝をする。
これに関しては有野さんも了承済みだ。だから問題はないが、もう夜には配信だというのに今更作ったところで見に来る人はいるんだろうか。
公式は宣伝しているのに、一人だけアカウントが見つからないとなれば混乱しちゃうんじゃないかと思うんだけど。
それもこれも、こんな急なスケジュールを組んだせいである。
少しは心の準備と言うものをさせてほしいものだ。
「失敗する未来しか見えないんですが?」
「それは五分五分かなぁ……。三期生の名前を見て、私の配信に出てきたハクちゃんだってことはわかるだろうし、少なくともあの配信を見ていた人は来てくれると思うよ」
私の名前。もちろん本来の名前ではなくヴァーチャライバーとしての名前だが、昨日の話し合いの末、『月夜ハク』となった。
これは、一夜のキャラである『月夜アカリ』の妹分であることが由来しており、赤の他人とはいえせっかく姉妹の絆と言うアドバンテージがあるのだから、それを生かさない手はないということで設定上でも姉妹設定となった。
だから、その名前を見れば、あの時配信を見てくれた人は食いつくだろうという予想である。
まあ、あの時は一応私のヴァーチャライバーデビューを応援してくれていたわけだし、可能性は確かに高いかもしれない。
あの時ってどれくらいの人が見ていたんだろう? 確認していなかったからよくわからない。
「まあ、最悪数人しか来なくてもいいかなぁ」
元々私は話すのがそこまでうまいというわけでもない。
そりゃ会話しろと言われたらできる限り話すけど、どこまでトークが続くか。
当然、醜態を晒す可能性もあるわけで、それだったら傷は浅い人数だったほうが精神安定上楽である。
「何言ってんの。そんなんじゃヴァーチャライバーとして大成できないよ?」
「いや、別にそこまで有名になりたいわけでもないし」
まあ、そりゃお金を稼ぐためにやるわけだし、投げ銭が貰えるくらいには有名になりたいとは思うが、最悪人気が出なくても構わない。
最終手段としては店を探して宝石を売るなりすればいいだけの話だし、そもそもそうなる前にあっさり帰る方法が見つかるかもしれない。
もしそうなってしまったら雇ってくれた企業には悪いと思うが、そこは運命だったと受け入れてもらうしかないだろう。
せめて置き土産くらいはしたいものだ。
「せっかく色んな武器を持ってるのに、もったいない」
「武器って?」
「そりゃ魔法の力だよ。それがあれば、大抵なんだってできるでしょ?」
確かに、魔法はイメージ次第で理論上はどんなこともできる。
だが、大抵の場合は魔法は攻撃の手段だ。
私はそれをアレンジして色々なことができるようになったけど、例えば勝手に掃除してくれる魔法とかそういうことはできない。
それに、この世界での魔力は有限だ。そりゃ、身体強化魔法みたいな消費が少ないものならまだいいけど、いずれはなくなるものである。
それに頼って生きていくというのはちょっと難しいんじゃないかな。
「そっか。魔法も万能じゃないんだね」
「そういうこと」
自由にあちらの世界と行き来できるって言うなら別なんだけどね。
そうすれば、魔力を回復できるし、いくらでも魔法が使い放題だ。
まあ、使い放題になったところで使う場面は限られるけども。
「でも、他にもフルートが吹けたり、絵が描けたりするでしょ?」
「まあ、できるけど、そこまでうまいってわけでもないよ?」
「いや、どっちも普通にうまいから」
フルートに関してはシルヴィア達の特訓のおかげもあって今でも多少は吹ける。
【ストレージ】にしまってあることを思い出し、演奏してみたが、なかなか好評だった。
でも、所詮は素人のつけ焼き刃だし、あれ以外の曲はそこまで吹けないと思う。音楽の精霊の加護ももうないだろうし。
絵だって、カードゲームの原案を描くのにちょっと描いているだけで、仕上げをしているテトには及ばない。
竜の力を除くと、私はそんなに凄いわけではないのだ。
なぜかわかってもらえないけどね。なんでだろう。
感想ありがとうございます。
 




