第六十五話:宮廷魔術師
「陛下、流石にこのような小娘に宮廷魔術師の座を与えるなど、大袈裟過ぎやしませんか?」
ざわざわとざわめく中、王様の傍に控えていた一人が一歩前に出た。
煌びやかな宝飾を身に着けた老年の男性。目つきが悪く、落ち窪んだ目はまるで幽霊のような不気味さを感じる。
彼は大袈裟に両手を広げて言い放つと、私を指さしてきた。
「こんな見るからに幼く未熟な小娘を宮廷魔術師にするなど、それこそ国の威信に関わります。そもそも、このような小娘がたった一人でオーガの軍勢を屠ったというのも信じがたい。噂だけで判断するのは早計ではありませんか?」
そう言ってこちらを馬鹿にしたような笑みを浮かべてくる。
まあ、言い方はちょっとあれだけど、この人の言う通りではある。
王様は明らかに噂だけを聞いて判断しているし、見た目も中身も宮廷魔術師たりえるとは思えない。
もし、私が宮廷魔術師になったとして、他の国はどう思うだろうか。きっと、まだ未熟な子供にすら勝てる人材がいないのかと思われてしまうだろう。
宮廷魔術師になるにしても、せめてそれにふさわしい年齢になるまではならない方がましなのではないかと思う。
「私は噂だけで判断しているつもりはない。この者の内なる強さを見出し、それに感銘を受けたからこその宮廷魔術師だ。そなたも我が国の宮廷魔術師であればこの者の実力を測れるのではないか?」
しかし、王様は努めて冷静な態度で返す。
私のどこを見て宮廷魔術師に足りえるか判断したのかは知らないけど、微塵も疑っていないという王様の態度に宮廷魔術師と呼ばれた老人は怯む。
「も、もちろん、この小娘は魔術師としてはそこそこの実力を持つのは確かでしょう。ですが、本人も言っていたようにこの私の足元にも及ばない。はっきり言って格が違いすぎますな。宮廷魔術師の座はこの私のみで十分でしょう」
「お主がいれば、先日の騒動もこの先起こるであろう戦も解決できると?」
「もちろんでございます」
「ふむ……」
身振り手振りを交えながら熱弁する老人に対し、王様は考え込むように顎髭を撫でる。
場はしんと静まり返り、視線はいつの間にか二人のやり取りに向けられていた。
何だか険悪な雰囲気。私なんでこんなところにいるんだろう。
宮廷魔術師だという老人の言う通り、私は宮廷魔術師としてふさわしくないから帰れ、でいいと思うんだけど。どうしても褒美を取らせたいって言うならせめて別の形でとかさ。
下手に発言することもできず、きりきりと痛む胃を押さえながら事の成り行きを見守ることしかできない。
「そこまで言うのなら、実際のその実力を見せて貰おうではないか」
「はっ?」
「ルシエルよ。相手を頼まれてくれるな?」
「ええ、もちろんです。軽くあしらって差し上げましょう」
「よし、では練兵場に向かうとしよう」
王様のトンデモ発言に思わず耳を疑う。
え、実際に実力を見せるって、え? 戦えってこと?
ぽかんとしてる間にルシエルと呼ばれた老人はにやりと笑って恭しく礼を取り、王様は玉座から立ち上がる。
ちょっと待って、ほんとに戦うの? 私の意思は?
「すまんな、こうでも言わねばあ奴は納得せんだろうからな。付き合ってくれるか?」
「は、はぁ……」
すれ違い際、王様が小声で話しかけてきた。
まあ、確かにあの人、頑なに私のことを認めようとしてなかったけどさ、その通りなんだから別によくない?
私はその発言に不満なんて持ってないし、素直に言うこと聞いて帰らせてくれるだけでよかったんだけど!?
しかし、思っていても王様に面と向かって言う勇気もなく、数人の人々を伴って練兵場に連行されることになった。
城の一角にある練兵場では多くの兵士が訓練に明け暮れており、そこかしこで模擬剣による試合が行われていた。
しかし、そこに王様が現れると一糸乱れぬ動きで整列し、敬礼する。
この辺りの動きは流石というところ。
王様はそれに対して軽く応えると、ここに訪れた理由を話した。
王様の命令に逆らうはずもなく、部隊長らしき人物は深く礼を取り、すぐさまフィールドが整えられる。
「よし、ではハクよ。そなたの実力を見せてもらおう」
「わかりました」
ここまで来てしまった以上、もう逃げることはできないだろう。
観客席には王様他、訓練に参加していた兵士達も含まれる。何のことかわからない様子の兵士も、ルシエルさんが相手するとあって私に興味津々のようだ。
観客が王様というのはかなり緊張するけど、悪いことばかりでもない。
なにせ、相手は宮廷魔術師だ。宮廷魔術師は魔術師なら誰もが憧れる職業。そんな人と手合わせできる機会なんてそうないだろう。
せめてかっこ悪く負けないように気を付けつつ、盗めるものがあれば盗んでおかないとね。
一定の距離を開け、向かい合う。よほど自信があるのか、ルシエルさんは終始笑みを浮かべている。
うーん、手加減なんてしてくれなさそう。
「試合は模擬戦形式。殺しは禁止、どちらかが戦闘不能になるか、降参の意志を見せた時点で終了となります。お二方、準備はよろしいですか?」
「はい」
「いつでもいいぞ」
審判の兵士が双方に確認を取る。
お互いが頷くと、大きく手を振り上げた。
「それでは、始め!」
開始の宣言と同時に後ろに跳びながら水の刃を放つ。
いつもと違って怪我しないように刃は丸めて潰してあるけど、当たれば結構痛い。
避けることも加味して三方向に放たれた刃をルシエルさんは避けることもなくそのまま受ける。
若干よろめいたようだったが、特にダメージは負っていないようだ。
身体強化魔法かな? 全然見えなかったけど。
流石、宮廷魔術師ともなるとその程度の魔法なら一瞬で発動できるようだ。これは畳みかけた方がいいかな?
「はっ」
目に身体強化魔法をかけ、動き回りながら次々と水の刃を放つ。
微動だにしないこともあって当たりはするけど、やはりそこまでのダメージを与えている様子はない。
「小癪な! 苛烈なる炎よ、彼の者を仄暗き地獄の闇に落とせ! ヘルフレイム!」
攻撃を受けつつも詠唱を完成させたルシエルさんの手から極太の炎の渦が出現する。
その規模は大きく、狙いすましたかのように私の退路を塞いでいく。
これは、まずいかも。
周囲に逃げ場はないことを確認し、とっさに足に身体強化魔法をかけて大きく跳躍する。
その直後、炎が混じり合い、先程までいた場所を炎の海に沈めていた。
ふぅ、危ない危ない。
着地してルシエルさんの方を見ると、避けられるとは思っていなかったのか驚いたような顔をしていた。
「ちっ、ならば……!」
再び詠唱を始めるのが見えたので即座に水の矢を放つ。もちろん、刃先は丸めてあるから刺さることはない。だが、詠唱を中断させることくらいはできる。
宮廷魔術師として王様を楽しませるためにわざと大きな魔法を使っているんだろう。恐らくさっきのは範囲魔法だ。
範囲魔法は広範囲の複数の敵を殲滅するには便利な魔法だけど、一人に対して使うにはあまりにも燃費が悪すぎる。だが、見た目には派手だ。
楽しませる目的として放つ魔法としては適当だろう。だけど、これは勝負、私だって負けたいわけではない。潰せるなら潰させてもらうよ。
水の刃より早いため、そこそこ痛いのか、防御姿勢を取っている。これなら当分詠唱が必要っぽい上級魔法は使わないだろう。
さて、ふむ、私も見栄えとか気にした方がいいのかな?
一応、私はオーガの軍勢を大魔法で倒したっていう体で呼ばれてるわけだし、私も範囲魔法を使った方がいいのだろうか。
宮廷魔術師としてはなんだか歯ごたえがないと感じながらどう魔法を使ったものかと考えた。
感想ありがとうございます。