第六百二十九話:転職の理由
「あれ、服は回収したはずなのに、なんで?」
「今の私には【ストレージ】っていう便利なスキルがあるんだよ」
戻ってくるなり、待ち構えていた一夜に対してそう言い張った。
スマホまで構えていたところを見るに、私のパジャマ姿でも撮って笑ってやろうとでも思ったんだろう。
予想外の格好をしていることに驚いたのか、スマホを構えたまま目を丸くしている。
私は実演とばかりに【ストレージ】から適当に宝石を取り出す。
ああ、前に宝石をアクセサリーにする時に削った宝石の余りかな、多分。
余りとは言っても、爪くらいの大きさはあるからこの世界ならそこそこ高いかな?
ちょうどいいから渡してしまおう。
「はい。居候の対価って感じで」
「これって……もしかしてルビー? え、いや、大きすぎない?」
恐る恐ると言った体で宝石を見つめる一夜。
大きいかなぁ? テレビとかではよくこれくらいの大きさのアクセサリーとか見る気がするけど。
まあ、宝石だし、それなりには高いか。向こうでも高いし。
「売るなりなんなりして生活の足しにでもして」
「え、いや、え? なに、ハク兄ってお金持ちなの?」
「まあ、一応貴族になったし、それなりにお金は持ってるかな」
「貴族! ハク兄がめっちゃ出世してる……」
まあ、宝石自体は貴族になる前からあったけどね。
最近あそこ行ってないなぁ。宝石もミスリルもアダマンタイトもまだまだあるから行く理由はないんだけど、誰かに発見されただろうか。
火山のただ中だったし、無人島っぽかったしで見つけるのは相当難しそうではあるけど。
「ねぇ、もしかしてその【ストレージ】の中には異世界にしかないようなものもあるの?」
「まあ、あるかな。魔物の素材とかもあるし」
「だったら、そっちの方が欲しいかな」
なるほど。確かにありふれた宝石よりもそっちの方が珍しいか。
んー、それなら魔石がいいかな?
この世界にはないものだし、魔力がなくても使える便利な代物だから役にも立つだろう。
そう思い、いくつかの魔石を取り出す。
不意の事故が怖いし、火の魔石は温存。出すのは水、氷、そして光の魔石だ。
「じゃあこれ。魔石って言って、魔力を秘めた石だよ」
「へぇ、やっぱり魔石とかあるんだ」
取り出したのは拳大の大きさの魔石である。
よく魔道具に使われている魔石よりも大きなものなので、魔力の量が多い。だから、その分長く使えるだろう。
いや、でも、この世界で魔石を使う機会はないかな? 光の魔石だったら明りとして使えるかもしれないけど。
そういう意味では、魔石よりも魔道具自体を渡した方がいいかもしれない。
ただ、大抵の魔道具はこの世界の家電製品とあまり変わらない。冷蔵庫とか電子レンジとかね。他は旅向けのものが多いし、逆に使いづらいか。
単純に水やら氷やらが出せる魔石の方が重宝するかもしれない。
「ねね、他には?」
「まだあるけど、それよりご飯食べるんじゃなかったの?」
「あ、そうだった! 時間ないんだった!」
妹のためとあらばいくらでも渡してあげたいところだが、先程から食卓で食べられるのを待っている食事を放置して話を繰り広げるのは少し憚られる。
ひとまずは夕食を食べるのが先決だろう。私もそろそろお腹すいてきたし。
「時間がないって、何か予定でもあるの?」
「配信しなきゃなの。21時から」
「配信?」
配信と言うと、雑談とかだろうか?
まあ、一夜は機械類には強いから配信くらいはできるだろうが、なんでまた。
不思議に思っていると、一夜は席に着きながら最近のことを話してくれた。
「私、転職したんだ」
「転職? いいところに入社して、特に問題はないって話じゃなかった?」
システムエンジニアとして、大手の企業に就職したと聞いている。
実際、一夜は私なんかよりよっぽど優秀で、何でもそつなくこなすから就職活動もスムーズに進み、何社からか内定を貰っていた気がする。
それで、私の職場が近いこの町に来たと言っていたはずだ。
そんな理由で仕事場を決めてしまってもいいのかと思ったが、本人には特に何をやりたいとか言う願望はなく、ただ私の近くにいたいからと言う理由が大きかったらしい。
そんな好かれていた自覚はないが、まあ妹が近くにいてくれるというのは私にとっても少し心強かったし、文句はなかったけど。
「問題はなかったよ。ハク兄が死ぬまではね」
「……もしかして、私のせい?」
「当たり前でしょ! ハク兄が死んだって聞いて、私がどれだけ落ち込んだと思ってるの! 仕事なんて手につかなくなって、迷惑になる前に自分から辞めたよ。それで、しばらくの間ずっと引きこもってた」
「……ごめん」
私の事を慕ってくれていたらしい一夜にとって、私の死は人生にかなりの影響を与えたらしい。
それは謝るしかない。私は、ユーリを助けたあの時は必死で後のことなど考えていなかった。
残された家族がどう思うかなんて考えて、いや、考える暇はなかった。
だから、それに関しては私が100パーセント悪い。
「でも、しばらくしてこのままじゃいけないと思って、始めたのがヴァーチャライバーってわけ」
なるほど、それで配信か。
確かに大人ながらロリ声が出せ、ゲームも歌も何でもこなせる一夜なら、うまくすれば人気が出るかもしれない。
時期からして、恐らく始めてから半年ってところだろうか?
どれくらい人気なのか少し気になるところだ。
「ちょうどその時、推しのゆかりちゃんが所属企業の二期生を募集してたから、ちょうどいいかなって」
「個人じゃないんだね」
「うん。名前は月夜アカリ。一応、これでもチャンネル登録者数20万人くらいでそれなりに人気なんだからね」
「へぇ」
20万人と言うのがどれくらい凄いかは知らないが、半年でそれだけいったと考えると凄いのかな?
いかんせん、ヴァーチャライバーを知らないのでよくわからない。
「それで、今日は何をするつもりなの?」
「ゲーム配信の予定。あ、一緒にやる?」
「いや、配信なんでしょ? 私はお邪魔じゃないかな」
「今回やるのはあのスマッシュな格闘ゲームだからさ。ゲーム機も二台あるし、コントローラーもあるし」
「いや、なんで?」
聞くところによると、不測の事態に備えて予備を準備しているらしい。
まあ、配信中にゲームが故障しちゃいましたじゃ放送事故だしね。
別にその時は謝罪して配信終了でもいい気はするけど、そうもいかないんだろう。
「久しぶりにハク兄と一緒にプレイしたいしね」
「まあ、そういうことなら」
まあ、私としてもゲームができるというのは興味をそそられることである。
あちらの世界ではもちろんテレビゲームなんてなかったしね。
娯楽も少ないし、娯楽に飢えていると言ってもいい。
まあ、だからカードゲームを作ったわけだけど。
昔はゲームはよくやっていた。仕事でもゲームでも集中すると何時間でもやっちゃうタイプだからレートもそこそこ高かったように思える。
確実になまっているだろうが、久しぶりにやってみたいところだ。
その後、色々雑談しながら食事を終え、配信部屋とやらに入っていくことになった。
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