第六百二十七話:頼るべきは妹
ひとまず、【擬人化】して大人の姿になり、その辺のコンビニに入り、適当な雑誌をめくって年代を確認した。
どうやら、私が死んでからまだ一年も経っていないらしい。
あちらの世界ですでに700年以上も経っているのにこちらでは一年しか経っていないとか、時間がねじ曲がってたりするんだろうか。
いや、私の後に死んだというユーリは20歳ちょっとなのでそもそも私がおかしいのかもしれないけど。
まあ、だとしてもあちらの世界とこちらの世界では時間の進み方が違うようだ。
とりあえず、一年も経っていないというのなら妹も健在だろう。すでに何年も経っていて亡くなっていますなんて展開にならなくてよかった。
「それにしても、やっぱりこの格好目立つなぁ……」
いくら【擬人化】して大人の容姿になっているとはいっても、その銀髪と緑眼は隠せない。
と言うか、大人の見た目になっているせいで余計に人目を引いている気がする。
良くも悪くも、顔の造形はお母さんが作っただけあって綺麗だからね。
でも、子供の姿だと補導が怖いし、大人の方がまだましだろう。
なるべく人目につかないように縮こまりながら過ごし、夜になるのを待つ。
最終的に公園で暇を潰すことになったけど、なんか職場を首になったおっさんが暇を持て余してるみたいな状況だなぁと思った。
私も実際クビにされてるし、あながち間違ってはいないかもしれない。
「さて、そろそろ行こうか」
時間を見計らって、妹が住むマンションへと向かう。
私が住んでいたようなマンションと違って、妹が住んでいるのはちょっとお高い場所だ。
きちんと入口にはセキュリティがあるし、普通に入るのは難しい。
が、別にそんな場所を通る必要はない。飛んでいけばいいだけの話だ。
通路側が空いていてよかった。流石にすり抜けることはでき……いや、霊体化すれば行けるかも? まあ、やらないに越したことはないけど。
「確か部屋は……ここだったかな」
私は廊下を歩き、とある部屋の前で止まる。
以前と変わっていなければ間違いはないだろう。
さて、妹と約一年ぶりの対面となるわけだが、ちょっと緊張するな……。
なにせ、私の見た目は完全に女性である。
冴えないおっさんだった私がこんな造形美溢れる女性として舞い戻ってきたなんて信じてもらえるだろうか。
私だったら絶対信じない。不審者として追い返すに決まってる。
だけど、妹は割とちゅうに……想像力豊かなところがあるから、ワンチャンあるかも? ……とにかくやってみるしかない。
「……ふぅ。よし、行くか」
心配ではあるけど、私が頼れる人なんて妹くらいしかいない。
いや、父母とかもいるが、今の私のことを一番受け入れてくれる可能性が高いのは妹だ。
だから、これでダメだったらもう借家でも借りてどうにかするしかない。
……あ、この世界のお金ないや。やっぱり妹に助けてもらいたいところ。
「はーい?」
意を決してインターホンを押すと、中からアニメにでも出てきそうな甲高い声が聞こえてくる。
すでに24歳のはずだが、声だけなら子供にしか聞こえない。
いっそ声優にでもなればと思うが、本人はシステムエンジニアの道を選んだようだ。
「ええと、どちら様で?」
覗き穴越しにこちらを見ているのだろう。若干困惑気味の声が聞こえてきた。
まあ、どう見ても外国人にしか見えない人が夜にいきなり訪問して来たら警戒するよね。そもそもセキュリティをくぐってないから連絡もいってないし。
だから、私は追い返されないうちに妹しか知りえない符丁を使うことにした。
「闇の神オルフェが光の神リットーに科した誓約は?」
「え、ゆ、融和?」
「そう、正解」
なんのこっちゃだが、これは子供の頃に秘密基地に出入りする際に使われていた合言葉だ。
想像力豊かな妹はそんな台詞を私にも言わせ、秘密基地のボス気取りだった。
まあ、別にいいんだけどね。子供ではよくあることだし、その時は私もかっこいいと思っていたしね。
でも、今改めて言うとちょっと恥ずかしいな……。
「その合言葉を知ってるってことは……」
ガチャり、と扉が開く。そこには、私の記憶にある姿とあまり変わらない妹の姿があった。
「ハク、兄?」
「うん、そうだよ。久しぶりだね、一夜」
呆然と立ち尽くす一夜。
先程の合言葉は私しか知らない。当然、友達にも教えてないし、親にだって教えてない。
あの合言葉を使えるのは私と一夜の二人だけ。
だからこそ、私が春野白夜であるという証明になる。
「ほ、ほんとにハク兄なの……?」
「まあ、信じられない気持ちはわかるけど、本当だよ。他にも色々言って見せようか?」
「ま、待って! とりあえず部屋に上がって!」
一夜が築き上げてきた黒歴史の数々には私も結構関わっている。
いくつかは両親も知っているかもしれないけど、大体は私と一夜、二人だけの秘密の事が多い。
まあ、今ばらされたら公開処刑もいいところだろうが。
玄関先でそんなことを口走られたくないのか、一夜は早々に私を部屋に招き入れることにしたようだ。
全部信じたというわけではないだろうけど、少なくとも少しは信じてくれたようで何よりである。
「あ、ちょ、ちょっと片付けるから待ってて!」
私を招き入れて玄関の扉を閉めると、すぐさま奥にある部屋の方へと駆けて行き、バタバタと騒がしく動き回っていた。
昔はがさつで部屋の片づけなんてしない性格ではあったけど、社会人となって少しは自覚が芽生えたのか、私が遊びに行った時はそこそこ片付いている印象だった。
まあ、それでもところどころにビールの缶が潰されて置かれていたり、ゴミがゴミ箱から零れていたりと雑なのはあんまり変わっていなかったが、それでも片付けているだけましである。
昔はそういうのはほとんど私の仕事だったからなぁ、なんだか懐かしい。
「お、お待たせ。もう入っていいよ」
「それじゃあ、お邪魔します」
しばらくして部屋の片づけが終わったのか、私は部屋に招き入れられた。
久しぶりに来てみたが、家具の配置が若干変わったかなと言う程度。
ただし、急いで掃除した弊害か、ゴミ箱は溢れかえっているし、適当に突っ込んだであろう袋にはティッシュやら缶やらが一緒に詰め込まれている。
分別するのが大変そう。まあ、気持ちはわかるけど。
まあ、そんな事を気にするほど私は心の狭い人間じゃない。
今や物理的に人間じゃないけど。
「そ、それで、ほんとにハク兄なの? ハク兄は、交通事故で……」
「うん、死んだよ」
「じゃあなんで!? それに全然姿が変わっちゃってるし!」
「落ち着いて。ちゃんと説明するから」
私はひとまずソファに一夜を座らせると、テーブルを挟んで反対側に正座する。
と言うか、この姿だと話しづらいか。
私は【擬人化】を解き、元の姿へと戻る。
「えっ!? 縮んだ!?」
いきなり人が縮んだのを目撃して一夜はもうパニック寸前のようだった。
叫ばれでもしたら大変なので、鎮静魔法を使いながら落ち着かせる。
さて、どこから話したものだろうか。
私は死んでからの事をなるべくわかりやすく伝えることにした。
感想ありがとうございます。




