第六百二十六話:前世の世界
その一瞬、私は何が起きているのか理解するのに数秒を要した。
なぜなら、今私は大通りのど真ん中で衆人観衆に晒されているのだから。
私はさっきまで遺跡風のダンジョンの最深部で魔法陣を見ていたはずだ。
それが、一瞬後には大勢に取り囲まれているのだ。混乱もする。
まあ、ただそれだけだったらあの魔法陣が転移系の魔法陣で、どこか遠くに飛ばされたというだけの話である。驚くことはあるが、特に不思議に思うことはあまりない。
しかし、周りにいる人達は、明らかに人種が違った。
貴族でもなければ見ないような上等な部類に入る布が使われた衣服、私に向かって向けられる薄い板状の物体、そして何より、珍しい黒髪黒目ばかりの人々。
間違いない。ここは私の前世である地球の日本だ。
「君、突然現れたように見えたけど、どこから出てきたの?」
「マジックか何かか?」
「うわ、すっごい美少女じゃん。外国人?」
「大丈夫? 日本語わかる?」
転生してからはあまり使わなくなった母国語である日本語が入り乱れる。
まさかまたこんなに聞ける日がこようとは思わなかった。
なぜ今さらになって地球へときてしまったのか。その答えは、やはりあの魔法陣の影響だろう。
転移系の魔法陣であることは間違ってはいなかったが、まさか世界すらも越える転移だとは思わなかった。
と言うか、これ割とやばい発見では?
だって、こんなものがあるということは、古代人は地球へと行き来することができたってことでしょう?
そうなると、あの壁に描かれていた絵は地球から持ち込んだものってことだろうか。
なるほど、それなら確かにもの凄い技術力があっても納得できる。
世界間交流的なものだろうか。古代の人々は凄いことをしていたんだな。
「えっと……」
まあ、古代人がいかに凄いかは置いておいて、今はこの状況をどうにかすべきだろう。
今の私はどう考えても日本人らしい格好はしていない。髪は銀髪だし、瞳は緑眼だし、異世界基準のせいか顔立ちだって西洋風だ。
加えて、見た目的には7歳程度の幼女である。日本ではどうあがいても目立ちすぎる。
ただ目立つだけならいいかもしれないが、こんな見た目ではその内補導されるのがおちだ。
警察のご厄介になったら身分の証明もできないし、絶対面倒くさいことになる。
「どいてどいて。外国人の迷子がいるって?」
と、そんなことを考えていたら視界の端に青服の男性が群集をかき分けて進んでくるのが見て取れた。
迷っている時間はない。ひとまず、この状況を打破しないと。
「お願い、使えてよね……」
私はとっさに転移魔法を発動する。
すると、数瞬後にはとあるマンションの前にいた。
「何とか成功してくれたか……」
私は周りに人がいないことを確認すると、ほっと胸をなでおろす。
よく小説とかでは地球には魔力がないから魔法が使えない、みたいな設定があるけれど、私が使う魔法はすべて自分の魔力で補っている。だから、魔力がなくても使えたんだろう。
実際、探知魔法を見てみても、周囲に魔力の反応はまったくない。
人が住んでいるであろうマンションの中からも反応がないってことは、恐らく人を探知することもできないだろう。
さらに言えば、アリアの反応も感じないので今は完全に私一人のようだ。
アリアがいない上に探知魔法すら役立たずとは、かなりやばい状況だな。
「それにしても、あんまり変わっていないような……」
目の前にあるマンションを見てそう独り言ちる。
このマンションは以前私が住んでいた場所だ。
今は何年なんだろう。私が死んでからどれくらいの時が経っているんだろうか?
「私の部屋はすでに誰かが住んでるっぽいね」
そこまでセキュリティがしっかりしているわけではないので、入ろうと思えば入れるけど、流石に見ず知らずの誰かのがいる部屋に入る勇気はない。
でも、誰かが住んでるってことは、それなりに時間が経っているのかもしれないね。
「んー、どうしようかな」
何年なのかはひとまず置いておいて、これからどうしようかを考える。
確かにここは私の故郷ではあるが、すでに私は向こうの世界で恵まれた環境にいる。
ユーリとの結婚だって決まったし、今更ながらこの世界で暮らす気はない。出来ることなら戻りたいところだ。
しかし、私がここに来た原因はあの謎の魔法陣の影響。
古代の技術が使われているであろうあの魔法陣を解読するのは相当難しいだろうし、向こうから助けが来る可能性はかなり低い。
となると、私が何とかしなくてはならないだろうけど、転移先であるあの場所に魔法陣がなかったってことは、こちらの世界ではすでに廃れてしまったということなのだと思う。
まあ、そんな魔法陣らしきものがあったらニュースになっているだろうし、当たり前ではあるけど。
魔法陣がなければ解析のしようもない。可能性があるとしたら転移魔法だけど、試してみたけど流石に世界まで超えることはできないようで、発動することはなかった。
つまり、八方塞がりである。
「……ひとまず、拠点を確保しないと」
この世界でどれくらい暮らすことになるかはわからないけど、流石にホームレスではまずい。
こんな見た目だし、警察に見つかったら保護と言う名の監禁、下手したらありもしない外国の故郷に強制送還とかもあり得るかもしれない。
それなら変身魔法なりを使えばいいとも思ったが、この世界には魔力がないせいか、一向に魔力が回復する気配がないのだ。
いつもなら寝れば全回復するが、この世界はそれも無理だろう。
私の魔力がいくら膨大とは言っても、無くなるかもしれないと考えると下手に使うことはできない。特に、変身魔法なんて魔力を馬鹿食いする魔法を使うわけにはいかないだろう。
だから、使うとしたら【擬人化】の方だな。あっちは魔力を使わないし。
服も、お姉ちゃん達にお披露目してからそれなりに買ったから大丈夫。
「頼るべきは……妹かな?」
私の家族は私を除いて全部で三人。父、母、妹だ。
祖父母に関しては続けざまに亡くなっているのでいない。
それで、父母は実家に、妹は就職して現在はこことは別のマンションで一人暮らしだと言っていた。
なぜ実家の方ではなく妹の方を頼ろうと思ったかと言うと、単純に近いからと言うのが理由の一つ。
私の実家は田舎で、都会であるここからはかなり離れている。
そりゃ転移魔法を使えば一瞬ではあるけど、下手に魔力を使えないことを考えると連発するのは怖い。
その点、妹は私を追うように上京して職場もかなり近かったから家も必然的に近い。ここから歩いてもせいぜい三十分程度だろう。
職場の同僚を頼るというのも手だが、家の場所を知らないし、会社に乗り込むわけにもいかないから頼るなら妹一択となる。
「……とりあえず、夜まで待とうか」
今日が何曜日かは知らないが、多分平日だろう。妹も当然仕事中だろうし、帰ってくるのを待たなければ。
それまで調べられることを調べていようと思い、私はアパートを後にした。
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