第六百二十五話:絡繰り仕掛けの魔法陣
ダンジョンの最深部と呼ばれる場所は大抵の場合広間のようになっている。
そこには大型の魔物が存在することが多いので、ボス部屋なんて呼ばれることもあるようだ。
なんか、ダンジョンに関してはまんまゲームの設定のような気がするけど、何かそう言う法則でもあるんだろうか。
ここで行き止まりですっていうのがわかりやすいし、大体の場合で置かれている宝箱には他の宝箱よりも豪華なものが入っていることが多い。
ボスが陣取っているのは面倒くさいけど、必ず戦わなければならないというわけでもないし、実力が不安なら引き返せばいいだけだ。
しかし、これには例外もあって、ボスが存在しないこともある。
今回のダンジョンはそのタイプのようだった。
広い空間には柱が円状に等間隔に並んでおり、中央の床には何やら魔法陣のようなものが描かれている。
周囲の壁は歯車で埋め尽くされており、一部はどうやら魔法陣に繋がっているようだ。
「これが、この遺跡の秘密?」
ぶっちゃけると、拍子抜けである。
あんなに歯車があったのに、それが繋がっているのは機械ではなく魔法陣。しかも、明らかに動いていない。
もっと巨大な装置でもあるのかと思っていただけに少し落胆している。
でも、わざわざ歯車が魔法陣に繋がっているということは、魔法と科学の融合的なことをやっていたりするんだろうか?
魔法陣を見る限り、私の知るものとは違う文字が使われていた。
恐らく、古代で使われていた独特な文字なのだろう。
意味はさっぱりだが、ところどころに切れ込みが入っていることがわかる。
「もしかしたら、歯車の動力が伝わっていればちゃんとした魔法陣になるのかもね」
絡繰り仕掛けの魔法陣とはなかなか面白いことをする。
もしかしたら、この部屋自体も見えていないだけで何かしらの絡繰りが隠されているかもしれないね。
「この柱は、魔道具か? 妙な魔力を感じるが」
「何か文字が刻まれていますね。これは……数字でしょうか?」
ウィーネさんとエルが周囲に並んでいる柱を調べている。
今までの場所だと魔力濃度は通常よりも低かったのに、この部屋はある程度の魔力で満ちている。
あの柱は魔法陣と何らかの関係があるのか、魔力で繋がっているようだった。
魔法陣に魔力を流し込むための装置、あるいは、何かしらの情報を伝えるためのもの?
エルが言うには数字が書かれているようだが、それが何か関係しているのかもしれない。
「宝箱があるわね、開けてもいい?」
「ああ、構わん」
「それじゃ失礼して……これは、なに?」
一応ダンジョンの最深部のせいか、奥には宝箱が一つ置かれていた。
お姉ちゃんはウィーネさんに許可を得て開けたようだけど、そこから出てきたのは鉄の塊だった。
いや、あの形はどうやら歯車らしい。今までのものと違って形もしっかりしていて、錆びも少ないようだ。
最後の最後まで機械部品とは、このダンジョンは宝箱で喜ばせようという気持ちがないらしい。
それはそれとして、歯車か。
なんかここまでくると、何かしらの意味があるんじゃないかと思いたくなってくる。
別に宝箱の中身がダンジョンの攻略に役立つものなんて言う決まりはないけれど、ここまで推されるとなると何かあってもよさそうな気がする。
周りの壁も歯車だらけだしね。
「アヤネ、ここが何の目的で作られたかわかるか?」
「うーん……魔法陣に魔道具らしき柱、それに歯車。これらを踏まえると、何かしらの儀式を行っていたのではないかと」
儀式、確かにそう考えるのが自然だろう。
現代でも、魔法陣を描くことによって行う儀式魔法と言う物が存在する。
と言っても、ほとんどは禁忌魔法に指定されていて使えないが。
どんな魔法を使おうとしていたかは知らないけど、ここで何かしらの魔法を行使し、何かをしていたのだろうと思う。
それが勇者召喚のような何者かの召喚なのか、それとも転移魔法のような移動手段だったのか、それはわからないけど。
ヒントとなるのは恐らく上層にあったあの絵だろう。
いくら古代人が何をしていたかわからないとはいえ、流石にあんなものを作れたとは考えにくい。転生者のようなイレギュラーがあったことは確実だ。
そう考えると、召喚魔法陣である可能性が高いかな?
解読できれば一番いいんだけどね。
「エル、この魔法陣読めたりしない?」
「流石にそこまでは……申し訳ありません」
「いや、読めないならいいんだけど」
さっき、柱に描かれていた文字を数字と判断していたから多少なりとも読めるのかなと思ったけど、全て読めるというわけでもないようだ。
研究者の皆さんも多少古代文字を読めるようだが、流石に魔法陣の言語まではわかっていないらしい。
まあ、魔法陣の文字って独特だしね。今の魔法陣だって、どの国の言葉にも当てはまらないし。
もう少しサンプルがあれば解読できないこともないかもしれないけど。
「……ん? これは」
辺りを調べていると、魔法陣の隅の方にくぼみがあることに気が付いた。
なんてことのないただのくぼみではあるけど、よく見てみると、そこには歯車が露出していることがわかる。それも、二つある歯車のうち一つは回っているようだ。
ちょうど、間にあった歯車を抜かれたような形になっていることがわかる。
なるほど、この歯車がないから、魔法陣に動力が伝わっていないわけか。
歯車と言えば……。
「お姉ちゃん、ちょっとその歯車貸してくれる?」
「これ? はい、どうぞ」
ちょうど、お姉ちゃんが先程宝箱から取り出したものも歯車である。
合うかはわからないが、試してみる価値はあるだろう。
私はお姉ちゃんからその歯車を受け取ると、タイミングを見計らってくぼみにはめ込んでみた。
「うわっ……!」
ガコン、と言う音と共に部屋が振動する。
魔法陣が切れ込みに沿って回転し始め、その形を変えていく。
しばらくすると、そこには先程とは少し文言が変化した魔法陣があった。
「何事だ」
「地震?」
急な変化にみんなが辺りを見回している。
だから、魔法陣の変化に気付いたのは私だけだった。
「これは……」
先程とは少しだけ変化した文字列。それが何を意味しているのかまでは分からないけど、なんとなく、きちんとした魔法陣になったという印象を受けた。
恐らく、先程の歯車がキーだったのだろう。儀式の準備が整ったって感じなんじゃないだろうか。
私はよく見ようと魔法陣に近づく。
すると、その瞬間予想外の事が起きた。
「うわっ!?」
魔法陣に近づいた瞬間、魔法陣は突如として眩い光を放ち、私を飲みこんだのだ。
古代遺跡の魔法陣なんてとっくに起動しないと思っていたけど、どうやらまだ健在だったらしい。
私の予想では、召喚系か転移系。転移系なら私自身が転移魔法を使えるから問題はないけど、召喚系だとしたらちょっとやばいかもしれない。
勇者召喚の時のように、意図せずして異世界から人を誘拐なんてしたくないぞ。
「ハク!?」
「これは……!」
光の外でお姉ちゃん達の声が聞こえる。
しかし、それも一瞬の事で、すぐに聞こえなくなった。
なぜなら、私は数瞬後にはその場からいなくなっていたのだから。
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