第六百二十話:研究調査の報告
第十九章開始です。
どたばたとした前期が終わり、夏休みへと入った。
あれから、ユーリはソーサラス公爵家の養子となるために色々と手続きを経て、無事にその地位を獲得することができた。
ソーサラス家は男三人、女二人の五人兄弟のようで、長女と次男は魔術師として魔法騎士団に、長男は公爵領で父と共に領地の運営、二女は魔法の研究者として活躍しているらしい。
三男であるアッドさんは卒業後宝石魔法の効率的な運用を研究する研究者になったようで、公爵領の方で魔物の露払いをしながら生活しているようだ。
魔術師の名門であるソーサラス家の中で唯一魔力が少なかったアッドさんではあるけど、無事に進むべき道を見つけたらしい。今後の活躍が楽しみだね。
「後は卒業を待つばかり、ってところだね」
公爵家の養子となったので、身分の問題はなくなった。しかし、基本的に学園に在学中は結婚することができない。
なので、私とユーリが正式に結婚することになるのは早くても卒業後と言うことになるわけだ。
とは言っても、私ももう五年生。来年で最終学年だし、そう遠い未来と言うわけでもない。
ユーリはそれまでの間に貴族や魔法についてを色々学ぶようだ。
ソーサラス家は魔術師の名門なので魔法を学ぶにはちょうどいい。
これで自力で隠蔽魔法を使えるようになってくれたら私がいなくても翼を隠せるようになるね。
「お父さんも乗り気みたいだし、案外簡単に片付いたなぁ」
私が結婚するにおいて一番の問題はお父さんの事だと思っていたが、ユーリは事前にお父さんを説得してたらしく、私が報告にいっても動じることなくただ頷いていた。
それほどユーリの覚悟は強かったらしい。
まあ、私のために性転換しようなんて考えるくらいだからある意味当然かもしれないけど。
ユーリに私を取られる形となった王子は、落ち込むと思ったんだけどそうはならず、むしろ強くなるんだと奮起していた。
まあ、へこまないでいてくれるのは私も嬉しい。これでも少し気にしていたからね。
「まあ、丸く収まってよかったかな」
ユーリと婚約したことはすでに貴族達に知らされており、私の決闘制度も廃止となった。
色々と抗議の声はあったようだが、養子とはいえ相手は公爵家の息子、家柄的には問題がなく、さらに言えば公爵家に恥じないくらいには魔法の腕も優れている。
明らかに、自分の息子よりも優れているというのを見せつけられて、引かざるを得なくなった貴族は大勢いたようだ。
それでもしつこく結婚がだめなら仕官してくれと言ってくる貴族はいたけれど、それらはすべて無視することにしている。
一応、王様経由で送られてくるけど、私が誰かの家に仕えることはない。
注意喚起もされているようだし、もうしばらくすれば私への勧誘も鳴りを潜めるだろう。ようやっと落ち着けると言うものだ。
「さて、今日はどうしようかな」
学園も休みになり、今は家に帰宅している。
直近のイベントとしては闘技大会があるが、あれから王様はヒノモト帝国から非殺傷魔道具を買い付けて闘技場に設置したらしいので、また私が結界を張る必要はない。
去年開けなかったカードゲームの大会を企画するのも手だが、今はカードの種類が増えてきたことによるルールの整備に忙しいらしいのでもう少し間を置いた方がいいかもしれない。
いつもは家に帰ったらべったりなユーリも今はソーサラス家にお邪魔しているのでいないし、お姉ちゃん達は依頼を消化しに出かけている。
最近忙しかったのもあり、私としてはこのままぼーっと過ごしていてもいいとは思っているが、それは何となくもったいない気がして、何かしたいなぁと思いつつ体は動かないというよくわからない状態になっている。
何かやるべきことはないだろうか。そう考えていると、不意に見知った魔力が転移してきたことに気が付いた。
このパターンは、あれだ。あの人だね。
ほどなくして家の扉がノックされたので出迎えると、そこには黒の修道服を身に纏った青髪のワーキャット、ウィーネさんの姿があった。
「ウィーネさん、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあってきた」
とりあえず、玄関先で話すのも何なので家に上げる。
応接室へと向かい、お茶を用意すると、ウィーネさんはそれを一口飲んでから話し始めた。
「以前、ダンジョンで見つけたと言った鉄の塊を見せただろう?」
「ああ、あの星形の」
「それについての研究をしていたんだが、面白いことがわかってな」
そう言って、ウィーネさんは虚空から資料を取り出し、私に見せてくれた。
どうやらルナルガ大陸の共通語でまとめられているようだが、ざっと見た限り、ちょいちょい日本語が出てきているのが気になる。
まあ、ヒノモト帝国の住人は魔物がほとんどとはいえ、その正体は転生者だから日本語があるのは不自然ではないけれど、資料なんだからどっちかの言葉で統一した方がいいと思うけど。
「まず、あのダンジョンだが、外壁などを調べた結果、1万年前に存在した文明の一部であるということがわかった」
「古代遺跡がそのままダンジョン化したってことですか?」
「そういうことだな」
ダンジョンはほとんどの場合、その土地の地形に合わせたものが作られる。
だから、大体は洞窟型や森型、平原型なんてものが多い。
遺跡風のダンジョンと言うのは本来ならできないはずだが、長い時間が経って風化した建物群は地形として判断されたのだろう。
その結果、遺跡のようなダンジョンが出来上がったということのようだ。
「それにあたって、古代文明に関する資料をいくらか集めてみたのだが、壁に描かれた古代文字を解読しても、断片的なことばかりで詳しいことはわからなかった」
他の古代遺跡と違って、ダンジョンは壁などが破損しても一定の期間で復活する。だから、他の遺跡よりは綺麗な状態で残っていたらしいのだが、1万年経って風化した状態がデフォルトになっているせいなのか、元から損傷は激しく、年代を特定するので精いっぱいだったらしい。
ただ、一つだけ面白い情報があったようだ。
「あの鉄の塊を調べてみた結果、恐らくあれは歯車なのではないかという仮説が上がってきた」
「歯車、ですか」
確かに、星形のような形をしていたし、少し歯の少ない歯車と考えれば納得はできそうかな? あるいは、風化して歯の数が減っていたとか。
でも、歯車と言えば機械部品の一つだ。
この世界は魔法が発達しているせいなのか、魔道具を除いて機械類はあまり存在しない。
いや、ないわけではないけど、一部の職人達の間以外でそこまで発達している印象は受けない。
そんな現代では若干廃れてしまっている技術の部品が1万年前の遺跡から発見された。これは確かに妙かもしれない。
「古代人は機械を作る技術があったってことですか?」
「いや、それはわからん。だが、あれから浅瀬ではあるがいくつか宝箱を回収しても、機械部品らしきものがいくつか見つかっている」
まあ、古代では栄えていたけど、現代では廃れてしまった文化なんて山ほどある。
恐らく、その頃には魔法と科学の技術両方があって、魔法の方が勝ったから科学技術は廃れていったってことなんじゃないかな? よくわからないけど。
いずれにしても、これは面白い発見かも知れない。
この世界の人からしたらなんだそれと思うようなことかもしれないけど、転生者から見ると割と凄い発見だからね。
私は興味を惹かれ、ウィーネさんの話に耳を傾けた。
感想ありがとうございます。
 




