幕間:男になる決意3
主人公の恋人、ユーリの視点です。
「おめでとう。これであなたも立派な男の子ね」
リュミナリアさんにそう告げられて、ふと我に返る。
そうだ、私は男になったのだ。
自分の身体を確認してみると、細い割には意外としっかりした体型だなと思った。
私は現在ほとんどニートと変わらない生活をしているわけだけど、以前はこれでも大陸中を旅していたのだ。
その時に培った筋肉は女性の身体ではあまり目立たなかったが、男になったことで多少なりとも表に出てきたのだろう。
ムキムキと言うわけではないが、そこそこスタイルはいいと思った。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
「行くって、どこに?」
「ハクのところ。と言いたいところだけど、その前に一つ寄る所があるわね」
そう言って、私の手を取って歩き出すリュミナリアさん。
体格が変わったせいか歩幅も変わって歩きづらいが、何とかついていくと、しばらくして辿り着いたのは洞窟だった。
谷の中にこんな洞窟があるんだね。
確か、ハクも洞窟で暮らしていたとか言っていた気がする。もしかして、ここがそうなのかな?
だとしたら、今から会いに行く人って……。
「もう察しはついたかしら? 今から会うのは私の夫よ」
「やっぱり……」
竜の王であり、ハクのお父さん。確か名前は、ハーフニルさんだったかな。
「り、リュミナリア様? 私は関係ないのでこの辺で待っていたいなぁと思うんですが……」
「あらミホ。友達の覚悟を見ずに帰るのかしら?」
「い、いえ! 決してそういうわけでは!」
あれから空気だったミホさんがおずおずと話しかけるが、リュミナリアさんは笑顔のまま返す。
まあ、確かにミホさんは私を連れてきただけの送迎役だし、関係ないと言えばないけれど、出来ればいてくれた方が私も嬉しい。
なんとなく、ハーフニルさんに会う理由はわかっている。
リュミナリアさんは笑顔で許してくれたけど、ハーフニルさんまで許してくれるとは限らない。
最悪、怒らせたら私は消されるかもしれない。
でも、ハクと結婚する上でハーフニルさんは避けては通れない人。何としても、ここで私の覚悟を示さなければならないのだ。
「ミホさん、一緒に来て?」
「うぅ、ユーリ様までそうおっしゃるのであれば……」
ミホさんは渋々ながらついてきてくれた。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
洞窟を進むと、森のようになっている場所に出た。
とても洞窟とは思えない清涼とした空間であり、リュミナリアさんがいた森に引けを取らない。
そんな空間に、巨大な竜が鎮座していた。
見上げてもなお全貌が見渡せないような巨体は、長い首をもたげるとこちらを睥睨してくる。そして、グルルと鳴きながらこちらを品定めするかのように見つめてきた。
「あなた、ちょっとお話があるのだけど、とりあえず【人化】してくれないかしら?」
「ぐるる……」
リュミナリアさんが軽い調子で告げると、次の瞬間眩い光が立ち上り、私の視界を焼いた。
しばらくして光が収まると、そこには銀色の髪をたなびかせた威厳ある男性の姿があった。
「リュミナリア、どうした? そこにいるのは……ユーリだな。少々姿が変わったようだが」
「ええ、ちょっといじくらせてもらったわ」
人の姿になったことによって感じていたプレッシャーはだいぶ収まったが、それでもその威圧感は尋常ではなく、思わず足が震えた。
こんな人に、これから娘さんと結婚したいのでくださいって言わなきゃいけないの? なんて無理ゲー?
い、いや、逃げちゃだめだ。頑張らないと……。
「……なるほど。ユーリはハクと番になりたいがために性転換したと」
「そういうこと。あなたはどう思う?」
「ふむ……」
ハーフニルさんはこちらをじろじろと睨みつけるように見てくる。
正直、それだけでも寒気がしたが、何とか耐えきった。
私は逃げない。絶対にハクと結婚するんだ。
「ハクと番になりたいというのは本当か?」
「は、はい。末永く一緒に暮らしたいと思っています」
「それは、ハクが我が娘と知っての事か?」
「も、もちろんです」
威圧感がどんどん強くなっていく。
少しでも機嫌を損ねたら死ぬかもしれない。そんなプレッシャーが全身を覆いつくす。
こんなの今まで経験したことない。どんな大怪我を負った時も、ここまでの絶望感はなかった。
ハクのためでなかったらとっくに逃げ出しているところである。
だけど、ここで逃げたら結局結果は同じことな気がする。
それならば、きちんと気持ちを伝えなければ損と言うもの。
わかってはいるが、口はあまりうまく動かない。
本当に大丈夫だろうか。
「お前は、ハクと共に永遠を生きる覚悟はあるか?」
「えい、えん?」
その言葉を聞いて、はっとした。
確かに、ハクは竜である。それも、竜の王様であるハーフニルさんの娘。
ハクに聞いたことだけど、竜には寿命と言うものが存在しない。死ぬとしたらそれは戦いなどによるものであり、寿命を終えて死ぬということはないのだと言う。
当然、ハクも竜なのだから、寿命など存在しないだろう。人間と一緒に暮らしているから忘れがちだけど、ハクはこれからもの凄く長い人生を歩むことになる。
そんな時に結婚した相手が死ぬようなことがあれば? ハクは結婚したことを後悔するだろう。もしかしたら一生引きずっていくかもしれない。
ハクと結婚するというのは、その無限に等しい時間を共に過ごせる器を試されるのだ。
どれだけ時が経っても変わらない、本当の愛がなければ結婚などできようはずもない。
私に無限に近い人生に付き合えるだけの寿命が残されているかはわからない。竜人が長生きとは言っても、それはせいぜい1000年程度の話だ。
私が結婚してしまえば、ハクは後々苦しむことになるのではないだろうか? 私は、私の目的だけで結婚しているのではないか?
その答えはわからない。けれど、仮に道半ばで倒れることになったとしても、決してハクに後悔などさせない。
それくらい幸せにしてみせる。それくらいの気概がなければ、結婚などしてはいけないだろう。
「……はい。私はこの命が続く限り、ハクに寄り添い続けると誓います」
「……そうか」
そう言って、ハーフニルさんは私に近づくと、腕を上げる。
その腕はいつの間にか竜化しており、ごつごつとした腕に鋭い爪が備わった手があった。
それを私目掛けて振り下ろしてくる。
ああ、どうやら私はハーフニルさんの逆鱗に触れてしまったようだ。
でも、ここで逃げてはだめだ。
私の想いが届かなかったのなら所詮はそれまでだったということ。真剣勝負の場で負けたのだから、私はその結果を受け入れなくてはならない。
死を覚悟し、目を閉じる。しかし、いつまでたっても衝撃がやってこないことに疑問を持ち、目を開けてみると、そこには私の首筋にピタリと爪を合わせるハーフニルさんの姿があった。
「合格だ」
「……へ?」
「ハクにはホムラを、と思ったこともあったが、あ奴はそれを認めないだろう。前世からの深い想いがあり、竜人と言う我らの同胞であり、半精霊化までして寿命を限りなく伸ばした上に自らの性を捨てる覚悟までしたのだ。これだけの覚悟を見せられて、我が頷かないわけにはいかない」
「それって……」
最初は言っている意味がわからなかったが、次第にその意味を飲み込めてくると、喜びが込み上げてきた。
私は顔を上げてハーフニルさんを見ると、厳かな表情を崩さないまま、手を引いた。
「お前とハクの結婚を認める。ただし、もしハクを不幸にするようなことがあれば、即刻お前の首を跳ね飛ばし、八つ裂きにした上で魂ごと焼き尽くすからそのつもりでな」
「は、はい!」
こうして、私はハクの両親からの了承を勝ち取った。
後は、ハクと決闘して結婚の約束を取り付けるのみ。
後日、色々と準備をしてからハクに決闘を挑んだ。
と言っても、お人好しのハクの事だから勝つのは簡単だったけどね。
貴族の養子になることが決まり、正式にハクと結婚することができるようになった。
予想外だったのは、二度と戻れないと言われていたのにあっさり元の身体に戻れたことかな。
どうやら、リュミナリアさんは私を試すためにあえてそんなことを言っていたらしい。
なんだか拍子抜けだけど、まあ些細なことだ。
正式に結婚することになるのは恐らくハクが卒業した後だけど、それまでゆっくり待つとしよう。
この男の身体にも早いとこ慣れないとだね。ハクをリードするためにも。
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