幕間:男になる決意
主人公の恋人、ユーリの視点です。
ハクが結婚するかもしれないと聞いた時、私はどうしようもなく胸がざわつくのを感じた。
ハクはその戦闘力を買われて、多くの貴族から狙われているらしい。しかも、近いうちにおあつらえ向きに貴族が集まるパーティに出席しなくてはならないというのだ。
貴族と言うのがどういうものかはあまりよく知らないけど、ハクなら例えば、顔に怪我を負い、誰も貰い手がいないとか同情を誘う話をしたらころっと頷いてしまいそうで怖い。
まあ、多分その程度ならハクが治癒魔法で治すなり、私が傷を移し替えてしまえば問題ないけど、ハクは優しい性格をしているから断るのが苦手なのを知っている。
いくら嫌でも、頷いてしまうかもしれないという可能性はぬぐえなかった。
一応、作戦としては叙爵して貴族となり、決闘制度を持ち出して相手を片っ端から倒していくことで結婚話を逃れようという話のようだけど、逆に言えば決闘に負けたら結婚してしまうという意味でもある。
もちろん、ハクが純粋な戦闘力だけで負けるだなんて微塵も思っていないけど、搦手を使えば可能性はなくはない。
現に、私はハクに決闘で勝つ方法を思いついてしまったし。
このままでは、いずれハクはどこの馬の骨とも知れぬ輩と結婚することになるだろう。そうなれば、もう一緒にはいられない。
ハクが学園を卒業したら、今度こそずっと一緒にいられると思っていたのに、それではあんまりだ。
だから、私は一つ決心をすることにした。
「よし、男になろう」
この国では女性同士の結婚は認められていない。と言うか、女性同士の結婚が認められている国を私は知らない。
この世界は前世とは比べ物にならないくらい危険な世界であり、人類は本能的に子を成そうと考える。だから、子供の生まれる可能性が皆無な女性同士の結婚は認められていないのだ。
だから、正式に結婚するためにはどちらかが男である必要がある。
ハクは元々男性だけど、まさか結婚したいから男になってくれなんて言えるわけもないし、ハクだって今更ながら男に戻ったところで困るだろう。
だったら、私の方が男になればいい。
性別が変わることになったとしても、それでハクと一緒にいられるなら何でもいい。
とにかく、結婚しなければならない。その信念が私を突き動かした。
しかし、男になりたいと思ったからと言ってすぐさま男になれるはずもない。
前世では手術によって性別を変える手段もあったようだけど、この世界の医療レベルでそんな高度なことが出来ようはずもない。
その他、呪いや魔道具、古代の遺物など色々な方法を調べてみたが、どれも手に入れるのが難しいか本当に効果があるのか怪しいものばかり。
どう考えても性転換するなんて無理かに思われた。
しかしその時、ふとひらめいた。ハクの両親なら何か知っているのではないかと。
なにせ、ハクの両親は竜の王様と精霊の女王様。いずれも相当な年月を生きている生き字引である。
彼らならば、何かしらの方法を知っているかもしれない。
そう思って、私はハクのお兄様の契約精霊であるミホさんに頼んで転移魔法を使ってもらい、竜の谷へとやってきた。
いきなり空中に放り出された時はびっくりしたが、自分が竜人であることを思い出し、翼をはためかせて難を逃れる。
「えっと、どこにいるんだろう?」
勢いでやってきてしまったが、そもそも私はこの場所の事を詳しく知らない。
竜の谷には一時期いたことはあるが、なにせ、ほとんどの時間は療養のために過ごしていたし、出る時もそこまで各所を回ったわけでもないのでどこに何があるのかを全く把握していないのだ。
「ユーリ様、よくそんな無計画でここにこようなんて思いましたね」
「だって、急がないと間に合わないかもしれないじゃないですか」
「まあ、私もラルド様を取られるかもしれないと考えたらいてもたってもいられませんし、気持ちはわかります」
一緒についてきたミホさんがそんなことを言う。
ミホさんはハクのお兄様であるラルドさんの事が好きなようで、常に一緒にいることが多い。
精霊にとって、契約することは伴侶を得ることに近いらしく、だからラルドさんは自分の夫なのだと認識しているようだ。
一応私と同じ転生者のようだけど、相手がいて羨ましい限りである。
私もハクとちゃんと結婚したい……。
「まあ、そういうことなら案内しますよ。リュミナリア様の住む森しか知りませんが」
「ハクのお母さんですよね。それでもいいので案内してください」
「わかりました」
ミホさんの案内の下、私は神秘的な森を訪れることになった。
精霊の女王であるリュミナリアさんの住処であり、多くの精霊にとっての憩いの場らしい。
転生直後から精霊だったミホさんもここは居心地がいいらしく、何度か来たことがあるようだ。
私はちょいちょい視線を感じながらも奥へと進む。すると、大きな湖が見えてきた。
「あら、珍しいお客さんね」
湖の中心にいたのは白いドレスを着た妙齢の女性。
周囲にはキラキラと輝く光がちりばめられており、なんだか神々しい感じがする。
話には聞いていたけど、実際に会うのは初めてなのでそのあまりに美しい姿に思わず呆然と立ち尽くす。
精霊と聞いていたけど、まるで人間のようだ。
「は、初めまして。ユーリと言います」
「ええ、ハクから話は聞いているわ。可愛らしいお嬢さんね」
優し気な口調で喋るリュミナリアさんは母性の塊のようで、思わずすべてを預けたくなってしまうようなそんな魅力に溢れていた。
もういっそのことこうして眺めているだけでもいいと思ったが、ここに来た本題を思い出し、かぶりを振って経緯を説明する。
「……なるほどね。つまり、ハクの番になりたいから性別を変えてほしいと」
「はい。何かいい手はありませんか?」
「ふふ、ハクの親である私にそれを質問するなんて随分と勇気があるわね」
「へ?」
頬笑みを絶やさないリュミナリアさんの発言が理解できず、思わず間抜けな声を出してしまう。
だが、少し考えれば当然の事だった。
なにせ、親の元にいきなりやってきて、娘と結婚したいから手を貸せと言っているのだ。
本来であれば、きちんとした付き合いをした後に、お互いに想いを確認してから親の元へ挨拶に来るのが筋である。
それを、挨拶をするどころかどうやったら娘さんを手に入れられるだろうかと相談しに来ているのだ。
もし、娘を誰にも渡したくないと思っているならなんだこいつと思うところである。
しかも、相手の実力を考えるに、もしそうなったら私の命はないかもしれない。
相手は人外なのだ、人の法が通用するはずもない。
その事実に気付いて顔を青ざめさせるが、リュミナリアさんは私の様子を見てくすくすと笑うばかり。
気分を害したりしてないだろうか? 急に不安になってきた。
「安心して。私はあなたとハクが番になることには賛成よ。人間ではアルトと言う男が候補にいるけど、あの子はまだまだ未熟だしね」
「そ、そうでしたか……」
アルトっていうと、王子様の事だろうか。
まあ、あの人は人間だし、まだ成人したばかりの子供だから未熟なのは当然だろう。いや、人間にしては今でも相当優秀だと思うけど、人外目線で見たらまだまだ未熟なんだと思う。
「まあ、そういうことなら手はあるわ」
「ほ、ホントですか!?」
「ええ。でも、それにはいくつか覚悟をしてもらわなくちゃならない。あなたにその覚悟はあるかしら?」
「はい、ハクのためならどんな試練でも乗り越えてみせます!」
「その意気やよし。それじゃあ、説明するわね」
そう言って、リュミナリアさんは性転換の方法について話し始めた。
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