幕間:けじめをつけるために
オルフェス王国の王子、アルトの視点です。
ハクが結婚する。その事実に私は仕方ないと諦めの表情を浮かべていた。
ハクが成人を迎え、正式に結婚できる歳になったせいもあって、ハクの周りをうろつく人物が増えた。
曲がりなりにもハクは王都の英雄であり、その戦力は平民と言う身分を考えても余りあるものだった。
あわよくば息子と結婚させて家の力を強くしよう、そんな考えが透けて見える貴族は山ほどいて、私は非常に焦った。
確かに、私はハクの眼中には入っていない。友達と言う立場に収まってはいるが、それ以上先に進むことはないと思っている。
そもそも私は王子であり、平民であるハクと結婚するには外聞が悪いし、もっと言うならハクの正体は竜だ。
竜と成した子供は必ず竜人になるという話があり、これから世継ぎを作らなければならない私がハクと結婚することはほとんど不可能だと思っていた。
でも、だからと言ってハクが別の誰かに取られるというのは納得しがたく、いつハクが貴族に騙されてころっと結婚しないかとひやひやしていた。
だから、父上が一計を案じ、ハクを私の側室にするという案が出た。
側室であれば、子供を産む義務はない。世継ぎは正妻との間で作ればよく、ハクは自由に暮らしてもらうという形だ。
しかし、この案はハクの自由を著しく害する行為であることも理解していた。
確かに、ハクを側室とすれば、他の貴族からの誘いを断るには十分な理由となるだろう。しかし、代わりにハクは生涯結婚することが出来なくなってしまう。
竜であるからハクがどう思っているかはわからないが、もう少し成長すれば自分の世継ぎの事を考える時もあるだろう。
そんな時に、私と言う邪魔者がいたらハクの事だ、私の事を気遣って子供のことなど二の次にするに違いない。
ハクの自由を保障するつもりが、私自身がハクの自由を奪っている。ハクを自分のものにしたいと思う一方で、ハクには幸せになって欲しいという気持ちがあるからこその矛盾だ。
だからこそ、ハクが断ってくれた時は少しほっとしたものだ。
ハクは自由でいてくれていい。私はハクを守ると誓ったが、それはハクが側室にならなければいけないという理由にはならない。
その気になれば自由に結婚できる立場を残した上で、ハクが変な貴族に捕まらないようにする。
その結果考え出されたのが決闘だ。
ハクの戦闘力なら、決闘において勝てる者などいない。
もちろん、これだけで貴族からの誘いをすべて断れるとは思っていないが、こういう前提条件があれば、ハクが無理矢理結婚させられる確率はぐっと減るだろう。
ハクもこれに了承し、事態は丸く収まったかのように見えた。
しかし、事もあろうに、ハクを決闘で負かす者が現れた。
それはどこの誰とも知れない平民の少年。いや、その正体はユニークスキル持ちであるユーリだった。
ユーリは元々女性であったが、ハクと結婚したいがあまり男性になったらしい。
何を馬鹿なことをと思ったが、実際目の前で見せつけられているので笑い飛ばすこともできない。
その上、ユーリは私と出会うもっと以前からハクの事を敬愛しており、なんとハクと結婚の約束までしていたのだという。
私がいくら言っても靡かなかったハクが一度だったとしても心を許した相手。それを羨ましく思うと同時に、嫉妬の気持ちがふつふつと浮かび上がってきた。
なぜ、私ではダメなのか。なぜ、ユーリの方がいいのか。
私は感情に任せてユーリを睨みつけたが、ユーリはどこ吹く風で全く意に介さない。それどころか、覚悟を問いただしてみればたとえ見捨てられても、どんな手を使ってでもハクを守るという。
その目に嘘はなく、私は格の違いを見せつけられた。
王子だから結婚できない、と言うのは私の事情に過ぎない。
本当に結婚したいと思うのなら、王子の身分すら投げ捨てて、平民に落ちてでも添い遂げる覚悟が必要だったのだ。
ユーリは女を捨て男になってまでその条件を満たそうとしていた。私のように、自分の保身を考えながらと言うものではない。
王子の責務とハクへの想い。結局私は、ハクよりも国の方が大事なのだ。
「さて、来たようだな」
「はい。大事なお話のようなので」
城にある訓練場。すでに兵士達の訓練を終え、誰もいなくなったその場所に私はユーリを呼び出していた。
確かに私は、国の方が大事だったのかもしれない。でも、だからと言ってハクへの想いが嘘だったなんてことはありえない。
何事も最優先のものだけを選んでいればいいと言うものではない。時には寄り道して遊びを入れることも大事なように、欲望に従ってハクを欲したっていいはずなのだ。
もちろん、ハクに迷惑をかけるつもりはない。ハクが私の事を夫として望まないというのなら私は素直に身を引こう。
けれど、積もりに積もった想いは胸の内に秘めておくには大きすぎる。
だからこそ、ユーリを呼び出したのだ。
「まずは来てくれてありがとう。私の我儘に付き合わせてすまない」
「いえいえ。わた……僕も婚約を認めてもらった身ですし、これくらいならお安い御用ですよ」
元々女性だけあって、言い慣れない一人称が少し滑稽に見える。
女性を相手に手を上げるなんて紳士として失格だが、今は相手も男性である。遠慮することは何もない。
私は佩いていた剣を鞘から引き抜くと、精一杯虚勢を張って余裕気な声を作って宣言した。
「私はユーリを嫌いになりたいわけではない。だから、理由は聞かずに決闘を受けて欲しい」
「……それが王子様の望みとあらば」
一応内容は伝えていたが、ユーリは武器の類を持っている様子はない。
まあ、その正体は竜人のようだから、徒手空拳や魔法が主な武器なのだろう。
私もどちらかと言うと剣術より魔法の方が得意だし、武器を持ってこなかったことを笑うつもりなど微塵もない。
ユーリが若干姿勢を低くして構えたのを見て、私も剣を構える。
立会人のいない決闘。それはもはや決闘ではないのかもしれないが、私としてはけじめをつける意味でも決闘と呼べるものだった。
「はあっ!」
「よっ、と」
斬りかかる私に対してひらりと躱すユーリ。
この決闘の意味は、私の心の整理をつけるためのものだ。
今回、ユーリはハクとの決闘に勝ち、その命令権を使ってハクと婚約することになった。
ハクは決闘で負けたというのもあるだろうが、これを拒むことはなく、むしろちゃんと結婚できるように手回しをしてほしいと父上に頼んでいた。
つまり、ハクの方もユーリならばいいと心の中で思っていたんだろう。
確かに、話を聞く限り、ユーリとハクの仲は私との仲以上に親密なものだった。
だから、ハクが靡くのもわかる。
けれど、悔しいじゃないか。
ハクは私の事を仲のいい友達のように扱っている。確かに、それはそれでいいことなのかもしれない。
けれど、そんなふうに近くでずっと見守ってきたのに、いきなり現れたぽっと出の人物に横からかっさらわれて悔しくないはずがない。
本当なら、私だってハクと結婚したかった。
例え子供が作れないにしても、ハクと夜伽を共にしたかった。愛を囁いてほしかった。
言葉では諦められても、心の中では諦めがつかない。だから、その気持ちを吹っ切るためにも、この決闘は必要だった。
「はっ!」
「かはっ……」
ユーリの掌底が私の胸に入り、呼吸を圧迫する。
すでに何度となく受けた攻撃はもはや私の立つ活力すら奪い去っていった。
膝をつき、剣を手放す。認めざるを得ない、私はハクの隣に立つにはまだまだ遠い未熟な存在なのだ。
「……私の負けだ。ありがとう、いい勝負だった」
「いえいえ。これで王子様の気が晴れるのならいくらでも」
流石、竜人だけあって体力は底なしらしい。私が肩で息をしているのに、ユーリはちょっと呼吸が速い程度だ。
種族の差、と言えばそれまでだけど、それで諦めているようではハクの隣に立つことなどできない。
完全に吹っ切れるということはできなかったけど、けじめはつけられた。
私は最後に礼を言うと、その場を去る。
「あ、そうそう、決闘に勝った時の命令ですけど」
と、そんな言葉が聞こえた。
この決闘は立会人もいない非公式なもの。当然、決闘勝利時の命令権などあってないようなものだが、私の我儘で決闘してもらったのだ、それを聞くことくらい構わないだろう。
足を止め、振り返ると、ユーリはにこにこと笑みを浮かべてこう言った。
「強くなってください。待っていますから」
「ッ!?」
その言葉に、私は雷に体を貫かれた時のような衝撃が走った。
強くなれ、待っている。つまり、私にハクを守る権利を与えてくれるということだ。
私はもう、これ以上ハクと関わるのは止めようと思っていた。
婚約者のいる女性にいつまでも付きまとうのは紳士として恥ずかしいことだし、ユーリと結ばれることでハクの負担が減るのなら、私はもう必要ないと思っていた。
けれど、ユーリは強くなって追いついて来いと言う。
私にハクを守れと言ってくれている。私に、生きる意味を与えてくれたのだ。
「……もちろん。すぐにでも追いついて見せよう」
ハクと結ばれることはできない。けれど、ハクを守ることはできる。
フィアンセではなく、ナイトとして傍にいるのだ。
ユーリには感謝するしかない。私の道を示してくれたのだから。
「いつか必ず、ハクを守れる男になって見せる」
見上げた空はすでに星が瞬いていた。
私がハクを思う気持ちを捨てることはない。これを生かして、将来のための活力にしていけばいい。
私はぐっと拳を握り締めながら、決意を新たにした。
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