第六百十九話:混沌の精霊
ひとまず、ユーリは私が考えていたような危険な状態ではないということが判明した。
とは言っても、精霊の加護が関係しているってだけで詳しい理屈は私にもさっぱりだけど、お母さんの事だ、そうそう危険なことではないはずである。
私が手を加えなくてはいけないとはいえ、無事に女性に戻る手立ても見つかったことだし、私の肩の荷はだいぶ下りた。
ほんとに、心配だったのだ。私のせいで女を捨てさせてしまったことが。
女性と男性では色々と勝手が違うし、このままでは困ることもあっただろう。
だから、ユーリが元の姿に戻れるかどうかはかなり重要なことだった。
「ええと、それじゃあ、ハクが弄れば私はいつでも元の姿に戻れるってこと?」
「そういうことになるね」
ユーリを含め、みんなにユーリの身体について説明する。
説明してて思ったけど、何とも都合のいい体になったものだ。
男でもあり女でもあるって言う人はいるけれど、物理的に体が変化する人なんて絶対いないだろう。
いや、もしかしたら聖教勇者連盟を探せばそういう能力を持っている人もいるかもしれないけど、相当稀であることは確かだ。
「それで、多分レストナーデっていう精霊が関係してると思うんだけど、ユーリは何か聞いてない?」
「ああ、それなら知ってるよ。私の契約精霊っていうのになったって」
やっぱり、契約したのは間違いないらしい。
精霊と契約するには精霊の真名を呼び、口づけをする必要があるらしいからね。
あれ、そうなるとユーリのファーストキスは精霊? ……いや、まあ、気にしないでおこう。
「どんな精霊かは聞いてる?」
「詳しくは聞いてないけど、ハクのお母さんは反転の力を持つ混沌の精霊って呼んでたかな」
混沌の精霊とは、また物騒な名前が出てきたな。
精霊は基本的に自然界の現象から生まれるが、人工物から生まれることもある。音楽の精霊とかね。
だから、どんな精霊が生まれても不思議ではないけど、混沌なんてどう考えてもやばそうである。
本当に影響はないのか心配になってくるんだけど。
「その精霊はどうしたの?」
「えっと、私の中で休んでるんだって」
「休んでる?」
「うん。いちいち動くのは面倒だからって」
ユーリの中で休んでるってことは、体の中にいるってこと?
確かに精霊は体を霊体化させることで人の身体をすり抜けることができる。
その状態でずっと留まっているのならば、確かに体の中で休むというのはできるかもしれないけど、面倒とは一体。
なんだか癖のありそうな精霊である。
と言うことは、このユーリの魂に混ざり合うようにして存在しているのがレストナーデ?
ユーリは男の魂と融合した、と言っていたけど、実際は融合ではなく、憑依と言った方が近いだろうか。
「と言うことは、あのスイッチは精霊の力を引き出すかどうかを決めるためのものってことかな」
ユーリの身体を男性化しているのはそのレストナーデのおかげだろう。
だから、精霊の力が強まれば男性化し、弱まれば女性化するということだと思う。
ただ、それだったら別に憑依する必要は……いや、あれは動くのが面倒だからってことだったね。
つまり、その気になれば離れていてもユーリの身体を変化させることはできるけど、面倒だからユーリの中に居座って楽をしているということだ。
そうなると、レストナーデにはまだ意思があるよね?
散々いじくっても何も反応なかったけど、寝てるんだろうか。
精霊に魂はないとはいえ、似たような器官である精霊光をいじられたら絶対反応があると思うんだけど。
『レストナーデ、さん? 聞こえますか? 聞こえたら返事してみてください』
私は試しに【念話】を送ってみるが、返事が返ってくる様子はない。
まさか死んでいるってわけではないよね?
いや、精霊が死ぬのは精霊光を散らされた時だけだ。だから、こうしてユーリの身体が変化している以上は絶対に生きているはずである。
となると、寝ているか、返事を面倒くさがっている?
だとしたら、かなり珍しい部類の精霊になるけど……。
「おや」
しばらく話しかけていると、ようやく返答らしきものが飛んできた。
その内容は……。
『うるさい。寝かせて』
……うん、マジで面倒くさがり屋らしい。
まあ、精霊の存在も確認できたし、別に問題はないか。
体が変化する以外、ユーリに悪影響があるわけでもなさそうだし。
「……まあ、ひとまずユーリは私に頼めばいつでも元の姿に戻れるってことを覚えておいたらいいと思うよ」
「私はこのままでもいいけどね」
現在、ユーリは男性モードである。
これから色々この姿で出なくちゃいけない行事があることだし、私と正式に婚約するまではこの姿で慣れておいた方がいいだろう。
婚約か……勢いで決闘を受けてからここまでとんとん拍子に話が進んだものだ。
私はユーリの事を大事に思っている。
前世からの縁もそうだし、自分が助けたせいか愛着もかなり沸いている。だから、結婚することには特に嫌悪感はない。
ただ一方で、王子に悪いことをしたなと言う気持ちもある。
だって、王子は私に会った当初からずっとアタックし続けてくれた一途な人だ。
途中、私を怪我させた負い目から距離を置くことはあったけど、それでもよき友達と言う位置を保ちながら、愛を囁いてきてくれた。
もちろん、私は元々男なので、男と結ばれたいなどとは思っていない。
けれど、もしかしたら王子と婚約するかもしれないというタイミングで横からかっさらわれるというのは相当な衝撃を与えたことだろう。
王子のあの時の目は憎悪にも似た感情を秘めていたように思える。
私が我儘を言わなければ、王子と結ばれて丸く収まったはずなのだ。それも、代替案はいくらでも考えられそうな状況だった。
それなのに、私はユーリを選ぶことになった。
それがちょっと申し訳ない。
願わくば、これからも友達として仲良くしたいものだ。
「さて、疑問も晴れたことだし、そろそろ帰ろうか」
すでに外は暗くなり始めている。いくら日が長くなってきたとはいえ、流石に暗くなってきた道を歩くのは危ない。
私はユーリに元に戻っていなくていいかを聞き、大丈夫との答えが返ってきたのでサリア達と共に家を後にする。
「結婚、かぁ……」
私は前世でも所帯を持ったことはなかった。
仕事が忙しかったというのもあるが、元から女性にそこまでの興味がなかったのだ。
だからと言って男が好きと言うわけでもないけど、せいぜい街行く綺麗な女性を見かけて目で追いかけるくらいのもの。後は創作の世界に少し足を突っ込んでいただけである。
だから、いざ結婚するとなると、色々と複雑な気持ちだ。
と言うか、ユーリがどこまでを求めているのかを聞き忘れた。
ユーリが男になれる以上、実際に事に及ぶことも可能になった。
私は色々と中途半端だから子供ができるかどうかはわからないけど、一応はそういうことができるのだ。
ユーリはそこまでを望んでいるのだろうか。それとも、私と結婚できただけで満足とか?
いずれにしても、私は少し覚悟をしておく必要がある。
せめて、愛想つかされない程度にはしっかりしなくてはなと思った。
感想ありがとうございます。
今回で第十八章は終了です。幕間を数話挟んだ後、第十九章に続きます。




