第六百十四話:強引なユーリ
大怪我をして自分を人質にして決闘を挑んできた少年。それの正体は私が保護している竜人であるユーリだった。
その衝撃の発言を受けて、私はしばしの間固まってしまった。
いや、確かによく見てみればどことなくユーリの面影はあるし、隠蔽魔法も私が翼と尻尾を隠すためにかけたものだから間違いようがない。
しかし、ユーリは確かに幼い見た目ではあったが、女性だったはずだ。
少なくとも、こんな中性的な顔ではなく、もっと女性らしい可愛らしい人だったはずである。
まさか触って確認するわけにもいかないので触れなかったけど、その股の間のふくらみは明らかに男性の象徴があることを示している。
変身魔法でも使った? しかし、変身魔法は攻撃を受けたら解除されてしまうのであんな大怪我してたなら確実に解除されているはずである。
であれば幻影かとも思ったが、翼と尻尾を隠すために使用されている隠蔽魔法以外に魔法の気配はしない。
一体どういうことなのだろうか。さっぱりわからない。
『あ、アリア、どういうことなの?』
『さあ……よくわからないけど、リュミナリア様の魔力を感じるからリュミナリア様が何かしたんじゃないかな』
お母さんが?
確かに、言われてみればユーリの魔力が少し変質しているように感じる。
と言うか、何だろうこれ。
確かにユーリの魔力を感じるけど、それとは別の違う魔力が混ざっているような……。
いつもなら探知魔法で個人を特定することができるのに、今のユーリに対してはなぜだか曖昧でよくわからない。
今の状態は、どちらかと言うと精霊に近いような気がする。つまり、私と同じような状態だ。
ますます意味がわからない。ユーリは一体何をしたんだろうか。
「ううん……」
グルグルと考えていると、ユーリが目を覚ました。
何度か目をぱちくりとしてから、私の姿を認めると、にっこりと笑って抱き着いてきた。
「ハクぅ!」
「わっ……」
少年の姿だというのに力は結構強い。
まあ、竜人だから力が強いのは当たり前だけど。
ユーリはひとしきり私に抱き着いてから離れると、凄く嬉しそうににへらと笑っていた。
「えへへ、これでハクと結婚できるね」
「え、えっと、ユーリ、なんだよね? 一体どういうことなの?」
「ハクが別の誰かと結婚すると聞いたらいてもたってもいられなくなって、だからこちらから迎えに行くことにしたの」
どうやら私が別の人と結婚するのが嫌だったらしい。
まあ確かに、ユーリとは恋人同士だったわけだし、それなのにいきなり浮気されたら不安になるよね。
とはいえ、あの時は女の子同士だったし、ユーリだって実際に結ばれることはないだろうなと理解していたはずだ。
それがなんだっていきなり……。
「立会人さん、この決闘、わた……僕の勝ちでいいですよね?」
「あ、ああ……この決闘でハクは降参した。よって、勝利は君のものになる。規定通り、敗者であるハクに何か一つ命令できる権利を得た」
明らかにフェアじゃない決闘ではあったが、立会人が認めてしまっている以上は結果は覆らない。
私も確かに降参するって言っちゃったしね。
ユーリの狙いは、私に決闘で勝ち、その権利を使って婚約してしまおうということらしい。
まあ確かに、私が欲しいのなら決闘で、とは言ったけど、身分についてまでは言及していなかったから何の問題もないと言えばないんだよね。
ただ、ユーリはこの国の市民証を持っているわけではないから、まずはそこを入手しなければならないと思うけど……。
「そういうわけだから、ハク。結婚してくれるよね?」
「え、いや、でもあれは……」
「まさか、決闘に負けたのに嫌とは言わないよね?」
確かに、決闘は正式な勝負だ。それに負けたのなら、潔く相手の命令を受けるべきである。
でも、あの決闘はどう考えても普通じゃなかった。
正々堂々が暗黙の了解であるのに、自分を傷つけて相手の同情を誘うなんてどう考えても卑怯である。
もちろん、そんなことがあれば相手である私や立会人が止めるべきなんだろうけど、あの時は気が動転していてそれもままならなかった。
だから、凄く納得いかない。
「そ、それよりも、その姿はどうしたの?」
「ああ、それについてはまた後でね。今はわた……僕とハクの結婚を認めさせなくちゃ」
どうしてだろう。ユーリがめちゃくちゃ怖い。
いや、まあ、ユーリと結婚できるのなら確かに問題はないのかもしれない。
ユーリは私の正体も知っているし、卒業したら住むはずの家に住んでいるからお姉ちゃん達と一緒に暮らすという目的も同時に果たせる。
何より、ユーリは私の事を前世から思い続けてくれている一途な女性だ。恋人と言う関係でもあったし、女性同士という点を除けば結婚してもいいくらいの人であった。
ユーリ自身の戦闘能力はそこまででもないが、それは竜人としての話。人間と比べたら十分強いし、長年の旅のおかげで肝も座っている。逆恨みから貴族に狙われることがあっても跳ね除けそうではある。
後は身分がはっきりとすれば、かなりの優良株だろう。
なんだけど、ユーリってここまでアグレッシブな性格だっただろうか?
いや、怪我人を見つけては自分の身体に移すような積極性はあったけど、私との距離感はだんだん縮まっていたとはいえそこまではっちゃけるような性格ではなかった気がする。
それなのに、私が結婚すると聞いていても経ってもいられなくなったから男になって私との結婚を認めさせに来ましたっておかしいでしょう。
と言うか、どうやって男になったのかもわからないし、訳がわからない。
「ほら、行こう?」
私の手を引いて、歩きだすユーリ。
この決闘は王様が私のためにセッティングしてくれたものなので、万が一私が負けるようなことがあればすぐさま王様に報告することになっている。
ユーリはどうやらそのことも知っているようで、ぼーっとしている立会人の人にも声をかけると、城へ向かって進んでいった。
なんだろう。ユーリと結婚できるのならちょっと嬉しいと思うけど、こんな強引な形で結婚させられるのはなんかもやもやする。
その辺の貴族と結婚するよりは遥かにましだけどさぁ……。
「これは、どうするべきでしょうか。リュミナリア様が関わっているのなら傍観すべき?」
「あれ、ユーリなのか。確かに、女性が決闘しちゃいけないとは言ってないもんな」
一緒にいたエルはあまりの出来事に混乱しているのか、ずるずるとついていくばかり。
サリアにいたってはその手があったか、みたいな顔をしている。
いやまあ、確かに女性が決闘を挑んではいけないとは言ってないけどさ、今はそういう問題ではない。
なぜだか男になってるわけだし。
「これ、どうなるんだろう……」
決闘に負けた以上は私にとやかく言う権利はないが、凄く不安である。
そもそも、結婚できるのは国内の人だけである。ユーリはどちらかと言うとこの国の人ではないので、微妙に条件に当てはまらないような気もするけど。市民証を持ってないし。
なんだか勢いで男になったようだし、どこまで考えているかわからないんだよなぁ。
私はため息をつきながら、ついていくのだった。
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