第六百十三話:思わぬ乱入者
そろそろ前期が終わり、テストも近づいてくる頃、その決闘は唐突に起こった。
いつものように、決闘の申し込みの手紙に返事をし、日時を指定してこうして決闘の場に立ったわけだが、そこに乱入者が現れたのだ。
その乱入者は10歳くらいの子供のようで、濡羽色の髪に深緑色の瞳で優しげな表情をしていた。
この決闘は、一応は王様が取り決めたものなので、立会人は騎士団の人がやっている。
決闘中は誰かが介入することは許されず、それは例え子供であっても同様だ。
しかし、その子供は腹部に風穴が開き、今にも死にそうな状態だったのだ。
これではとてもじゃないけど決闘なんて続けているわけにはいかない。
私は急いで治療しようと近づこうと思ったが、立会人は決闘中に逃げることは敗北と見做すと言われたので、秒で相手をノックアウトしてその少年に近づき、治癒魔法をかけようとした。
だが、その少年は痛そうなそぶりなど一切見せずに、こう言った。
「ハク、あなたに決闘を申し込みます」
思わず思考が停止した。
確かに、今回のように決闘直後に疲弊しているタイミングを狙って決闘を仕掛けてくる奴はいた。
まあ、私がただの貴族の子供に疲弊するはずもないので特に意味のない行為ではあったが。
だが、共通して言えることは、決闘を挑んでくるのはいずれも成人済みの男性であり、皆手に武器を持っているということだ。
剣なり杖なり、武力で勝負する場なのだから当たり前である。
しかし、この少年は武器を持つどころか怪我をしている。それも、すでに気絶していてもおかしくないほどの大怪我だ。
こんな状態で戦闘なんてしたらどう考えても死ぬ。もちろん、そんな相手の決闘など受けられるはずもなかった。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 今治療しますからじっとして……」
「決闘を受けてください。受けてくれないなら……こうしますよ?」
そう言って、少年は傷口に手を伸ばすと、ぐちゃりと肉を引っ張って引きちぎった。
血がドバドバと溢れ出し、地面を赤く染めていく。
激しい痛みが伴うはずなのに、その少年は表情を崩さない。
明らかに常軌を逸している。その光景に、私は思わず恐怖してしまった。
「受けてくれないと、どんどん千切っていっちゃいますよ?」
「わ、わかった! 受けるからやめて! やめなさい!」
一応、僅かに残った冷静な思考が少年の狙いを暴き出した。
この少年は、自分の身体を人質にして私を脅してきているのだ。
恐らく痛覚を無視する魔法か何かをかけて痛みをなくし、強引に意識を保っている。
しかし、いくら痛覚がなかったとしても、ここまでの大怪我だ。今の状態でも生きているのが不思議なくらいなのに、それを更に抉るような真似をしたらどう考えても死ぬ。
その上で、決闘を受けなければ傷を抉るのをやめないというのだ。
ここで私が決闘を受けなければ、この少年は間違いなく死ぬ。私が決闘を受けなかったせいで死ぬのだ。
それはもう私が殺したことと変わらない。私がこんな馬鹿なルールを適用したから、こんな無茶な真似をする人が出てきてしまったのだ。
どこの家の子か知らないけど、随分と馬鹿なな真似をしたものである。でも、それを馬鹿にすることは私にはできない。
これは、私の責任だ。
『あー、ハク? この子は……』
「お願いだから死なないで!」
アリアが何か言っていたような気がしたが、必死になっていた私は聞く耳を持っていなかった。
とにかく決闘を受けなければと、そんな考えしか持っていなかった。
私が決闘を受けることを了承すると、少年は二ッと笑って傷を抉るのをやめ、ぎこちないながら戦闘の構えを取った。
「ありがとう。それじゃあ、立会人さん、ちゃんと見ていてね」
「あ、ああ……」
本来であれば、立会人はこれを認めずにすぐさま少年を病院に連れていくなりするべきだった。
しかし、少年の鬼気迫る様子に立会人も否やとはいえず、決闘は開始されてしまった。
すでにボロボロの状態の少年。そんな少年にデコピン一発でも当てたらどうなる?
絶対に死ぬ。そう断言できる。
こんな状態の少年を相手に、私ができる攻撃など何一つなかった。
「……降参」
「うん?」
「降参するわ。あなたの勝ちでいい。だから、すぐに治療をさせて? お願いだから……」
「……ふふ、その言葉を待っていました」
そう言って、少年は倒れ込んだ。
私はすぐさま近づき、治癒魔法を施す。
今の私の力なら、フルパワーで治癒魔法をかければこんな大怪我だって治せるはずだ。
誰かはわからないけど、絶対に死なせたくない。なりふり構わず、治癒魔法をかけ続けると、数十分もしたら傷は塞がっていった。
「これで、助かった……?」
治癒魔法には増血作用もある。傷さえ塞がれば、時間を置けばいずれ目覚めることだろう。
ここまではらはらしたのは久しぶりだ。
私のためにこんな傷まで負って、それで死なれたのでは寝覚めが悪すぎる。
一体誰だ。こんな無謀な真似をさせた家は。いくら私が欲しいからと言って子供にこんなことさせる親がいるか。
とにかく見つけ出して報いを受けさせてやるとひとまず立会人の騎士さんに聞いてみたが、どうやら知らない様子。
私の立会人をするだけあって、この人は割と色々な貴族の名前と顔を知っている。それなのに知らないとなると、少なくとも手紙を送ってきた貴族ではないな。
なにか手掛かりはないかと少年の身体を探ろうとすると、ふと違和感に気付いた。
この少年、どうやら隠蔽魔法がかけられているらしい。自分でかけたのではなく、かけられたものなので気絶しても解除されなかったようだ。
場所は背中と腰元。確かに、少年を抱き起す時に何かに当たったような不思議な感触がした。
身分を隠すために隠蔽魔法を使っていたのかなとも思ったが、どうやらこの隠蔽魔法をかけたのは私のようだった。
思わず疑問符が頭に浮かぶ。
私はこの少年に会ったことはない。いや、どこかで見たような気もするが、ここまで幼い少年となるとルア君くらいしか思いつかない。
当然、この少年はルア君ではないが。
一体どういうことだろうと頭をひねっていると、アリアが少し呆れたような声で話しかけてきた。
『ハク、ちょっと言いにくいことがあるんだけど』
『なに? もしかして、アリアはこの子のこと知ってるの?』
『うん、知ってるよ。そこまで頻繁には会っていないけど、もう結構な月日が経つし』
どうやらアリアはこの子の事を知っているらしい。
すでに会ってから結構な時間が経っているようだけど、やはり私の脳内に引っ掛かる人物はいない。
私の記憶力なら、一回会った人なら早々忘れないと思うんだけど。
『誰なの?』
『ユーリだよ』
『……え?』
『だから、その子はユーリだよ。ハクの家に住んでる、竜人の』
「え、えぇ!?」
最後の言葉は【念話】とはならず、私は素っ頓狂な叫びを上げることになった。
感想ありがとうございます。
 




