第六百十話:叙爵式
それから、何事もなく時は過ぎて行き、とうとう叙爵式の日となった。
私の予想では、あのパーティで追い出された貴族達が何かしら報復してくるんじゃないかと心配していたけれど、どうやら処罰を受けてそれどころではなかったらしい。
主な処置は爵位の降格。あの場で関わった貴族達は軒並み降格させられ、その上でカンバラス家は警備隊の管理の任を剥奪されたらしい。
元からスラムを物理的に排除しようという危険な思想を掲げていた家だけあって、今回の事件でちょうどいいからと家の力を削いでいったようだ。
財産も何割か没収され、家は大慌て。そりゃ、構ってる暇はないよね。
「ふぅ……少し緊張する」
今は城の控室にてメイドさん達に剣爵の正装へ着替えさせられている。
どうやら、爵位ごとに正装があるらしく、叙爵する時はその爵位にふさわしい服を用意する必要があるようだ。
まあ、これに関しては王様が用意してくれたけどね。
こちらの都合で叙爵するのだからこれくらいは当然とのこと。
まあ、貰えるというなら貰っておくけど、ちょっと悪い気もする。
学園の事も含めて、私の出費って結構ありそうだし。ドレスとか。
「定刻となりましたらご案内させていただきます。それまでしばしお待ちください」
「あ、はい」
ほどなくして着替え終わり、一時の休息が訪れる。
聞いた話だと、今回参列する貴族達は皆重要な役職についている人達ばかりらしい。
今回はささやかなものにするために必要最低限しか呼んでいないそうだが、将軍とかそういう人達がいるわけでしょ? なんかちょっと怖いな……。
こんな見た目だし、突っかかってこなければいいけど。
いや、そこはみんな承知の上なのかな? 少なくとも、私の功績だけ知っているってわけではないと思うし。
まあ、そこらへんはいけばわかるだろう。
「そろそろ時間です。ご案内いたします」
しばらくして、私はメイドに連れられて謁見の間まで案内される。
王様とは何度も話しているけれど、こちらで会うのは久しぶりかもしれない。
扉の前で待機している兵士達が頷き、私の到着を告げてから扉を開ける。
相変わらず広い謁見の間には数名の人物が並んでいた。
大抵は知らない顔ではあったが、中には知っている顔もある。
と言っても、学園長とルシエルさんだけだけど。
他は顔は知っていても名前は知らないか、まったく顔も名前も知らない人だけ。
私は気づかれないように一度深呼吸をすると、静かに歩き始める。そして、王様の座る玉座より少し離れた位置で立ち止まり、跪いた。
「顔を上げよ」
王様の指示を待ってから、ゆっくりを顔を上げる。
詳しい作法などは知らないから、その辺は王様に教えてもらった。
大丈夫だとは思うけど、やっぱりこういう場は緊張する。
この時ばかりは動揺が顔に出ない無表情キャラに感謝だね。
「これより、叙爵式を取り行う」
厳かな雰囲気の中、叙爵式は始まった。
司会となるのは以前にも王様の隣にいた人物。羊皮紙を広げて、私の功績を並べ立てていく。
オーガの軍勢を退けた英雄として、また王子の危機を救った救世主として、色々なことをつらつらと並べていく。
中にはそんなことやったかなと思うものもあったが、そこらへんは箔付けのための真実に限りなく近い方便と言うことらしい。
うん、まあ、やれと言われたらやれるからいいけどさ。
「……よって、ハク殿を剣爵として認めることとする。ハク殿、前へ」
「はっ」
玉座により一層近づき、再び跪く。
王様が玉座から立ち上がり、用意してあった勲章が授けられることになった。
私がそれを恭しく受け取ると、王様は満足げに頷く。
「さて、ハクよ。貴族となったそなたには家名が与えられることになる。そなたはどのような家名を望む?」
「はっ、『アルジェイラ』の家名を賜りたく存じます」
『アルジェイラ』は私のお父さんと同じものだ。
やはり、家族であるから、そこは同じにしておきたいと言う気持ちがあった。
まあ、前世の名である春野から取って『スプリングフィールド』とかでもよかった気もするけど、ここはこの世界の生みの親であるお父さんの名前を使わせてもらうことにしよう。
「よかろう。これより、そなたはハク・フォン・アルジェイラを名乗るがよい」
「はは、謹んで拝命いたします」
新たなる貴族の誕生に拍手が贈られる。
これで私は平民ではなくなってしまった。
なんだか寂しい気もするが、特に何かが変わるというわけでもない。
この爵位なんてあってないようなものだしね。
「ハク・フォン・アルジェイラ。その勲章に慢心することなく、より精進するがよい。今後の活躍に期待する」
「もちろんです。この勲章に恥じぬよう、これからも邁進していきたいと思います」
「うむ。さて、続いてハクに対する褒美についてだ。今回の叙爵に加え、そなたには一つだけ願いを言うことを許す。そなたは何か願いはあるか?」
「それならば、一つだけ」
この願い云々に関しては完全にでっち上げだ。
褒美と言うのなら、叙爵しただけで十分名誉なことだし、これ以上渡す必要はない。もし渡すとしても、別日に別の名目で渡すべきだろう。
だから、これは私が貴族と結婚しなくてもいいようにするための策である。
周りにいる貴族達は少し訝しげな顔をしていたが、特に口を挟んでくることはなかった。
「私はこの通り未熟な身。結婚など考えられるはずもなく、しかしながら私を欲する方々は多い様子。なので、どうか今しばらくは私に手を出さぬように通達していただきたく存じます」
「ふむ。しかし、そなたは今年で15となる。貴族として世継ぎを残すことは義務とも呼べるものであり、相手の良し悪しはあれどもすべての誘いを拒むことはあまり褒められたことではない」
「ならば、条件を付けていただきたく存じます。私を欲するならば、決闘にてその力を示してほしいと」
「なるほど。確かに、英雄と呼ばれようとも成人したばかりの者に負けるとあっては男のメンツにも関わろう。よかろう、そなたを我がものにしたいと言う者があれば、決闘にて力を示し、力で勝ち取ることとする。皆の者、異論はないな?」
完全に茶番だが、王様の言葉に否を言う人はいない。
元々、この場に集まっている貴族達は私と言う戦力を欲してはいても、それは国のためであり、自分が欲しいというわけではない。
なので、この国の貴族となった今、私が結婚しようとしなかろうとそこまで興味はないようだ。
まあ、もちろん、絶対に結婚させちゃいけない貴族と言うのは抑えているとは思うけど、私の方から結婚を拒む分にはそこまで反論はないようだ。
「よし、これにて叙爵式を終えることとする。新たなる貴族の誕生に祝福を」
最後に拍手を持って叙爵式は終了した。
なんだかとても強引だった気もするけど、下手に日をずらしてしまうと、貴族となったことをいいことに正式に婚姻を結ぼうと考える輩も出てくる。
もちろん、私が頷かなければいいだけの話だが、貴族とは言っても最下級の剣爵、もしかしたらごり押される可能性はある。
だからこそ、叙爵式の場で強引にでも宣言しておく必要があったのだ。
今回の出来事は、後ほど王様がお触れとして貴族達に通達することになる。これで、私を手に入れたければ決闘で勝たなければいけなくなった。
これで一安心である。
私はようやく肩の荷が下りたと安堵しながら、寮へと戻っていくのだった。
感想ありがとうございます。




