第六百八話:学園長の采配
「どうやらハクはラズナー殿の家に仕官する気はないようだ。この話はなかったということで構わないな?」
「お、お待ちください! その平民の言葉を信じるのですか!? 私は確かに許可を得て……」
「仮に許可を得ていたとしても、今この場で否定しているのだ。ラズナー殿は私の生徒を無理矢理仕官させるおつもりか?」
「い、一度は頷いたのです! それを取り消すなどあってはならない! そもそも、平民如きが貴族である私に意見するなどと……」
「ほう、伯爵如きであるあなたが公爵である私に意見するのはいいのですかな?」
「そ、そんな、滅相もない!」
学園長の言葉にラズナーさんはしどろもどろになって後退っていく。
そもそも一度も頷いた覚えはないけど、強引に事を進めればそれが事実になってしまう可能性もある。
もし、学園長がいなければ本当に仕えることになっていただろう。頼れる味方がいてくれて本当によかった。
「このパーティは学園の授業の一環であり、本番であるデビュタントに向けての練習をする場である。あらかじめ、参加する貴族諸君らには生徒の言動に対して真摯に対応し、貴族としてふさわしい在り方を示し、多少の失敗をしても見逃すように通達していたはずです。にも拘らず、生徒を平民だと蔑み、無理矢理いうことを聞かせようとするなど言語道断。ラズナー殿にはしかるべき処置を取らせてもらう」
「そ、そんな!」
「もちろん、同じようにハクの事で揉めていたそこのあなた達も同様だ」
「な、なぜ私達まで!?」
「貴族の品位を貶め、パーティを台無しにしたことを考えれば当然のことだと思うが? それとも、ここまでパーティを台無しにしておいて何の責任も負わないと? それが許されるのは、成人もしていない子供だけですよ」
その言葉に、他の貴族達もがっくりと肩を落として黙りこくった。
まあ、初めからこうなることはわかりきっていたよね。
確かに、私と合法的に会えるのはこのパーティだけだけど、そこで私を頷かせたいなら、私が興味を持つような条件を提示して、真摯に勧誘すべきだった。
平民だから金をちらつかせれば頷くだろうとか、強引に話を進めてしまえば流されて頷くだろうとか、そんなこと考えているから失敗するのだ。
もちろん、まともに勧誘されたとしても頷くことはないけどね。
可能性があるとしたら、私を誘拐なりなんなりして契約書でも書かせることだろうけど、武力行使で私に敵うはずはない。
もしかしたら、今までにもそういう人はいたかもしれないね。多分、王様あたりが手を回していてくれたんじゃないだろうか。ありがたいことである。
「さて、多少のトラブルはありましたが、皆様にはこの後もパーティを楽しんでいただきたく思います。彼らは放り出しますのでご安心を」
そう言って、部下らしき人達に指示を出して参加していた貴族達を連れていく。
この後どんな処罰を受けるのかは知らないけど、謹慎とかだろうか?
まあ、うるさいのがいなくなるならそれで十分である。
「学園長、ありがとうございます」
「いえいえ、可愛い生徒のためですから。それに主催者としてトラブルの解決をするのは当然の事ですよ」
先程までの威厳に満ちた表情を綻ばせて柔和に笑う学園長。
その姿に、少し憧れのようなものを抱いてしまった。
私が大人になることはないけれど、こういう人を守れるような人になりたいものだね。
「ハク君を狙う輩はこれで粗方一掃できただろうが、まだいないとも限らない。パーティが終わるまではこれまで通りフォルテに任せるといい」
「わかりました」
会場は混乱している。多分、興味本位で私に話しかけてくる人はたくさんいるだろう。
私を狙うような悪意あるものはないとは思うけど、用心することに越したことはない。
私はその言葉に頷くと、元の位置に戻った。
「お疲れ様ですわ。無事に何とかなったようですわね?」
「まあ、一応ね」
「あれだけの貴族を夢中にさせてしまうなんて、ハクは魔性の女ですわね」
いや、それは違うんじゃないかなぁ……。
貴族達が群がっていたのは私の力が目的だし、私の魅力はそこまで高くはないだろう。
確かに、お母さんが作ってくれたこの体はそれなりに整っているけれど、表情が動かないせいでその魅力も半減である。
こういう、堂々としなければならない場面では重宝するけど、それ以外ではほとんど役に立たない。
もう慣れたけどね。
「そう言えば、シルヴィアはヘクター君と一緒じゃなかったんだね?」
「えっ? え、ええ、あの人は学園の生徒ですから、今回は対象から外されていますわ」
そうなんだ。
てっきりもう婚約話まで進んでいると思ったんだけど、お父さんが反対したのかな?
ちらりとシルヴィアのお父さんの方を見てみる。
にこりと笑って返された。
これは、どっちだ? よくわからない。
「それより、早く料理を取らないと、また食べ損ねますわよ?」
「あ、そうだね」
せっかく会場が混乱していて私への注意がそれているのに、ここで食べないのはもったいない。
私はフォルテさんに頼んで料理をよそってもらうと、控えめに食べ始めた。
その後、何人かの生徒が話しかけてきたが、適当に返して乗り切った。
私が上級貴族に勧誘されたのが珍しいのか、もったいないとか、流石だなとか、まあハクさんだしとか。色々な反応があった。
上級貴族はともかく、下級貴族は同じように上級貴族から勧誘されるのは名誉なことらしいけど、このクラスはほとんどが上級貴族なのでそこまで羨ましがられるということはなかったけど。
と言うか、私ならやるだろうと大体の人が思っていたようで、最後にはみんな納得していたという。
私ってそんなに何かやらかしそうな感じなのかな。ちょっとへこむんだけど。
「ハクさん、先程の経緯を詳しく!」
「ハクはー、トラブルメーカーだよねー」
一番やかましかったのはミスティアさんとともに現れたキーリエさんだった。
まあ、来るとは思ってたよ。
一生徒が上級貴族から勧誘されるなんてとても名誉なことだし、それが複数とあれば話題性はばっちりだ。
自称記者であるキーリエさんが騒がないわけがない。
まあ、キーリエさんがめっちゃ喋ってくれたおかげで他の人とあんまり話さなくて済んだのはよかったけど、逆に疲れた気がする。
どっちがましだったんだろうか。よくわからない。
「皆さん、今日はお集まりいただきありがとうございました。今後とも、我が学園の生徒達をよろしくお願いします」
そんなことをしているうちに、パーティ終了の時間がやってきたようだ。
ちょっとしたトラブルはあったものの、他の生徒達はそれなりに貴族と話せたようで、いい練習になったようである。
それと、あんな貴族にだけはなっちゃだめだぞと言う反面教師的な経験もできたので、結果的にはプラスなパーティだったと言えるかもしれない。
私にとってはただ面倒なだけのパーティだったけどね。
さて、これで最後の関門は突破した。後は無事に叙爵式を終えるだけだね。
そんなことを考えながら、私はパーティ会場を後にした。
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