第六百七話:カンバラス家の策
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次々とやってくる貴族の攻撃を躱しながら過ごすこと一時間ほど。
立食パーティだというのにまだ一回も食べられてない。
まあ、確かにメインはお話の方なんだろうけどさ。でもせっかく料理を用意されているのに一口も食べられないとか拷問じゃないかな。
私はお昼を抜いてもそこまで気にならないから別にいいけどさ。
もう気分が悪くなったからと言って休んでいようかなと思ったけど、それはそれでつけいってきそうな人達がいるので下手なことも言えないし、かなりストレスが溜まる。
早く終わってくれないかなぁと思っていた時、それは起こった。
「皆さん、お耳を拝借!」
そう言って声を張り上げたのはラズナーと呼ばれた例の伯爵だった。
みんな何事かと視線が集まる中、ラズナーさんは朗々と語り上げる。
どうやら、手紙の通り、この場で私がカンバラス家に仕えることになったと発表する気らしい。
何度も何度もお願いしてようやく叶っただとか、私と言う戦力の加入によってようやくスラム一掃計画を進められるとか、色々と言っているが、私は一言も仕えるなんて言ってないんだけど。
あの手紙では、パーティの場で頷いてくれたらいいと言っていたけど、頷くタイミングがないんですが?
どうやら、あの人の中では私が仕えることは確定しているらしい。
さっきの会話で察せられただろうに、頭の悪い人だ。
それとも、ここで強引に話を推し進めれば折れるとでも思っているんだろうか。流石にそこまで私は流されやすい性格ではないぞ。
「ちょっと待っていただきたい!」
ラズナーさんの言葉に数人の貴族達が待ったをかける。
ああ、反論してくれるのかなと思っていたら、どうやら彼らも同じようなことを考えていたらしい。
真のデビュタントともいえるこの場で宣言すれば、それは周知の事実となる。だから、みんなこの場で強引にでも私がその家に仕える、あるいは婚約するということを発表することによって、周囲の貴族を味方につけたいようだった。
「ハク殿は我が家に仕えると決まっているはず。ほら吹きは止めてもらおうか!」
「何を言う、どうせ許可など取っていないだろう? 私は正式に許可を得て発言しているのだ。よそ者は黙っていてもらおう」
「そちらこそ、許可を取っているなど嘘ではないか? ただハク殿を手に入れたいだけだろう!」
「それはあなたの方だろう!」
ギャーギャーと喚き散らす貴族達。
多くの貴族が、それも将来の貴族家の当主となる子供達が見る前で何とも醜いことである。
生徒達は状況が呑み込めず、あたふたとしているばかり。同伴した親も関わり合いになりたくないとばかりに無視を決め込んでいる。
何人かは羨ましそうに私の方を見ていたが、いや、全然嬉しくないからね?
譲れるなら譲ってあげたいくらいだ。
「ハク、これは一体どういうことですの?」
そこに、シルヴィアとアーシェがやってきた。
二人には事情を話していなかったから驚くのは当然か。
私は以前王都を救ったことを評価されてぜひとも仕官してほしいと色々な貴族から狙われていることを話す。
すると、呆れたような顔をして溜息をついていた。
「まあ、ハクならあり得る話ではありますけども」
「男爵家に子爵家、伯爵家に侯爵家まで、上から下まで目白押しですわね」
「いい迷惑だよ」
「そうやって貴族からのお誘いを平然と蹴れるハクが凄いですわ」
まあ、普通は平民が貴族からその腕を買われて家に仕えてくれなんて言われたら喜んで飛びつくことだろう。
貴族の私兵、護衛、用心棒、何でもいいけど役職に就ければ普通に生活するよりも高い賃金を貰えるだろうし、何より成り上がるということは平民にとっての夢でもある。
それが例え鉄砲玉のような仕事だとしても、多少条件が良ければ話に乗らない手はない。
だが、それはあくまで地位や名声が欲しい人の話。
私はそう言うものに興味はないし、ただ自由気ままに暮らせればそれでいい。むしろ、成り上がって重要な職についてしまったら自由がなくなるだろうし、全く魅力を感じない。
重要な仕事に就くというのは責任を問われるということだ。
私はそんな責任持ちたくないよ。
「それで、どうするんですの? あれ」
「まあ、多分そろそろ何とかしてくれると思うけど……」
「何をしているのかな?」
と、そんなことを話していたら、貴族達の間に割って入っていく人物がいた。
このパーティの主催である、学園長、クレシェンテ・フォン・オルフェスである。
「おお、これはクレシェンテ様、場を乱してしまい申し訳ありません。身の程知らずが吠えるもので」
「身の程知らずはどちらだ! あなたの方こそ身の程をわきまえたらどうだ!」
「なにを!」
「静まれ」
公爵様の前にもかかわらず、再び言い争いを始めようとする貴族達。
公爵様の主催するパーティを台無しにしておいて、さらに言い争いを続けようとするとか、穏便に収まっても処分は免れないのではないだろうか。
そもそもの話、自分が主催でもないのに重大発表と言って発表するのはパーティの乗っ取りである。
主催はパーティの進行も考えて、料理を出すタイミングや余興を挟むタイミングなどを計っているのに、それをめちゃくちゃにするというのは許されざる行為だ。
それでも、悪いのは周りの連中だと信じ切っているのか、貴族達は引く気配が全くない。
呆れた根性だ。
「……さて、学園の大事なパーティの場を乱したことはひとまず置いておこう。それで、話を聞いていれば私の生徒が関係しているようだが、一体どういうことかな?」
「はぁ、それはですね」
ラズナーさんが学園長に経緯を説明する。
何度も手紙を送り、ようやくオッケーを貰って私に仕官してもらえるようになったこと、その褒美として息子と結婚させようと思っていること、その他にも十分な褒美を用意していることなどを説明していく。
うん、まあ、褒美なんだろうね、あの人にとっては。
金貨100枚如きで十分とは言えないと思うけど、平民である私に払うならこの程度で十分ってことなんだろう。
と言うか私はオッケーした覚えなんてないんだが? 物事を都合のいい方向に持って行くのやめてもらえませんかね。
「では、本人に確認してみるとしよう。ハク、こちらへ」
「はい」
学園長に呼ばれ、私はフォルテさんと共に目の前までやってくる。
ちらりとラズナーさんを見ると、にやりと笑って勝利を確信しているようだった。
はぁ、頭痛い。
「ラズナー殿はこのように言っているが、それは真実か?」
「いえ、全くの事実無根ですね」
「なっ!?」
当たり前である。何をそんなに驚いているのか理解に苦しむね。
「ハクはこう言っているが、何か言い分はあるか?」
「で、出鱈目です! こら、貴様この私に恥をかかす気か! 正直に申せ!」
「正直に言った結果がこれですが? そもそも、手紙を送っただけで私が頷くとでも思ってるんですか? しかも何度もとおっしゃっていますが一度しか貰っていませんし。会ったこともない貴族様に仕えるほど私は暇ではありませんので」
「貴様ぁ! 言わせておけば!」
「黙れ」
やべ、あんまり喋るなと言われていたのに感情のままに喋っちゃった。
ラズナーさんは顔を真っ赤にしてお冠のようだけど、それを学園長が諫める。
ああ、学園長の存在が凄く心強い。前は頭の寂しいおじさんと思っていたけど、撤回します。ごめんなさい。
さて、この場はどう納めるべきかな?
私は学園長を見ながら采配を見守った。
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