幕間:自慢話と道場の復活
冒険者ミーシャの視点です。
獣人とは人間に動物の特徴が発現した種族だ。
その性質上、人間の知能を持ちながらその動物の能力を発揮できるため人間の上位種族とも言われている。
しかし、人間の中では獣人を動物として扱うものも多く、一部地域では獣人を下に見る差別的思想もある。
まあ、この王都ではきちんと獣人の地位は確立しているし、そんなことをいう人は滅多にいない。
さて、私は猫の獣人ということで特別耳がいい。そこかしこで囁かれる噂話も私にかかればすべて筒抜けだ。
その噂を聞く度に私は上機嫌に尻尾を揺らしてしまう。なぜなら、それが好きな人の話題だからだ。
少し前だったら闘技大会に優勝した事もあって私の噂が絶えなかった。だけど今流れている話題は王都を救った英雄の話。
その英雄は何百というオーガの群れを魔法で一瞬にして葬り去った。しかも、それをやったのは10歳にも満たない少女だという。
そう、サフィ様の妹のハク様だ。
最初会った時は卑怯な手を使って勝ち進んできたと思っていたけど、サフィ様の妹というならあの実力も納得できる。
サフィ様すら打ち倒せるほどの高度な魔法の使い手。闘技大会で手を合わせた時はその多彩な魔法に心底驚いたものだ。
私が勝てたのは本当に運がよかったんだろう。魔術師は魔力を消費して魔法を放つ。そして魔力は体力と違ってそんなにすぐには回復しない。
決勝までの間に魔力を使い切ってしまったからこそ、あそこで倒れたのだ。そうでなきゃ、私は負けていたと思う。
一度成り行きで依頼を共にすることもあったけど、その時も魔法の精度の高さに驚かされたものだ。
私だって魔法は使えるけど、風魔法のみ。しかもほぼ初級だけだ。
それに比べてハク様はほぼすべての属性を使いこなしている上に全部無詠唱ときてる。
魔法を無詠唱で放つなんてその道を究めた魔術師でもなければ難しいはずなのに、あの年で当たり前のようにやっているのはとても異常だった。
しかもその精度は圧倒的に高く、速度では右に出るものはいないだろう。それに加えてオーガ撃退戦で見せたあの範囲魔法。
間違いなく、天才と言えるだろう。流石はサフィ様の妹様だ。
憧れのサフィ様、そしてその妹であるハク様。二人が褒められていると思うとにやにやが止まらない。
この喜びを誰かと分かち合いたいと思うのは至極自然なことだろう。
私自身、二人がいかに素晴らしいか語りたくて仕方ないのだ。
「お、あいつは」
誰か都合のいい相手はいないものかと探していると、見覚えのある金髪が目に入った。
確か名前は、サクだっけ? オーガ戦で共に戦った戦友だ。
何度か彼に背中を預ける機会もあったため印象に残っている。
一緒に連れているのは弟か何かだろうか。まあいい、ちょうどいい話し相手ができた。
「あ、ミーシャさん。昨日はお世話になりました」
都合がいいことにあっちから話しかけてきてくれた。
これはいい。ここぞとばかりに近くのカフェに連れ込み、サフィ様、そしてハク様がいかに素晴らしいかを言って聞かせてあげた。
まあ、サクだってあの場にいたのだから二人が素晴らしいのは知っていると思うけど、他人からの視点で語られる二人の姿はまた違ったものだろう。
途中でなんと二人が来たこともあってちょっと喋りすぎてしまった。まだ全然語りきれてないけど、もう夜になるし今日はこの辺にしておきましょう。
その日はそのまま別れ、泊まっている宿へと帰った。
一泊して翌朝。さて、今日は少しやりたいことがある。
ひとまず目的のために通りを歩き、閑静な住宅街へと足を延ばす。
ここに来るのも何年ぶりだろうか。全く変わっていない景色に少し安心感を覚える。
目的の場所に辿り着くと、そこには予想通り、サクがいた。
「ミーシャさん、こんにちは」
「こんにちは。やっぱりあんた、ここの人だったのね」
一昨日、彼の戦い方を見てからずっと感じていたのだ。彼の戦い方はいつの日かの師範の戦い方に似ていると。
私は王都出身ではないけれど、王都に住んでいたことがある。その時、私は冒険者に憧れて道場に行っていたことがあった。
あいにく、道場の戦い方は私には合わなくて数週間でやめてしまったけど、師範の戦い方は今でも私の胸に残っている。
サクの戦い方を見て、もしやと思っていたけど、本当にこの道場の人だったとは。
「この道場を知ってるんですか?」
「ええ、一応元弟子だから」
「お父さんの、お弟子さんですか」
「ああ、息子だったのね。道理で師範と重なるわけだわ」
戦い方は合わなかったとはいえ、師範の教え方は的確だった。
今の戦いの下地はこの道場で鍛えられたと言っても過言ではない。弟子もたくさんおり、王都では結構有名な場所だと思っていた。
だけど今はその繁栄は欠片もない。
草は生え放題だし、道場内には誰もいない。いるのは弟のルアだけだ。
「道場、潰れちゃったの?」
「ええ、三年ほど前に」
「そう」
いくら師範が優れていても、病気には勝てないか。
風の噂で聞いた程度だったけど、いざ事実を聞かされると少し残念に思う。
あれだけの繁栄を見せていた道場なのだから続けることを望む声も多かっただろうに、なぜやめてしまったのだろうか。
「あんた息子なんでしょ? 継ぐ気はなかったの?」
「俺はお父さんほど強くはないし、ルアのためにも稼がなくちゃいけなかったから」
確かに道場の維持費もあるし、ほぼ無償でやっていた道場の経営だけで食っていくのは少し辛かっただろう。だけど、サクの実力は師範にも引けを取らないほどの実力だと思う。
あの冷静な身のこなしは師範の技だ。
それは流れる水の様に。相手の動きに合わせて攻撃を往なし、的確に急所を突いて撃破する。その技は、しっかりと受け継がれているように思えるのだけど。
「もっと自信持ちなさいよ。あんたの技は、師範にも引けを取らないわよ」
「そう、でしょうか」
「そうよ。私が保証するわ」
私の言葉を聞くと、はにかむ様に顔を赤らめた。
「それにしても残念ね。あの道場がなくなってるなんて」
「俺もできれば続けたかったんですけどね。お金がなくて」
「ふーん」
お金がない、か。まあ、それは以前の道場のあり方がそうだったから仕方がない。むしろあれで何年も経営してこれたのが奇跡だ。
なくなってしまったとはいえ、その技は本物。ここでなくなってしまうのはとても惜しい。そう思っている人は少なくないだろう。
知り合いの冒険者にもこの道場出身者がいるしね。
「ねぇ、もしその気があるなら道場を復活させてみない?」
「え、でもお金が……」
「それについては私が何とかするわ。あんただって、危険な冒険者稼業で弟に心配かけたくないでしょ?」
「それは、そうですが……」
冒険者稼業は頑張れば頑張った分だけ稼ぐことが出来るが、常に危険と隣り合わせだ。
王都を拠点にできれば割のいい仕事はそこそこあるかもしれないけど、それでも限度がある。収入は安定しないし、場合によっては数日間家を空けなければならない時だってあるだろう。
そうなった時、ルアは家で一人ぼっちだ。そうなるより、道場を復活させて一緒に生活できた方がどちらにとっても安心できるだろう。
幸い大会の優勝賞金でお金は潤沢にある。多少の費用は負担できる。
元々闘技大会にはサフィ様と戦えるかもしれないってことで参加しただけだからお金の使い道もなかったしね。昔受けた恩を返す手伝いができるならそれもいいだろう。
「じゃあ決まりね。大丈夫、私に任せて置きなさいな」
さて、そうと決まれば早速取り掛からなくては。
サクはまだ不安そうに私のことを見ているけど、気にすることはない。
道場復活に向け、まずは人を集めるとしようか。