第六百六話:社交パーティ
ついに社交パーティ当日となってしまった。
会場となったのは学園長の家の庭である。
どうやらホストとなるのは学園長のようで、会場にはいくつものテーブルが置かれ、その上には素晴らしい料理の数々が並んでいた。
練習とは違い、それぞれが親と同伴でやってきている。
今回はAクラスとの合同ではなく、Bクラス単体で行う。
それでも、それぞれの親が同伴している上で普通の貴族も呼ばれるからかなりの人数になるけれど。
多分、その辺の貴族の家ではこれだけの人数を収容することはできないと思う。そこらへんは流石公爵家だなと思った。
「ハク、お前は基本的に黙っておけ。会話は俺がする。意見を求められたりした時は曖昧に濁しておけ。言質を取られるな。いいな?」
「わかってますよ」
隣に立つフォルテさんがそう忠告してくれる。
今日を乗り切りさえすれば、すぐに叙爵式が待っている。それを終えれば、晴れて王様からお触れを出してもらうことができるだろう。
だから、今日を乗り切れれば恐らく大丈夫のはずだ。
基本的には無言、あるいは当たり障りのないことを言って、明確な発言は避ける。これを意識していよう。
幸い、フォルテさんはホストの息子だ。フォルテさんを無視して私に話しかけることはできない。
なんとか乗り切っていこう。
「始まるぞ」
「はい」
しばらくして、学園長が挨拶を始める。
学園の授業の一環として行われるこの社交パーティ。
実際にはデビュタントではないが、練習を除けばこれが初めての社交界の場となる。
練習だからといい加減にならず、しっかりと身につけた知識を披露するようにと言っていた。
「サリア、少し離れててね。エル、サリアのことお願い」
「わかったぞ」
「ハクお嬢様もお気をつけて」
挨拶の途中で一緒に来ていたサリアとエルに指示を出す。
今回のパーティは本物の貴族が混じっている。サリアの評判がどれくらいかはわからないけど、私が狙われる可能性が高い以上、注目を集めないためにも離しておくことに越したことはない。
一応、カムイやシルヴィア達にも頼んでおいたし、たとえ何か言われたとしても対処してくれるだろう。
「さて、早速か……」
挨拶が終わり、早速と言わんばかりに私の下に歩み寄ってくる複数人の人物。
料理を食べて少し時間を稼ごうと思っていたけど、そんな隙を与えてくれるほど優しくはないようだ。
しかし、隣に立つフォルテさんの姿を認めると足を止める。
正装しているものの、フォルテさんの目つきはかなり鋭い。それに公爵家の息子である。
そのおかげもあって、本当に話しかけてもいいのかどうかしり込みしているようだ。
フォルテさんはいるだけでも十分護衛の任を果たしてくれているらしい。
しかし、それでも話しかけてくる勇気ある人はいるようで、成人済みと思われる子供を連れた紳士淑女が何人か挨拶に来た。
「パートナーは緊張しているようだ。あまり話しかけないでやってくれ」
「それはいけません。どうでしょう、息子で練習してみては?」
「それどころではないようだ。悪いが出直してきてくれ」
あの手この手で自分の息子をくっつけようとしてくる貴族達。
私が平民だからか、上級貴族のみならず下級貴族もそれなりの数がおり、そのすべてをフォルテさんが往なしていった。
なんというか、裏の考えが見え見えで気持ち悪い。
大人達はうまく隠しているようだけど、子供達はそうはいかない。
私の事を見て見下してくる者、鼻で笑う者など大半が私の事を下に見ていた。
まあ、実際平民と貴族の息子じゃ私の方が地位は低いだろうけど、仮にも結婚ないしは仕えさせようという相手にそんな感情を向けてはいけないだろう。
身分としての立場はそちらの方が上かもしれないが、交渉という面で見れば私の方が立場は上なのだ。
それをわかっていない貴族が多すぎる。
フォルテさんがいるおかげで面と向かって平民扱いしてくる人はいなかったけど、絶対裏で思っているだろうな。
中にはこんな人もいた。
「あ、誤ってワインをこぼしてしまいました。ドレスが汚れてしまいましたね。控室まで同行しましょう」
と、そんな感じでわざと私にワインをひっかけて着替えに同行することで二人っきりになろうという魂胆の輩がいた。
まあ、もちろんそんな考えは見え見えなのであらかじめ目に身体強化魔法をかけて完璧に避けたけどね。
「あ、あれ?」
完全にかかったはずなのに汚れ一つない私のドレスを見てきょとんとする子は面白かったが、そこまでして二人きりになりたいか。
そもそも、本当に結婚させる気があるのかがわからない。
普通、結婚させようとなったらいかに自分の息子が素晴らしいかを聞かせて興味を引かせるべきではないだろうか?
でも、言ってくるのは息子ではなく家の自慢ばかり。結婚なんてどうでもよくて、私と言う戦力を自分のものにしたいという考えが透けて見えるようだ。
フォルテさんがいなかったら断るのにかなり苦労していただろう。下手に私が断って逆切れされても困るし。
「フォルテさん、あとどれくらいですか?」
「まだ三十分も経ってないぞ」
「えぇ……」
目に身体強化魔法をかけていたというのもあるだろうが、思ったよりも時間が経っていなくてびっくりである。
後何時間耐えればいいんだ。
「やあ、ハク殿。久しいな」
と、そんな時にやたらと腹のふくらみが目立つ男がやってきた。
隣に連れているのは息子だろうか。こちらも丸々と腹が膨らんでおり、かなり裕福な暮らしをしていることがわかる。
はて、どちらも見覚えはないが、久しいとはいったいどういうことだろうか。
フォルテさんがちらりとこちらを見てくるので、私は首を振って返す。
こんな人達は知らない。
「生憎パートナーはあなた方を知らないようだが、カンバラス家はパートナーと親しい関係にあるのかな?」
フォルテさんが睨みつけるように言うが、特に意に介した様子もなくへらへらと笑っている。
なるほど、こいつらがカンバラス家ね。
「もちろんだとも、フォルテ殿。なあ、ハク殿?」
「申し訳ありません、私には覚えがないのですが」
「おっと、忘れているのかな? ほら、手紙を送っただろう?」
「はぁ、手紙ですか」
まさか手紙を送ったからもう顔見知りだ、とか言わないよね?
いや、流石にそれは無理があるでしょ。招待状を送るだけで顔見知りになれるのだとしたら、人脈なんて簡単に作れるし。
「君の答えはわかっているよ。ああ、心配しなくてもいい。報酬はしっかり払うつもりだ」
「何のことか全くわかりませんが」
「そうだな。これはまだ秘密の方がいいか。パーティが佳境に入ったら、発表するとしよう」
こいつ、あんな条件で私がオッケーすると本気で思っているのか?
確かに、平民にとっては金貨100枚は大金かもしれないけど、私はその何倍ものお金を持っている。
私がどういう暮らしをしているのかは知らないにしても、闘技大会で優勝しているという事実を知っていれば、その十倍の金額を受け取っているということに気付いてもいいものだけどな。
「余計なことはしないでください」
「おやおや、口の聞き方がなっていないな。君にとって私は上司でもあるのだよ?」
「何のことかさっぱりですね」
「貴様、いい加減にしないと……」
「いい加減にするのはあなたの方だ、ラズナー殿」
と、フォルテさんが割って入って会話を止めてくれた。
ラズナーと呼ばれた太った男はチッと舌打ちをすると、その場を去っていった。
正直助かった。かなり不快だったから。
「気を付けろ。何か仕掛けてくるようだ」
「そうみたいですね」
本人の同意を得ないままこのパーティで私を取り込むつもりらしい。
普通に考えて無理だけど、多分やるだろうな。都合の悪いことは全部すっ飛ばして。
私は先の展開の事を考え、思わずため息を吐いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




