第六百四話:尾行と手紙
あれから、エルがフォルテさんのことについて色々と調べてくれた。
フォルテ・フォン・オルフェス。王族の家系ではあるが、臣籍降下して王位継承権を手放した王様の弟、クレシェンテ・フォン・オルフェスの息子で、現在は国直営の店の店主をしているらしい。
ただ、色々な噂が渦巻いているようで、例えばスラム街を裏で牛耳っているとか、王様を密かに暗殺しようとしているとか、店で売っている商品の一部は盗んできたものだとか。
まあ、いずれも根拠のない噂なので本当かどうかはわからないけど、王様がかなりの信頼を置いている学園長の息子と言うのなら可能性は低い気もする。
でも、少なくともそういう噂が流れるくらいには裏の世界に手を出している人ってことかも知れない。
やっぱり、国の暗殺者とか諜報員とかなのかもしれないね。
すでに結婚しているようで、今は王都に在住しているらしい。
既婚者がエスコート役っていうのもどうかと思うけど、まあ奥さんが納得してるならいいのかな? 未婚であらぬ勘違いされるのも困るし。
と言っても、私とフォルテさんでは10歳くらい年が離れているからあんまり誤解はされなそうだけど。
「多分、悪い人ではないよね?」
話を聞く限り、フォルテさんの評判はかなり悪いが、反対にいい意見もある。
顔は怖いし、無口で何を考えているのかわからないけど、何かしてくるというわけではないし、むしろお店では初見の人に話しかけようとして逃げられるというのを常連が笑っているという場面もあるようだ。
噂の限りでは暴力沙汰を起こしたことはなく、強面なのを除けばいい人、と言うのが店の周辺の人達の印象らしい。
私が思うに、顔は生まれつきだと思うけど、身のこなしに関しては多分裏の仕事のせいだろうと思う。いきなり【鑑定】してきたのも、多分その一環だろう。
だから勘違いされることが多いけど、そこまで悪い人と言うわけではなさそうな気がする。
あの感じを見る限り、学園長にも王様にも従順なようだし。
『あの人、結構敏感だと思うよ。私の尾行に気が付いたっぽいし』
「へぇ、アリアに気付くなんて凄いね」
ここ数日、アリアもエルを手伝って調査してくれていたんだけど、フォルテさんはアリアの尾行に何度か気が付いたらしい。
まあ、気が付いたとは言っても、時たま振り返るってくらいで見つかったというわけではないようだけど、精霊の隠密に気が付けるって相当だと思う。
「しかし、ここ最近のハクお嬢様に対する尾行とは関係なさそうです」
「そっか」
フォルテさんの事も気になっていたのだが、それ以上に気になっていたのが、ここ最近の尾行だ。
これはフォルテさんに会うより前から始まっていたことなのだが、私はどうやらつけられているらしい。
最初は生徒達の誰かが私の事を見ているのかなと思っていたけど、生徒にしては魔力が多く、どうにも大人のような感じがして調べてみたら、私の事を尾行する謎の男を確認したというわけだ。
学園内を自由に歩き回っているということは、恐らく許可を得て入ってきたんだろうけど、それなら何で話しかけてこないのかが気になる。
まるで私の隙を窺っているかのようだ。いや、実際にそうなのだろう。
何をする気かは知らないが、私をどうこうしたいのは明白だ。
このまま何もしてこないのだったら見逃してもいいんだけど、流石にもうかなりの時間が経っているし、諦める様子がないのでそろそろ制裁を加えてもいい頃だろう。
「それじゃ、そろそろ隙を出してあげようか」
その気になれば今すぐにでも捕まえることはできるが、目的も知りたいし、まずはあぶり出してやろう。
サリアとエルには一時的に離れていてもらい、私は旧校舎裏の林へと向かった。
そして、探知魔法でついてきていることを確認すると、跳躍魔法で背後に回り込む。
さて、何が目的か吐いてもらうか?
「私に何か御用ですか?」
「ッ!?」
私が話しかけると、その人物はびくりと肩を震わせて跳び退った。
全身黒づくめの見るからに怪しい男。よくこんなのが学園内に入れたなと思う。
もしかしたら、どうにかこっそり忍び込んだのかもしれないね。
一瞬腰に差したナイフを抜きかけたようだが、私の姿を見るとそれをやめ、私に向かって跪いてきた。
「ご無礼をお許しください。私はあなたに手紙を届けるように仰せつかった者です」
「手紙? 誰からですか?」
「カンバラス家の当主様でございます。どうか、この手紙を受け取っていただきたく」
そう言って、黒づくめの男は一通の手紙を差し出してきた。
なんでたかが手紙を渡すためだけに尾行なんてしていたのかが気になるけど、殺気は感じないし、本当に手紙を届けに来ただけのようだ。
手紙に探知魔法を使ってみたけど、特におかしな魔力とかはなかったし、罠とかでもなさそう。
私は少し迷ったが、受け取ることにした。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
そう言うと、黒づくめの男はいつの間にか姿を消していた。
多分、隠密魔法を使ったんだろう。あんな格好で学園内をうろつけるわけないし、ずっと使っていたのかもしれない。
さっき解いていたのは私に姿を見せるためかな? まあ、どうでもいいけど。
「さて、手紙ねぇ……」
私は受け取った手紙を見てみる。
白い封筒に収められた手紙には、流麗な文字でこんなことが書かれていた。
まず、私がカンバラス家に仕え、一生忠誠を尽くすと認めること。
この発表は社交パーティで行うので、その際に頷いてくれればそれでいいらしい。
見返りとして、金貨100枚と、息子との結婚を許すらしい。
平民にはもったいないくらいの破格の栄誉なのだからありがたく思え、と最後に締め括られていた。
「はぁ、何というか、馬鹿じゃないの?」
カンバラス家と言うのがどのくらい偉い貴族かは知らないけど、なんで私が見知らぬ貴族家に忠誠を誓わなくてはならないのか。
それに見返りがしょぼすぎる。金貨100枚とか闘技大会の賞金より安いぞ。しかも、結婚することが見返りと言う意味わからないこと言ってるし。
あれか? 平民の女が貴族の男と結婚できるならそれに勝る幸せはないだろってこと?
まあ、玉の輿ができるなら喜ぶ人もいるかもしれないけど、少なくとも私に対する対価として用意するなら私の事を舐めすぎだ。
恐らく、私が高い実力を持っているという噂だけを聞いて、碌に調べることもなくこんなことを企んだんだろう。
呆れてものも言えないわ。
「とりあえず、これは王様に報告かなぁ」
何で手紙なんて言う証拠の残るやり方をしてしまったのだろうか。
カンバラス家って書いてあるし、明らかに貴族家の紋章っぽいものが捺印されている。
名前だけだったら他の貴族家を貶めるための罠かなと思わないこともないけど、基本的に門外不出の紋章印を使っている時点でほぼ確定である。
それとも、そう思わせるための罠とか? 流石にないと思うけど、一応調べるのだったらさっきの男はマーキングしてあるのでいつでも調べることは可能だ。
完璧に姿を消して去ったと思っているだろうけど、私の目はごまかせないよ。
その後、サリア達と合流して手紙を見せたら、同じように馬鹿じゃないのと笑っていた。
貴族は駆け引きが得意なイメージがあるんだけど、これを見るととてもそうは思えなくなってくる。
私が平民だからと侮ったんだろうが、少しはましな調べ方をしてほしいものだ。
感想、誤字報告ありがとうございます。




