第六百二話:エスコートの相手
その後、タイミングを見て王子にエスコート役を頼もうと思ったのだが、思わぬ問題が発生した。
と言うのも、社交パーティ当日は実際のパーティと同じ形式で行うため、エスコート役は家族の誰かにお願いするようにと先生が言っていたのを聞いたのだ。
今回のパーティはあくまで練習であって、まだデビューするというわけではない。
社交界は結婚できるようになり、マナーもきっちり学んだ一人前のレディになりましたよと報告する場なので、その役目は家族がやらなくてはならないのだ。
もちろん、すでに婚約者がいるのならそちらでも構わないけど、逆に婚約者でもないのに家族以外の人をエスコート役にしている場合、あらぬ誤解を生みかねないとのこと。
つまり、ここで王子をエスコート役に選んでしまうと、王子と婚約しているのでは? と思われてしまうわけだ。
それならそうと言ってくれればいいのにと思ったが、それぞれの家にはあらかじめその旨を記した手紙を送っているようで、みんなすでに把握していたようだ。
私は特別編入だったから知らされてなかったんだね。なんて面倒くさい。
まあ、もし仮に家族がどうしても来られないという場合は先生がエスコート役をやってくれるみたいだけどね。
「うーん、どうしようかなこれ」
一応、私にはお兄ちゃんがいるから家族からエスコート役を捻出することは可能だ。
ただ、問題なのはこれが本物の社交パーティだということ。
基本的に貴族が行うものであり、そこに平民が入り込む余地はない。
お兄ちゃんは当然平民なので、参加させてもいいのか微妙なところだ。
でも、一応平民も通える学園なのだから、こういうパターンも想定しているはず。
通例ではどうしているのだろう?
「どうやら平民が参加する場合は先生がエスコート役を買って出るようですね」
「そっかぁ」
エルが調べてくれたが、やはり参加は許されないらしい。
まあ、格式高いパーティなわけだし、マナーもよくわかっていないような平民が参加するわけにはいかないよね。
こんな状況、学園に通ってでもなければ発生しえないからあれだけど、何とも面倒なルールである。
「と言うことは、私とサリアとエルはみんな先生が付くことになるのか」
私は平民だし、エルも書類上は平民だから先生に頼むしかない。
サリアは貴族だけど、社交界から追放された訳アリ貴族だから参加するわけにはいかないし、これも先生が担当するしかないだろう。
うーん、少し心配だな。
学園ではサリアの評判はそこまで悪くなくなったけど、社交界ではどうかわからない。以前と同じ評価を受けているのだとしたら、サリアを標的に何か言われる可能性もある。
万全を期すなら参加させない方がいいのだろうけど、それはそれで可哀そうだし、難しいところだ。
私が貴族達に狙われているようだから、多少離れていればそこまで注目は集めないかな?
貴族の相手は大変だけど、サリアを守るためと言うのならまだましかもしれない。
「なら、早めに言っておいた方がいいかな?」
「多分把握しているとは思いますが、一応言っておいた方がいいかと」
私が平民と言うのは学園ではすでに広く知られている話だ。
むしろ、だからこそ今まで教えなかったという可能性すらある。
でも、誰が担当になるかは気になるし、一応聞いておいた方がいいだろう。
「それじゃ、休み時間になったら言っておこうか」
「知ってる先生だといいな」
特に私の相手は覚悟しておいた方がいいだろうな。
王様が危険視するほどだから、前みたいに矢継ぎ早に人がやってくることだろう。
出来ることなら、私の事情を知っている人が望ましい。
そうなると、クラウス先生あたりかな?
一番頼りになりそうなのはルシウス先生だけど。
まあ、それは聞けばわかるだろう。
「先生、二週間後の社交パーティのエスコート役なんですけど……」
「ああ、それならすでに決まっているよ」
休み時間になって先生に尋ねてみると、そういう答えが返ってきた。
曰く、サリアにはクラウス先生、エルにはルシウス先生が付くらしい。
やはりここは事情を知っている先生で固めたようだ。少し安心した。
それで、肝心の私は誰かと言うと……。
「ハクさんはフォルテさんが付くことになりましたよ」
「えっ……?」
え、誰?
「学園長の息子さんですね」
「はぁ、学園長の」
学園長の息子とはまた偉い人が来たな……。
なにせ、学園長の家は公爵家。しかも学園長は今の王様の弟と言う王族の家系だ。
すでに王位継承権は手放しているらしいので王子と王位争いになるということはないけれど、それでも貴族界にかなりの影響力を持った人である。
そんな人の息子なのだから、間違いなく私に配慮した人選だろう。
王様もよくやる。これならだいぶ安全性が増すね。
「本当は学園長自らがつく予定だったそうですが、娘さんも今年で五年生なので、そちらにつくそうです」
「ああ、なるほど」
そういえば、Aクラスのフェルマータさんが学園長の娘さんだっけ。
修学旅行の時は気づかなかったけど、後で聞いてびっくりしたものだ。
「なぜ別の先生でなく息子さんを選んだのかはわかりませんが、相手は先生ではありません。いつも先生に接するような感覚で気安く話しかけるようなことはせず、くれぐれも失礼のないようにしてくださいね?」
「わかりました」
「後ほど挨拶の機会を設けると言っていましたから、準備はしておいてください」
「はい」
さて、思わぬ相手に少し面を食らっているが、まあこれで社交界でのエスコート役は問題なくなった。
後は相手の性格がどうかってところ。そもそも、私の事情を知っているのかな?
学園長が知っているのは、私がサリアのお目付け役であるということだけ。私の正体が竜であるということはまだ話していないと思う。
まあ、私がただの平民でないということには気づいているかもしれないけど、多分竜だってことにまでは辿り着いていないはず。
今回の目的は貴族達が私と言う戦力を独占するのを防ぐのが目的なわけだから、その部分は伝わっていなくても、なんとなくやることはわかっているだろう。
だから多分、大丈夫だとは思う。
問題はどういう人かだよね。
「サリア、フォルテって人聞いたことある?」
「いや、ないな。貴族についてはあんまり知らない」
「そっか。まあそうだよね」
貴族との繋がりが薄いサリアに聞いても意味はないか。
一応公爵家だからワンチャン知っているかなと思ったけど、そんなことはなかった。
「よろしければ調べましょうか?」
「うん、お願い。どういう人かくらい知っていないと失礼かもしれないし」
なにせ公爵家だ。貴族はもちろん、平民でも知っていて当然みたいな人かもしれない。
学園長は比較的温厚な人だけど、その息子まで同じ性格とは限らないし、用心するに越したことはない。
「さて、無事に終わるといいんだけどね」
ほんとに貴族と言うのは面倒くさい。
そりゃ、貴族がいなければ社会は回らないけど、謀略とかが日常茶飯事の形態はあんまりよくは思わない。
権力は大事だけど、それに固執して不正に手を染める人もいることだしね。
まあ、人間誰しも権力を手にしたらその力を冷静に振るえるかどうかはわからないし、当然と言えば当然なのかもしれないけど。
下級貴族とはいえ、そんな世界に飛び込まなくてはいけないのかと思うと少し憂鬱な気分である。
まあ、そんなのはすべてシャットアウトするけどね。
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