第六百一話:会話の難しさ
パーティだけあって、料理のレベルはそれなりに高い。
と言っても、学園に通っている人達はみんな食堂の料理を食べているからそこまで凄さを実感できないけど。
ある程度食べ終えて、さあ誰と話そうかと思っていると、そんな暇もなく話しかけてくる人がいた。
「やあ、ハクさん。楽しんでいるかい?」
話しかけてきたのは見知らぬ男子生徒だった。
いや、見知らぬと言ってもこの人がAクラスの生徒だってことくらいは知っている。
たまーに廊下とかで顔を合わせるくらいの関係だ。
「ええ。楽しんでおります」
一応パーティなので、口調もある程度矯正する。
と言っても、大抵は敬語だからそこまで変わらない気もするけど。
話しかけてきた男子生徒はエスコート役なのか、隣には女子生徒の姿があった。
でも、なんだかちょっと不機嫌そう。もしかして、強引に連れてこられたかな?
「それは何よりだ。あ、そこの君、ワインを頼めるかい?」
「かしこまりました」
パーティと言うことで、会場には給仕係が数名いる。
上級貴族ともなるとドレスを汚すことも許されないので、料理をお皿に盛り付けてもらったり、飲み物を持ってきてもらったりと色々やることが多い人だ。
流石にこの部分は代役を立てるわけにはいかないので、学園が雇った本物の給仕係がやっている。
慣れているだけあって、その物腰は優雅で、こちらに不快感を一切与えてこない。流石だね。
「そうだ、あそこの料理は食べたかい? あれは中々に美味しいよ。よかったらよそってこようか?」
「いえ、少し食べ過ぎたようですのでこれ以上は」
「そうかい? それは残念だ」
私が喋る暇を与えず、ぺらぺらとめっちゃ話しかけてくる。
しばらくして給仕がワインを持ってきてくれた後もその勢いはとどまることを知らなかった。
うん、多分私に興味があったんだろうけど、これはちょっとダメなんじゃないかなぁ。
だって、付き添っている女子生徒が完全に置いてけぼりだもの。
そりゃ、エスコート役だからと言って他の女性と話すなとは言わないけど、完全に放置するのはダメだと思う。
おかげで女子生徒はかなり不満気だ。
先程からチラチラと男子生徒の方を見たり、裾を引っ張ったりしてアピールしているが、男子生徒は全然気にかけない。
これはこちらから逃げた方がいいかなぁ。
「申し訳ありません。ハクお嬢様は話疲れてしまったようなので、この辺りで」
「えっ? まだ全然話足りないんだけど」
「すでに三十分以上話しておられます。ここはパーティの場、いつまでも一人の女性を独占するのはいかがなものかと思いますが?」
「あ、なら、エルさんも話そうよ。エスコート役みたいだけど、退屈でしょ?」
「ハクお嬢様を放ってまで話そうとは思いません。それにハクお嬢様にもノルマがあります。これ以上は授業妨害と考え先生に報告させていただきますが、それでもまだ居座りますか?」
「うっ、わ、わかったよ……」
エルの言葉に、渋々ながらも男性は去っていった。
あ、女性が男性の耳を引っ張っている。相当腹に据えかねてたみたいだね。
私に当たらなかっただけよかったよ。
「ふぅ、エル、ありがとう」
「いえいえ」
基本的に、女性は話しかけられたら断れない。
苦手な相手だとしても、それなりに話を続ける必要があるのはとても面倒だ。
一応、料理を食べている間は話しかけてはいけないというマナーがあるからずっと料理を食べていれば話しかけれらずに済むけど、普通はそんなに食べられないしね。
「あらハクさん、ご機嫌よう」
厄介な相手もいなくなり、さて一息つこうと思っていたら、今度は女子生徒から話しかけられた。
この人もAクラスだったかな? 名前は知らないけど、どこかで見たような気はする。
「随分と楽しそうにお話ししていましたわね」
「いえいえ、私など相手を呆れさせるばかりで、気の利いた言葉の一つもかけられずにお恥ずかしいばかりです」
どうやら先程の会話を見ていたらしい。
私としては全然楽しくなかったが、そんな風に見えたんだろうか?
少し不機嫌そうな顔をして、ふんと鼻を鳴らすと、こちらを睨みつけるように見下ろしてきた。
「言っておきますけど、彼は私の婚約者候補なのです。余計なちょっかいはかけないでもらいましょうか」
「は、はぁ……」
婚約者候補ねぇ。まあ、あの男子生徒は顔はそこそこよかったし、もしかしたら人気があるのかもしれない。
でも、別の人のエスコート役になった時点であまり芽はないように見えるけどなぁ。
いやまあ、これは練習パーティだからそこまで深い意味はないにしても、最初に選ばなかった時点であまり注目されていない気がする。
うん、まあ、希望を持つこと自体は悪いことではないけどね。
「何よその腑抜けた返事は。私では釣り合わないとでもいう気?」
「いえいえ、滅相もありません。お似合いのお二人だと思いますよ。私では足元にも及びません」
「そ、そう。わかってるならいいのよ」
女子生徒はまんざらでもない様子で笑うと、「次からは気を付けるのよ」と言って去っていった。
ちょっと話しただけで、しかも話しかけてきたのは相手の方なのにそんなこと言われるのもなんだかあれだが、まあ穏便に済むならそれでいい。
やっぱり社交界は面倒くさい。練習ですらこれなのだから、本番はどうなるのか見当もつかない。
恐らく、本番では私は今日以上に話しかけられることだろう。
王子をエスコート役にするとしても、それだけでは絶対に防ぎきれない。
完全に黙秘するというのも手だけど、それは流石に不自然だしなぁ。
なんとか無難な台詞を考えておかないと。
「ハク、お疲れ様」
その後もいろんな人が話しかけてきて大変だった。
もちろん、私だけでなく、サリアやエルに話しかけてくる人もいたけど、基本的には私ばかりで精神的にかなり疲れた。
なんで私ばっかり話しかけてくるの?
人数的に、三回か四回くらい会話すれば授業が終わる計算なのに、十回以上も話しかけられたんだけど。
どう考えても狙い撃ちにされている。なんでだよ。
「ハク、大丈夫でしたか?」
「凄く疲れているようですけれど」
「うん、まあ、ずっと話してたからね」
授業が終わり、シルヴィアとアーシェが合流してくる。
二人は無難に数回話した程度で終わったようだけど、終始私の様子を見ていたようで、変なことを言っていないか少し心配していたようだ。
多分、変なことは言ってないと思う。
基本的に私を下に置いて、相手を持ち上げるように話していたから恐らくは不快な印象は与えていないはずだ。
いや、へりくだりすぎてちょっとあれだったかな?
一応、パーティ中はそれぞれの家の子息令嬢としてふるまうことになっていたけど、私とエルは平民と言うのはあれなので男爵家の令嬢と言う設定で話すように言われていた。
なので、大抵は各上ばかりなので自分を卑下して話すのは間違っていないと思うけど、やりすぎは慇懃無礼になってしまうかもしれないからね。
「こんな調子で本番大丈夫かなぁ」
とりあえず、長時間水なしで話すのは喉が渇いてしまうので飲み物が必須と言うことはわかった。
パーティで出るのは基本的にワインだけど、頼めば他のものも出してくれるのかな?
まあ、最悪ワインでもいいけど。ただのワイン程度なら、今ならあんまり酔わないし。
後は王子に当日のエスコート役を頼んでおこうと頭の片隅で考えつつ、その日の授業を終えた。
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