第五百九十九話:ほっと一息
『いやぁ、ハクが結婚することにならなくてよかったよ』
帰りの道中、アリアがそんなことを口走っていた。
まあ確かに、形だけとはいえ結婚は一生ものの事だし、しないで済むならその方がいいよね。
王子からしたら形だけでもいいから結婚したいと思っていたのかもしれないけど、王様があの案を出したってことは、王子も同意したのだろうし、結婚よりも私の安全を優先してくれたってことになる。
やっぱり、王子はいい人だと思うよ。これからも友達としてお茶会とかしていたいね。
『それもあるけど、やっぱりハクを取られるような気がして私は嫌だな』
「そう言うものなの?」
『だって、私はハクの契約精霊だよ? 他の精霊達を押しのけて、ハクだけのものになれたのに、それを横から邪魔されたら嫌じゃない』
まあ、確かに結婚してしまえばプライベートな時間はかなり減ると思うし、アリアと気軽に話せるタイミングが減ってしまうからそれは嫌かな。
一応、こうやって【念話】で話せるけど、やっぱりちゃんと姿を見て面と向かって話したいし。
それに、契約は精霊にとっては伴侶を得るようなものらしいから、その点でも私が結婚するのはもやもやするのかもしれないね。
「あの男はそれなりに伸びしろがありますから、もう少し成長すればハクお嬢様のお相手として相応しくなるかもしれませんが、今は時期尚早ですね」
「エル、王子のこと認めてるんだ?」
「強さはともかく、意志は強いようですので」
私以外の人には割と辛辣なエルが褒めるとは珍しい。
でも、確かに王子の一途さは好感が持てる。
単純に今までお眼鏡にかなう女子がいなかっただけかもしれないけど、振られてもめげずに迫ってくるし、かといってうざいとも思わないような絶妙な距離感を保っている。
私がもし前世などなく正真正銘の女の子だったら、その一途さに根負けして結ばれていた未来もあったかもしれない。
まあ、今はどうあがいても愛によって結ばれることはないわけだけど。
「それにしても、決闘で相手を薙ぎ倒していくとは、随分と荒っぽいやり方ですね」
「まあね。どう考えても、普通の貴族はやらないと思う」
仮に強さに自信のある武術の名門とかだったとしても、だからと言って結婚相手を決闘で選別するなんてしないだろう。
貴族の結婚とは家同士の結びつきを強くするためのものであって、恋愛的な感情ではない。
いくら相手が気に入らなくても、女性はそれを我慢して結婚しなくてはならないのだ。
まあ、多少格があればそういう我儘も許されるかもしれないけど、一生結婚せずに済むというパターンは相当稀なんじゃないだろうか。
『ないとは思うけど、ハクが負けたらそいつと結婚しちゃうの?』
「まあ、私に勝ったら婚約するっていうんだからそういうことになるんじゃないかな」
決闘をする以上、敗者は勝者の言うことを一つ聞かなくてはならない。
だから、もし私が負けた場合、言い訳の余地もなく婚約する羽目になるだろう。
確かに、普通の貴族相手だったら私が負けるなんてありえないことだろうけど、世の中には転生者とか勇者とか色々ぶっ飛んだ能力を持つ人だっている。
決闘には代役を立てることも可能なので、そう言った人材を持ってこられて戦わせられたらもしかしたら負けるということもあるかもしれない。
まあ、そんな人を呼べるのならその人をスカウトすればいいだけの話なのでないかもしれないが。
でも、実力を隠している隠れ転生者はいるかもしれないし、あまり油断はしていられないかもしれない。
『そうなったらどうするの? 諦めて結婚するの?』
「うーん、できれば諦めて欲しいけど、無理だろうなぁ」
もし結婚するとなったら、私はひとまず自分の要望を伝えることになると思う。
それはすなわち、自由な暮らしだ。
後継ぎも作らないし、その貴族の家に住むこともない。本当に形だけの結婚を要求するだろう。
それでも、決闘で正式な命令権を得ている以上、それはただのお願いであり、相手がそんなの嫌だと言えば容易に覆されてしまうものだ。
だから、それでだめだったら私の正体を明かすしかない。
自分は竜で、もし子供を作ったとなればそれは竜人となってしまうということを明かせば、少なくとも子作りを強要してくることはないだろう。
もし、それでもダメだったなら……諦めるしかないな。
「最悪その家を潰すことになるかもしれないね」
正式な決闘で結婚したのに私の都合で家を潰すなんて絶対したくないが、もし理解を得られないのであれば、それもやむ無しかもしれない。
そもそも、下手な貴族に娶られるというのは王様としても結構リスクの高いことだ。
だって、騎士団をも上回る戦力を王様以外が手に入れるのだから、万が一反逆でもされたらたまったものではない。
宮廷魔術師であるルシエルさんですら私に敵わない以上、本気でクーデーターを起こせば多分勝てるだろう。
もちろん、私はそんなことやるつもりはないが、そういうことを考える可能性もあるわけだ。
だから、本来ならきちんと選別した、由緒ある貴族のみを対象にすべきなのかもしれない。
いや、もしかしたら王様もそのつもりで決闘制度を持ち出したのかな?
普通に決闘をする場合、子供自身が戦うにしろ代役を立てるにしろ、強い者を用意できるのは上級貴族だ。
細かな精査は必要かもしれないが、上級貴族であれば、家柄は保証されているし、裏切る可能性も低いのではないだろうか。
「まあ、いざとなれば婚約を破棄してしまえばいいのではないですか?」
「それもそっか」
今回の決闘は、私が相手と婚約するというだけの事だ。
もし、その後に馬が合わずに仲違いをしたなら、普通に婚約破棄をすることができる。
これは王様がお触れとして出すので、決闘の勝者だからと強引に約束を違えることはできない。
何重にも抜け道のある、私にとても有利な条件なわけだ。
「いっそのことお兄ちゃんと結婚するというのもありだったかもね」
本来であれば、兄妹同士での結婚は禁じられているが、私とお兄ちゃんは血が繋がっているわけではないので普通に結婚はできる。
お兄ちゃんなら私の正体も知っているし、私が不利益を被るような真似は絶対にしないだろう。
それに、お兄ちゃんは貴族ではないけれどAランク冒険者と言う地位についている。
Aランク冒険者はそこらの貴族に意見できるくらいには発言力があるので、格もそれなりにあるのだ。
まあ、それでも上級貴族よりは下なので色々言われるかもしれないけど、逃げ道としては割とありな部類かもしれない。
『ハクはこのまま誰とも結婚せずにいたらいいと思うよ』
「それが出来たら一番だね」
何にしても、私に前世の価値観が残っている限り、まともな結婚などできないのだから一生独身でいた方がいいだろう。
そもそも、私は厳密には人間ですらないしね。よほど運命的な出会いをしない限りは安易に結婚などしない方がいいのだ。
運命的な出会いと言うだけだったらユーリが一番かな?
なにせ前世を通しての出会いなわけだし。
法律的に正式に結婚できないのは残念だけど、まあ別に国に認めてもらう必要はないし、これは問題ではないかもね。
そんなことを考えながら、寮へと戻っていった。
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