第五百九十八話:王様の秘策
「そう落ち込むことはない。ハクが私達のために心を砕いてくれたことは伝わった。ありがとう」
そう言って頭を下げる王様。
いや、礼を言うのは私の方だ。
あのままだったら、私は自分を捨ててしまっていた。今まで築き上げたものを無為にしてしまうところだった。
王様としてはそうやって婚約してくれた方が楽だっただろうに。
あえて指摘してくれたことには感謝しかない。
私がおずおずと顔を上げると、王様はにこりと頬笑みを浮かべていた。
「さて、その案はなしとして、私も昨晩思いついたことがある」
「……それは?」
「うむ、それは決闘制度を使うことだ」
決闘とは、お互いに意見が食い違い、対立した時に、白黒つけるために行われる勝負の事だ。
基本的には武力によるぶつかり合いだが、場合によっては別の事で勝負することもある。
例えば、鍛冶屋同士が対立した時に、より良い武器を作った方が勝ち、とかね。
私も一回だけやったことがある。忘れもしない、ルナさんとの決闘だ。
あの時は、エルを守るために必死でやりすぎちゃったけれど、まあ結果的にはよかったと思う。
それで有名になってしまったのは必要経費と言うことにしておこう。
「決闘制度をどう使うんですか?」
「ハクはこんな話を知っているかな? かつて戦場の女帝として恐れられ、ついぞ結婚しなかった騎士の話だ」
戦場の女帝と呼ばれ恐れられていた女戦士がいた。その女戦士は大層強く、向かうところ敵なしで彼女が参加した戦は連戦連勝を飾っていた。
しかし、彼女も年を取り、引退することになった。彼女は所属する国から勲章と爵位を与えられ、何不自由のない余生を送ることが約束されていた。
しかし、戦士として生きてきた彼女にはまだ伴侶がいなかった。引退したとはいえ、これほどの傑物ならばその子供も強くなるだろう。
彼女も、自分の技を我が子に受け継がせたいという思いがあり、国の主導の下、お見合いが開かれることになった。
しかし、来るのは貴族社会に染まった豊満な体型の者ばかり。しかも、彼女を戦いしか知らぬ凡愚と罵った。
彼女は子を産むからには強い子を育てたいと思っていた。なのに、来るのは戦いも知らぬ馬鹿ばかり。これでは子供にも期待できない。
だから彼女はこう言った。
「私と結婚したいのなら私に勝ってからにしな!」
その言葉を受けて、大半の貴族達は身を引いた。
戦場の女帝と恐れられる彼女に勝つことなど不可能だからだ。
しかしそれでも、彼女が持つ権力に惹かれて戦いを挑む者もいた。
だが、結果は火を見るより明らかで、誰も勝つことはできなかった。
結局、彼女は結婚することはできず、せめて自分の技を受け継がせたいと騎士団の指南役となり、その余生を終えた。
「遠くルナルガ大陸のとある国で実際にあった出来事らしい。私も吟遊詩人から聞いただけだがな」
「ふむふむ。それはつまり、私も同じことをしろと?」
「そういうことだ」
なるほど、要は結婚したいなら実力を示せと。
それなら確かに、私にかなり有利な条件である。
私の正体は竜であり、その力は人間の何十倍にも及ぶ。当然、戦闘力だって高く、例えAランクの魔物だって軽く倒せるくらいには力があるのだ。
そんな相手に、ただの貴族が勝てるわけない。つまり、私は絶対に結婚しなくていいということだ。
確かにこれなら、多少決闘に時間を割かれるとはいえ、比較的簡単に相手を諦めさせられるし、いい手であると思う。
私も自分を捨てなくていいしね。
「だが、これには一つ問題があってな」
一見完璧に見える作戦だが、これにも何か穴はあるらしい。
一体何かと思っていると、それは意外な答えだった。
「一昨日も言ったが、今のままではハクに手出しをするなとは言えん。ハクを特別視して王命を出すためには、ハクには何かしらの地位を得てもらわなくてはならないのだ」
「地位、ですか」
「うむ。簡単に言えば、爵位を持ち、貴族となって欲しい。そして、宮廷魔術師の職に就いて欲しいのだ」
国としても、私と言う戦力をいつまでも遊ばせておくわけにはいかないらしい。
仮に今のまま私に手を出すなと命令しても、そんな悠長なことをして私が他国に流れて言ったらどうするんだ、と難癖をつけられて強引に話を推し進められてしまう可能性があるようだ。
だから、少なくとも私と言う戦力が他国に行かないという保証、つまり、何かしらの要職に就き、国に仕えているという証明をしなくてはならないらしい。
それで手っ取り早いのが爵位を賜ることと言うことだ。
「ハクには今まで色々と国に貢献してもらっている。その功績を加味すれば、爵位を与えることに反対する者はいないだろう」
功績と言っても、目立ったものは王都の危機を救ったことと、ついでに友好国のゴーフェン帝国で鉱山を解放したことくらいな気がするけど……まあ、それでも十分な功績らしい。
と言っても、与えられるのは一番下の爵位らしいけどね。
まあ、爵位にこだわりはないから別に構わないけど。
「どうだろう、この話受けてくれるか?」
「……その、貴族になったことによって、何かしらの責任が発生することはないですよね?」
一番の心配事はそれである。
多分、領地を持たない法衣貴族になるとは思うけど、貴族特有の責務と言うものはあるんだろうか?
もしあるなら、あまり頷きたくはない。それならば、爵位などなく、宮廷魔術師と言う地位だけが欲しいところ。
以前ならばまだ未熟だからと思っていたが、私の身体はもう成長しないし、魔法に関してだったらすでに多くの事を知っている。
多分、ルシエルさんよりも強いとは思うよ。
私が警戒したような目で見ていると、王様は手を振ってそれを否定した。
「いや、責務を押し付ける気はない。裁判の場に出席したりなど、それなりに権利はあるが、特に何かしろと言うつもりはない。せいぜい、税を納めてくれと言うくらいか」
それくらいなら、大丈夫かな?
税にしたって、多少高くなるかもしれないけど、私達はお金そんなに使わないし、今だってお兄ちゃん達が稼いでるし払えなくなるってことはないだろう。
もちろん、出来る限り私の稼ぎだけで払うけどね。ミスリル売るだけだけど。
「そういうことなら、お受けします」
「ありがとう。これでほっと一息つける」
心底安堵したように息をつく王様。
まあ、王様としてもいい加減私にオルフェス王国に仕えているという事実を作ってもらいたいと思っていただろうし、ちょうどいい機会なのかもしれない。
その理由が貴族ときちんと決闘させるためっていうのはなんか変な感じがするけど、本来ならもっと以前に貰っていたはずのものだし、受け取るのが遅れたとでも思っておけばいいかな。
「それでは、一か月後の休息日に城に来てもらえるか。そこで叙爵式を取り行うことにする」
「わかりました」
「詳しいことはアルトを通して追って説明しよう」
その後、近状などを報告してから城を後にした。
なんだが、王子は私と婚約できないことが少し残念そうだったけど、王様が決めたのだから文句は言わないでね。
まあでも、もしかしたら今後今回のような展開があるかもしれないし、ワンチャンあるかもしれない。
結婚したとしても何もしないけどね。
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