第五百九十七話:考えた案と問題点
貴族達に私を認識できなくさせるというのは一見難しいように思えるが別にそうでもない。
一番簡単なのは隠密魔法を使うことだろう。相手から見えなくしてしまえば認識もできないのだから。
ただ、その場合今後一生王都では隠密魔法を使い続けることになるのでこれではだめである。
ではどうするかと言われたら、姿を消すのではなく、姿を変えるのだ。
私には【擬人化】と言うスキルがある。
これは、私の容姿を変化させる効果があり、これを使えば、今の子供の姿だけでなく、大人の姿にもなることができる。
一応、【擬人化】は【人化】とは違い、変化する前の特徴が残ってしまったり、性別を変更できなかったりと色々と制約があるが、魔力を消費しないので負担をかけることなく変身し続けることが可能である。
これを使えば、姿を隠すことなく活動することも可能だと思われる。
私としても、いつまでも子供の姿でいるより大人の姿の方がいいし、割とありなんじゃないかな。
「ですがハクお嬢様、それでは結局のところハクお嬢様として活動することはもはやできなくなってしまうのではないですか?」
帰還した後の寮の部屋でエルがそんなことを聞いてくる。
確かに、貴族の目を巻くためには、常に【擬人化】している必要があるため、ハクとして活動することはもはや不可能になってしまうだろう。
ハクはいつの間にやら姿を消し、代わりに別の人間が王都で暮らすようになる。
もちろん、こっそりとハクに戻って活動することは可能かもしれないけど、明確にハクがいなくなったと認識させない限り、勧誘は少なからず来ることだろう。
だから、この方法を取った場合、二度とハクに戻ることはできない。
けれど、その辺りは少し考えてある。
「そこで王子の出番だよ」
「あの男ですか。まさか、ホントに側室となる気ですか?」
「まあ、それが一番無難かなって」
筋書きはこうだ。
まず、王様に王子と婚約するという噂を流してもらい、貴族の勧誘を防ぐ。
この場合、実際に結婚するのは学園卒業後となるため、ひとまず学園にいる間はハクのままで過ごす。
そして、卒業後、正式に側室となり、城へと入る。
ここで、私が【擬人化】を使用し、別人となって外へと出る。
世間的には、私の事を大事に思う王子が私の事を城に置きたがっていると言っておけば、そんなに目撃されなくても問題はないし、貴族達だって諦めることだろう。
だけど実際は私は別人の姿となって自由に外を出歩くことができるし、もちろんお姉ちゃん達と暮らすことだって可能だ。
王子と言う隠れ蓑に隠れながら、実際には今と変わらない暮らしを謳歌する。これが、私の考えた貴族除けの考えだ。
まあ、もちろん、そううまくはいかないだろう。
実際には王子との婚約を良く思わない輩が妨害してくる可能性だってあるし、別人となった私がお姉ちゃん達と暮らす口実も必要となる。
だけど、王様と王子を味方につけられるなら心強いし、私の大人モードの見た目は私と結構似ているから親子とか姉妹とか言えば問題はない気もする。
お姉ちゃんもお兄ちゃんも有名ではあるけど、その家族構成なんてほとんど知られていないからね。一部の人は知っているかもしれないけど、そこは何かしら理由をでっちあげればいい。
実際に王子と結婚しなくてはならないというのが一番の問題ではあるけど、形だけと言うならまあ、いいんじゃないかな。
王子は私の事を好いているようだが、流石に竜人が生まれるかもしれないという状況で私に世継ぎを残せと言うほど頭が悪いわけではないだろうし。
もし、結婚しているという理由でそういうことをやってこようとするなら、その時は堂々と離婚してやればいい。
私と言う戦力が欲しいのなら、絶対にそんなことはしないだろうけどね。
「ハーフニル様が怒りそうですが……」
「お父さんもそういうつもりで提案してくれたんじゃないかと思うんだけど?」
「いえ、多分違うと思います……」
あれぇ? てっきりそうやって潜り抜けろと言っているのかと思っていたんだけど、違うのか。
いやまあ、そういえば確かにお父さんにはまだ【擬人化】のことを話していなかったから、【擬人化】前提のこの筋書きを考えているわけではないのかな。
でも、別に【擬人化】が出来なくても、変身魔法があるし、同じようなことはできるだろうと予想はできるよね?
「まあ、形だけのものだし、多分大丈夫じゃないかな」
「そうだといいんですけどね」
仮に結婚したとしても、竜の谷に行く頻度を落とすわけではない。
聖教勇者連盟の様子も見なければならないし、どのみち私は外に出なければならないのだ。
お父さんが危惧するような、私がどこか遠くへ行ってしまうというようなことにはならない。
だから多分大丈夫だろう。
「明日になったら、早速相談してみようか」
「わかりました」
もし問題点があるなら王様が指摘してくれるだろう。
さて、これでうまくいくといいんだけどね。
翌日、放課後に王子に事情を話し、城へと一緒に行くことになった。
いつもの応接室へと集まり、再び話し合いが行われる。
今回は私が話を持ってきた側なので、私から話すことになった。
「……ということなのですが、どうでしょう?」
私は考えた筋書きを王様に話す。
多少の穴はあれど、割といい感じの策だと思ったのだが、王様は少し渋い顔をしていた。
王子の方は少しそわそわとしていたけど、なんでだろう?
「……なるほど。確かにその方法ならそなたは自由を得られ、私達はハクと言う戦力を得ることができる。貴族の勧誘もなくなり、平和に過ごすことができるだろう」
「そうでしょう。ではこの案で……」
「だが、それは承諾しかねる」
王様はそう言ってきっぱりと断った。
行けると思ったんだけど、何か問題でもあっただろうか?
「……理由を窺っても?」
「ハク、そなたは普段は城に匿われているふりをし、実際には別人の姿となって外に出ると言っていたな?」
「はい。そうすれば、貴族の勧誘を躱しつつこれまで通りの生活が送れると思ったので」
色々追加で設定を考えなければならないけど、それは多分どうとでも出来る。
それに、ちょっと私に似ているくらいの人がいたとしても、気に留める人はいないだろう。
だから、最初の設定さえどうにかできれば何とかなると思っていた。
しかし、王様はそここそがだめなのだという。
「ハク、別人の姿となってまでアルトの側室になる覚悟を決めてくれたことは嬉しい。だがな、それは自由とは言わない。現在の姿を捨てるということは、死ぬということと同じだ」
「ッ!?」
王様にそう言われて、はっとした。
確かに、今の私も大人の私も同じ私ではある。だけど、周りはそうは見ないわけで、ハクとしての姿を捨ててしまう以上は死ぬも同義だ。
もちろん、そんな重いわけではない。
いつだって元の姿には戻れるし、その気になればいくらでも生き返ることができるだろう。
しかし、それは常に人目を気にしないといけないということである。
平穏を望んでいたはずの私が、そんなリスクを負ってまで今の姿を捨てるというのは、確かに矛盾していると思った。
私は姿が変わってもお姉ちゃん達がいればそれでいいと思っていたけど、それは本当の意味で自由とは言えなかったんだね。
私はぐうの音も出ずにしばらく俯くことしかできなかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




