幕間:闘技大会の裏側(後編)
主人公の姉サフィの視点です。
しばらく呆けていた二人だったけど、ようやく私の言葉の意味を理解したのか男の子の方は青年の方に抱き着いて泣き始めてしまった。
ずっと人質として縛られていたんだろう。その恐怖は相当なものだったと思う。
男の子が泣き止むまで、青年は男の子の頭を撫で続けていた。
「ねぇ、二人の名前は?」
「俺はサクって言います。こっちが弟のルア」
あれ、てっきりこの男の子がアリアって子かと思ったけど違うんだ。
うーん、やっぱり女の子の名前だよね。他にも捕まってる人がいるのかな?
「他に捕まってる人は?」
「いや、俺達の他にはいないと思う」
「ふむ……じゃあ、アリアって名前に聞き覚えは?」
「いや、ないな……」
ルア君の方にも聞いてみたけどやっぱり知らないという。
うーん、どういうこと?
部屋をざっと見まわしてみる。
テーブルに椅子、それに台所。どこの家庭にもありそうな部屋の造り。隠し部屋みたいなものもなさそうだ。
他の部屋も調べてみたけど、やっぱり誰もいない。
もしかして、別の拠点に捕らわれているのかな。
「アリアちゃーん、いるー?」
最後の望みを託して開いた部屋にも人影はない。やはりその可能性が高そうだ。
そうなるとどうやって見つけようか。あいつら起こして吐かせたらわかるかな?
そう思いながら部屋を後にしようとしたとき、ガタッと何かが動く音が聞こえた。
何かと振り返ってみるが、最初に見たとおり誰もいない。
聞き間違い?
そう思った途端、再びガタガタと音が聞こえる。何かいるっぽい?
音の出所を探ってみる。すると、棚の上に置かれているローブに目が行った。
「このローブ、あいつらが着てた奴だよね」
一見すると灰色の何の変哲もなさそうなローブ。だけど、ある一点を見ればそれが魔石を元に作られた魔法のローブだとわかる。
普通のローブと見分ける点は魔力の有無と、装飾の違い。魔石を使ったローブの場合、必ずどこかに魔石が露出している。
ごく稀に露出していないものもあるけど、ローブのような装備品なら大抵はある。
このローブにも上部にひし形の魔石が露出していた。
まあ、別にローブが置かれていること自体は不思議ではない。そこまで珍しいものでもないし、あいつらが着ているものの予備とでも考えれば辻褄が合う。
だけど、どうにもこのローブ、さっき動いたような?
「……えっ」
なんとなく、ローブを捲ってみる。すると、そこには驚くべきものがあった。
ローブに隠されるようにしてそこにあったのは硝子の箱。形状自体はランタンに似ているだろうか。
しかし、その中に入っているのは炎ではなく、小さな人だった。
薄いワンピースのようなものを身に纏い、若草色の髪が綺麗な少女の背中からは薄い羽が生えており、その存在がどういうものかを表している。
それは人前に滅多に姿を現さない、幻とも呼ばれている存在。まさしくそれは、妖精だった。
「よ、妖精? なんでこんなところに……」
硝子の中にいる妖精はとても弱っているのか動きは緩慢で目も虚ろだ。それでも、必死に硝子を叩いている。
慌てて硝子の蓋を開けると、ふらふらと頼りない動きではあるが、自らの羽根で空を飛び、硝子の中から脱出した。
「はぁ、やっと出られた。ありがとう、あなたのおかげで助かったよ」
「えっと、どういたしまして?」
妖精にお礼を言われるとか私は夢でも見てるのだろうか。
ぽかんと口を開けながらまじまじと見ていると、妖精は自分の身体を確認しググッと伸びをする。
そして、私の顔の前まで飛んでくると、指を突き立てて言った。
「私を捕まえようとか思わないでね。そうなったら、命の恩人でも容赦はしないから」
妖精に手を上げるなんてそんな野蛮なことできるわけない。
妖精は見れば幸運が訪れると言われている幸せの象徴でもある。物語で語られる存在であり、子供のみならず大人でもその恩恵を受けたいと思うものは少なくない。
こうして目の前にいて、話ができるだなんてそれこそ奇跡だ。
「あなた、名前は?」
「さ、サフィ」
「サフィね。私はアリア。よろしくね」
「あ、アリア?」
ここが犯罪者のアジトということも忘れて感動していると、不意にアリアの名を聞いた。
この子が、アリア? え、ハクが助けてほしいって言ったのって妖精なの?
「ね、ねぇ、ハクって子知ってる?」
「あら、ハクを知ってるの?」
「う、うん」
私はアリアに事情を説明する。すると、アリアはハクとの関係性について話してくれた。
アリアはハクと友人であり、一緒に旅をしているのだという。
ハクが妖精の加護を受けているのは驚きだったが、それと同時に納得もできた。
ハクは魔力溜まりに落ちたけど何とか脱出できたと言っていたけれど、普通の子供が魔力溜まりに入ったらまず助からない。
だけど、妖精の助けがあったと考えれば辻褄が合う。
ハクはとんでもない幸運によって救われたようだ。
「私のせいでハクに迷惑かけちゃったみたいだね。ハクは無事なの?」
「今頃決勝戦じゃないかな」
「そう。なら早く行って安心させてあげないと」
それには賛成だ。人質も助けたし、これでハクの憂いはなくなったはず。でもその前に、ギルドと騎士団に連絡しとかないとだね。
ひとまず人質の二人を安全な場所まで送り届けようと思い、部屋に戻ろうとすると、ガシャンッという音が聞こえてきた。
慌てて部屋に駆け付けると、部屋の窓が割れている。そして、倒れていたはずの男が一人いなくなっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫です。男が起き上がって、慌てて逃げていきました」
思ったより浅かったか。
一人逃がしてしまったのはもったいないけど、人質が無事なだけでも良しとしよう。
部屋にあったロープで残った男達を縛り上げると、二人をギルドまで護送した。
途中で騎士団にも連絡を入れたし、ギルドにも報告したから家に残してきた男達もすぐに逮捕されることだろう。
後始末を終え、急いで闘技場へと戻る。
アリアは隠密魔法を使ったのか、外に出た時から姿が見えなくなっていた。
多分、私の横にいるとは思うんだけど。気配が希薄すぎて集中しないとほとんどわからない。流石妖精。
闘技場へと着くと、すでに試合は終わっているようだった。
大広間にある表を見る限り、どうやらハクは負けてしまったらしい。
ハクならもしかしたら優勝もありうるかもと思っていたけど、流石に荷が重かったようだ。
「ハク……」
帰りと思われる観客に話を聞くと、今は医務室に運ばれているらしい。
それに対して心配そうな声が隣から聞こえてくる。
妖精がここまで人間に肩入れするのは珍しい、というか聞いたことがない。
いったいハクの何がアリアを惹きつけているのか、それはわからないけど、ハクにいい友達ができてよかったと思う。
きっと大丈夫だと宥めながら医務室へと向かう。
戦いは終わったと知らせるために。