第五百九十六話:お父さんに報告
結局、その後も有用なアイデアが思い浮かぶことはなく、特に対策も立てられないままその日は解散することとなった。
一応、王子と婚約するという噂を流せば卒業までは何とかなりそうだとは言っても、その後婚約を解消するとなると王子としては外聞が悪いし、王子との婚約を蹴った平民の女として下手をしたら私にも被害が出かねないのでその案を実行するわけにもいかなかった。
後に残ったのは、これから貴族の勧誘を相手にしなくてはならないという憂鬱感だけ。へこむわ。
「どうしよっかなぁ……」
正直、私だけではどうにもならない気がする。
と言うか、私の周りでそれなりに地位があって、且つ私の事を受け入れてくれそうな国内の男性となると王子くらいしかいないわけで、ほとんど選択肢はないのである。
仮に、例えば神代さんとか別の国の男性と結婚しようとなったら絶対に貴族は反発するだろうし、それで暴動でも起こされたらたまらない。
国内の男性で、且つそれなりの爵位があって、私の正体を明かしても納得してくれそうな人……やばい、マジで王子しか浮かばない。
以前に王子と結ばれるルートはないと言ったけど、まさかそれが覆されるかもしれない日が来るとは思わなかった。
「ひとまず、ハーフニル様に報告した方がいいかと」
「お父さんに?」
「はい。ハクお嬢様の結婚となると、流石に話を通さないわけにはいきませんし」
まあ、そりゃそうか。
お父さんとしても、娘がいきなり見知らぬ奴と結婚したなんて知れたらあまりいい感情は抱かないだろう。
もし、結婚するのだとしたら、きっちりと相手の顔を確認したいはずだ。
あれ、そうなると私と結婚した相手は竜の谷に連れて行かなくちゃいけない?
うーん、大丈夫かなぁ……。
「今後の展開も含めて、相談なされてみては?」
「そうだね」
私では思いつけなくても、お父さんなら何かいい知恵を貸してくれるかもしれない。
でも、今日はもう遅いし、聞くとしたら明日かな。
「何とかなるといいんだけどね」
私はため息をつきつつ、寮へと戻っていった。
次の日の放課後、私は竜の谷へと転移してお父さんと会うことにした。
お父さんはいつもの洞窟の奥にいて、私の事を待ち構えていた。
どうやら、私の気配を察して待ってくれていたらしい。
と言うか、もしかして私が竜の谷に来る度に待ってたりする?
私はたまに竜の谷に来るけど、お父さんと会わずにそのまま帰ることもある。そんな時にまで待っているかと思うと少し申し訳なさがあるなぁ。
今度からは大した用事がなくても寄ることにしよう、うん。
〈ハク、よく来たな。我に会いに来てくれたのか?〉
「はい。それと、少し相談したいことがありまして」
私は事の経緯を説明する。
一応話したけど、竜のお父さんに話して伝わるだろうか。
そんなもの力でねじ伏せればいいとか言われたらどうしよう。
〈……なるほど、ハクが結婚すると〉
「はい、なにかいい手はないでしょうか?」
〈……ならん〉
「え?」
〈ハクが結婚するなど、あってはならん!〉
そう言って、咆哮を上げた。
思わず尻餅をついてしまうほどの強烈な咆哮だった。
え、なに、何か怒らせるようなこと言っちゃった?
「あ、あの……?」
〈ハクは我のものだ。どこの馬の骨とも知れぬ人間なんぞに渡すなど言語道断である!〉
「ひゃっ!?」
そう言って、私の事を抱き上げるお父さん。
竜姿だから爪で八つ裂きにされそうではあるけど、乱暴な動きとは異なり苦しいということは全くなかった。
すっごい優しく抱きしめられている。凄い力調整だな。
……って、そうじゃなくて。
「あ、あの、お父さん?」
〈ハク、お前は好きでもない男と結婚するのが望みなのか?〉
「い、いや、そういうわけではないですけど……」
〈ならば、何を悩む必要がある。嫌ならばそんな窮屈な場所など捨ててここに戻ってくればいい。ここならば、誰もお前に強制したりしない〉
「お父さん……」
いきなりの展開に驚いたけど、なんとなくお父さんの言いたいことはわかった。
要は、お父さんは私がいなくなってしまうのが嫌なのだ。
私を人間の世界へと送り出す際も断腸の思いで送り出したはずである。
その上、私が人間と結婚するとなれば、私がどこか遠くに行ってしまうようで嫌なのだろう。
娘可愛さに結婚を拒否する父親のようで少しほっこりしてしまった。
私は愛されてるんだなぁとしみじみ思う。
でも、これじゃあ解決にならないよね。
「……お父さん、私は人間としての生活が気に入っているのです。安易に捨てろなんて言わないでください」
〈しかし、そんな場所にいるからこそ、ハクは困っているのだろう? であれば、その場所に何の価値がある〉
「そういったことも含めて、気に入っているのです。もちろん、少し困ることもありますけど、それを工夫して乗り越えるのも人間としての生活の醍醐味ですよ」
まあ、多少の困難も人生のスパイスと言ったところだ。
もちろん、ない方がいいに決まっているけれど、そんな人生はありえないし、何の困難もなければいつか堕落してしまう気もする。
お父さんの気持ちはわかるけど、もう少し人間社会の中で生きていたいな。
〈……結婚も、その困難の一つだと?〉
「はい。ごめんなさい、安易にお父さんに頼るのはいけないことでしたね。もう少し自分で考えてみます」
そもそもの話、お父さんに相談するというのが間違いだったのだ。
確かに結婚は家族も関わる問題ではあるけれど、お父さんと私では住む世界が違いすぎる。
人間の間で起こったことは人間で解決すべき。お父さんに頼るのは筋違いと言うわけだ。
未だに私を手の中に抱くお父さんに謝罪する。
〈……そうか〉
そう言って、お父さんは私の事を降ろしてくれた。
お父さんに頼るのは最後の手段。まずは別の方面を当たってみて、それでもダメだったら頼るようなそんな存在なのだ。
報告は必要だったかもしれないけどね。
「それではお父さん、そろそろ失礼しますね。うまくまとまったら、また報告に来ます」
〈……待て〉
報告も終えたし、そろそろ帰ろうかと思っていたら、控えめに肩を掴まれて呼び止められた。
振り返ると、少し寂しそうな顔をしたお父さんの顔があって、少しびっくりしてしまった。
余計な心配かけちゃったからね。迂闊だった。
〈ハク、お前の心配事は具体的には何だ?〉
「具体的に?」
結婚にまつわる心配事と言えば、まず私は貴族達にとっては喉から手が出るほど欲しい戦力であり、成人した独身女性と言う口実を得たことによって自分の息子を宛がおうと狙われているということ。
これを防ぐために王子の側室となるという話があったが、これはこれで城に住むことになり自由が失われてしまうので嫌なこと。
それ以外の方法であっても、それなりの地位があり、私の正体を話しても受け入れてくれるような人を探さなければならないことなどが挙げられる。
それらを話すと、お父さんは少し考えた後にこう返してきた。
〈つまり、そいつらにハクだと認識されなくなればいいのだろう? ならば、話は簡単ではないか?〉
「……あっ」
貴族達は私の事を狙っている。だったら、私だと認識され無くなれば、必然的に狙われることはなくなるわけだ。
そして、それを実行できるだけの力を私は持っている。
頼らないと決めたのに、結局頼る形になってしまったな。
「お父さん、ありがとう。光明が見えたよ」
〈ハクが幸せになるならそれでよい。だが、万が一の時は我が力づくでもなんとかしよう〉
最後の台詞が少し不穏だったが、まあ問題はないだろう。
私は改めてお父さんにお礼を言うと、王都へと帰還した。
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