第五百九十三話:マナーの復習
一週間が過ぎ、本授業が開始された。
早速と言うかなんというか、初っ端から社交術の授業である。
四年生の後期では主にダンスの練習をしていたが、五年生では一度それらはストップして、復習に入るらしい。
何でも、二か月後に実際の社交パーティを模した授業を行うらしく、実際の社交界の雰囲気を味わってもらおうという試みがあるらしい。
なので、それに向けてまずは復習し、きちんとマナーが身についているかどうかを確認するのだとか。
うん、まあ、ダンスよりはましかな。
と言うか、ダンスなんて練習したけどそんなもの踊る機会あるんだろうか?
確かにダンスパーティとかなら踊る必要はあるけど、どういう時にそういうのが開かれるとか全然知らないんだけど。
出来れば一生踊らずに終わりたいものである。無理だろうけど。
まあ、それはそれとして、初めは軽くなのか、基本的なマナーのおさらいから始まった。
それくらいなら、私だって覚えている。
記憶力がいいのもそうだけど、多少であれば私だってマナーくらい知っている。前世の知識のおかげだけど。
だから、知識を確認するだけだったら造作もないことだ。
問題なのは、それを実際にやって見せろと言う時。わかっていても、実際にやるとなると緊張しちゃうものだからね。
「では次に、自分よりも爵位が上の相手と話す場合のマナーです。私がその相手を務めるから、実際にやってみましょう」
そう言って、教室の前に行って先生との対話練習が始まった。
こういうのあるよね、生徒皆が見ている前でやらされる奴。
私は拷問だと思う。私も前世で似たようなことやらされたことあるけど、あの恥ずかしさは中々堪えるものがあるから。
「ハク、マナーは覚えてます?」
「覚えてるけど、出来るかどうかは別かなぁ……」
「まあ、これだけで成績が決まるわけでもありませんし、気楽にやりましょう」
シルヴィアがそうやって宥めてくれるが、思わずため息をついてしまう。
ちなみに、この練習だけど上位クラスになるほど厳しく見られているらしい。
私達は勉強会の甲斐あって全員Bクラスに昇格できたけれど、そのおかげで少し難易度が高くなっている。
そりゃまあ、確かに血筋のせいか上級貴族の方が魔力が多い傾向にあるけど、クラスじゃなくて爵位で分けたらいいのに。
学園では身分は関係なくみな平等だからと言うことなのだろうか。身分は平等でも、クラス分けがされてるから結局差別は生まれちゃうけどね。
「では次、ミスティアさん」
「はい」
話していると、ミスティアさんが呼ばれて行った。
ミスティアさんはだいぶ怪しかったようだけど、どうにか昇格を果たしたらしい。
ほんとに、よく昇格できたものだ。
後で聞いたら、テストはすべて95点以上だったらしい。
流石すぎる。
「……はい、ありがとうございました。それでは次」
ミスティアさんは終始危なげなく対応していた。
確か、ミスティアさんの家は侯爵家だったような気がするんだけど、よく話せたものだと思う。
こういうのって、上級貴族であればあるほどボロが出るものだからね。自分より高位の相手と話す機会があまりないから。
実際、しどろもどろになっている人は何人かいたし。
だけど、そういう人こそ上の人と言うのは国の重鎮ばかりだし、学んでおくべきだと思う。
まあ、私にとってはみんな格上なんですけどね。
「次、ハクさん」
「あ、はい」
とうとう私の番がやってきた。
一度深呼吸をしてから、冷静に前に出る。
私は先生の前までくると、カーテシーをした。
「ああ、よく来てくれたなハク嬢。このパーティを楽しんでいるかね?」
「ご機嫌麗しゅう、ハルファ侯爵様。ええ、このような素晴らしいパーティにご招待いただき誠にありがとうございます」
私は先生の言うことに当たり障りのない対応をしながら華麗にさばいていく。
上級貴族を相手にする場合、よく無茶振りをされることがある。
特に、権力を笠に着て当たり散らすような輩もよくいるようだ。
そう言った輩はとにかく褒めておけばいい。
相手は承認欲求を満たしたいだけだから、適当に褒めておけば大抵は丸く収まる。
その上で、やりたくないことを押し付けられそうな場合は代案を用意するといい。
頭のいい貴族ならそこまででもないが、無茶振りをするような輩は大抵の場合何も考えていない。
だから、その場で思いつくような代案でもそんな手が、と驚かれることが多い。
あるいは身代わりを立ててもいい。適当な貴族の名前を言って、その人に任せればいいと言えばいいのだ。
でも、意見する時は慎重に。あまりに露骨すぎると自分がやりたくないことがばれてしまう。
その絶妙な言葉加減を見極めつつ話すのが傲慢貴族への対応だ。
もちろん、学園ではそんなこと堂々とは教えない。無茶振りでも、きちんと筋が通っていることしか言わないし、清廉潔白な貴族のイメージを崩さないようにしている。
だけど、全く教えないということもない。貴族の中にそういう輩がいることはみんなわかっているから。
だからこそ、最低貴族と潔白貴族の中間くらいのどっちつかずな貴族を演じてくる。
この対処はかなり難しい。
いくらマニュアルのようなものがあるとはいえ、現実でその通りの事が起こることは稀だ。
似たようなことはあるかもしれないが、そういう発言があったらこう返せば絶対正解だなんて答えはない。
だから、ある程度のアドリブが必要になる。それが特に難しいのだ。
「……はい、ありがとうございました。なかなかよかったですよ」
「ありがとうございます」
しばらくして、私の出番が終わる。
はぁ、緊張した。
先生は比較的まともな貴族を演じているから私がさっき考えたような傲慢貴族の例を出すことはなかったけど、清廉潔白な貴族はそれはそれで面倒くさい。
だって、傲慢貴族と比べると、明らかに条件が良すぎるんだもの。
その場合、嘘かホントかを見極める必要がある。
平気な顔して相手を騙そうとするなんてよくあることみたいだからね。常に相手の裏を読み、それが本当かどうかを判断しなければならない。
正直相当疲れる。貴族ってよくこんなことやってられるよね。
「ハク、お疲れ」
「うん、ありがとう」
「ハクって本当に平民ですの? 結構場慣れしてましたけど」
「それとも、例の場所で学んだのです?」
「ああ、まあ、そんなところです」
アーシェの言う例の場所とは竜の谷の事だ。
シルヴィアとアーシェには音楽祭の時に私が竜であることを明かした。
だから、私が普通の平民でないということはわかっている。
二人に正体を明かすのは賭けだったけど、結果的にはこうして敬語を使わずに話せるようになったのだから結果オーライだったね。
「この調子なら社交パーティも大丈夫そうですわね」
「それはどうかなぁ……」
流石に社交パーティを最後までやりきれる自信はない。
さっきの会話だって相当精神を使った。もう一度同じ会話をしろと言われても無理である。
出来ることなら、社交パーティの日など来なければいいなと思いつつ、先生と話す生徒を見つめていた。
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