第五百九十二話:授業の選択
五年生になると上級魔法の詠唱が解禁となる。
四年生では中級魔法を習っていたのでこれでようやく最大級の魔法のやり方を教わるようになるわけだ。
まあ、教わりはしても使える人はそういないようだけど。
上級魔法と言うだけあって、魔力の消費量はかなり多い。成人したての子供が使おうとするなら、使えてもせいぜい一回程度だろう。
そんな状態で実際に練習するなんてしていたら授業にならないので、教えるのはあくまで詠唱だけ。それを使えるようになるかどうかは、その後の生徒の頑張り次第と言うわけだ。
まあ、魔術師にでもならなければ上級魔法なんてそうそう使わないと思うけどね。
その辺の魔物を追い払うだけなら中級魔法で事足りるし、上級魔法は基本的に範囲攻撃となるから大量の敵を相手にする場合とかじゃなければあまり役に立たない。
だから、普通に生きていくだけなら上級魔法は必要ないと思う。
まあ、魔法に関しては別にいいんだよ。問題なのは、未だに社交術の授業が必須と言うことだ。
「ねぇ、見間違いでなければ社交術の授業が増えてるような気がするんだけど?」
「まあ、大事な時期ですし、貴族としては当然の事じゃないかしら?」
「いくら入学前に指導を受けているとはいっても限度がありますしね」
私は今まで魔法各種と錬金術、刻印魔法の授業を受けていたわけだが、そこに社交術の授業がかなりの数は入ってくるのでかなり忙しい。
二日に一回はあるペースだ。どう考えても過剰すぎる。
いやまあ、確かに学園に通うのはほとんどが貴族だし、デビュタントやらなんやらで大事な時期に学園に通わせている以上、その大事な部分を学園でも教えなければいけないのはわかるけども。
だからって必須にする必要なくない? 学園には社交界とは無縁な平民だっているんだよ?
「気持ちはわかるけれど、どうしようもないですわ」
「それとも、学園長に直談判でもします?」
「うぅ、それは……」
まあ、私が学園に入ったのは、サリアのお目付け役としてと言う理由だから、そのサリアが社交界に出づらい以上私も出る必要はないとは思う。
そのことは学園長も王様も承知しているだろうし、私が本気で頼み込めば多分外してくれるだろう。
でも、そうまでして授業から逃れても気まずいだけだと思う。
今年の社交術の授業では他のクラスも交えて実際に社交パーティを開き、貴族同士のコミュニケーションの仕方を学んでいくことになるけれど、私は学園では結構な有名人だ。
私に興味を持って話しかけてくれる人はいっぱいいるし、恐らくそういう人達は社交パーティでの私との絡みを楽しみにしていることだろう。
それなのに、私がずるをして抜けてしまったら、あらぬ噂を生みかねない。
最悪、サリア絡みと思われてサリアがまた非難される可能性もある。
それは流石に避けたい。
だから、結局のところ、大人しく授業を受けるほかないのだ。
「……頑張ります」
「ええ、頑張ってくださいな」
「大丈夫、いざと言う時は私達がフォローしますわ」
流石、本物の貴族は余裕があるね。
仕方がない、腹をくくることにしよう。
最悪壁の花になっておけば問題はないはず。いや、授業だし話しかけるように強要されるかな?
その時は気合で何とかするしかないかな。一応話し方に関しては四年生で学んだけど、正直できる気はしない。
「……まあ、それは何とかするとして、みんなは他の授業はいつも通り?」
「ええ、そのつもりですわ」
「正直火魔法の授業は研究室で事足りますけどね」
シルヴィアとアーシェはいつも通り火魔法を取るらしい。
ただ、授業での火魔法は大半が復習であり、とにかく魔法を使って詠唱を覚えろと言うものだ。
まあ、これは火魔法に限ったことではないけど、シルヴィア達の場合、火属性魔法研究室に在籍しているので、授業よりも派手な魔法をよく目にしている。
当然、その中には上級魔法も混じっていて、それを教えられていることもあって、あまり授業を受ける必要性はなさそうだと考えているようだ。
研究室での独自の魔法と規則に沿った授業じゃそりゃ研究室の方が見た目は優れているよね。
でもまあ、もし魔術師になるのなら決まった魔法を使えるというのは重要なことだし、学園側もそういう理由で教えているだろうから受けないのはもったいない。
たとえ魔術師にならないとしても、人生何があるかわからないしね。
「僕もいつも通り闇魔法と風魔法」
「私は火魔法しか使えないから」
「私は氷魔法ですね。今回もよろしくお願いします、ハクお嬢様」
「うん」
他の三人もそのまま変わらず。
まあ、適性がその属性なのだから当たり前だけどね。
エルが氷魔法を学ぶ必要があるかどうかはともかく、サリアの闇魔法は色々学ぶこともありそうな予感がする。
なぜなら、闇魔法は主に妨害系の魔法だからだ。
サリアは独学で闇魔法をマスターし、様々な妨害魔法を覚えているけど、逆に言えば決まった型と言うものを知らない。
だから、ここで闇魔法のレパートリーを増やすことができれば、より深みのある戦闘を期待できるだろう。
カムイの場合は魔法と言うより火を操っているだけだから正確には魔法ではないかもしれないけど、まあどこかで役に立つんじゃない?
「それに加えて錬金術と刻印魔法かな」
「いえ、刻印魔法はもうこれ以上上がありませんわ」
「ありゃ、そうなのか」
一年の時から取り続けてきた刻印魔法だったが、どうやらもう教えるものがないらしい。
まあ、確かに刻印魔法は簡単に言えば魔法陣を刻印するだけだしね。
ある程度の魔法陣を覚えてしまえば後は技術力の問題である。
元々そこまで解明されていないのか、魔法陣の数も少なかったしね。むしろよく三年も持ったものだ。
「それじゃあ、今年は錬金術だけか」
一緒に取っていた錬金術だが、こちらはまだまだ教えることがあるらしい。
まあ、錬金術はポーション作成に加えて魔石の変換やゴーレムの練成など応用されていることが山ほどあるから当たり前っちゃ当たり前だけど。
すでに目当てであったポーションの作り方は習ったけど、普通に面白いジャンルではあるのでこれからも学んでいきたいところ。
「他に何か取る?」
「うーん、今から取ってそこそこ学べるものと言うと……」
「各種外国語くらいではなくて? それもそんなに身につかなそうですけれど」
空いたスペースに何を取ろうかという問題だが、特に学びたいことはもうないんだよね。
だって、剣術に関してはお姉ちゃんとかサクさんに教えてもらったし、商業に関しては別に商人になる予定はないし、なんなら計算くらいなら普通にできる。それこそ外国語くらいだが、私の場合ある程度ならエルに教えてもらっているので普通に聞き取れるし話せる。
だから、無理して取る必要はあまりないんだよね。
それに、今回は社交術のせいで空きコマが圧迫されているし、取らなくても以前と同じくらいの授業を受けることにはなっている。
すでに授業の単位は必須科目以外余裕で足りているし、もう選択授業を受ける必要はどこにもないというね。
「まあ、無理して取る必要ないし、錬金術だけでいっか」
「そうしましょうか」
結局、選択授業は錬金術のみとなった。
まあ、これはこれでいいだろう。学園に入ったからと言ってずっと授業を詰め詰めにしてもあまり面白くないだろうしね。
お試し期間の一週間をほどほどに過ごしながら、私達は担任に授業の希望を提出した。
感想ありがとうございます。




