幕間:親友の秘密2
主人公の親友、シルヴィアの視点です。
どんな秘密なのだろうと思っていたが、特大級にやばい秘密だったことに少し驚いている。
私だって覚悟はしていた。どんな秘密であっても、絶対にハクさんを裏切るものかと思っていた。
でもこれは、流石に予想外である。
確かに、竜が人の姿になって人里に降りてくるという話は聞いたことがある。
けれど、それはほとんど御伽噺であり、本当に人に化けて人里に降りてくるなんて思っている人はいない。
竜の谷があるとされるトラム大陸ならばあるいは信じられているかもしれないが、少なくとも私は信じていなかった。
でも、実際に見せられてみればなるほど、これはわからない。
確かに魔法の威力がおかしかったり記憶力がかなり高かったりとおかしな部分はあったけれど、竜であるだなんて誰が想像できようか。
話さなければ永遠に気付かなかっただろう。よく話す気になれたものだ。
「私は人間として暮らしていたいんです。だけど、親友であるシルヴィアさんとアーシェさんにいつまでも秘密にしておくのは心苦しく思っていました。だから、話したんです」
「そうだったんですのね……」
ハクさんはこれまでの通り、とても素直な人のようだ。
困っている人がいたら助けたいと思うし、家族や友達のためなら命だって賭けちゃうようなそんな子。
一応、年齢的には私達よりもずっと年上のようだけど、考え方は本当に年相応の子供のようだ。
とても貴族としてはやっていけなさそうな性格をしている。貴族にとって言葉は武器、素直でなんてとてもじゃないけどいられない。
今まではまだ子供だったからそんなしがらみも少なかったけれど、成人して大人になればいやでもそういう場面が出てくるだろう。
社交界は貴婦人達の戦場だと聞く。ハクさんだったら、あれよあれよという間に婚姻が結ばれて、どこかその辺の貴族の養子にさせられて結婚してしまいそうな勢いだ。
奇しくも来年はデビュタントがある。様々な貴族との交流をしなければならない場にハクさんも出なくてはならない。
いざと言う時は、私が何とかしてあげないといけないかもしれませんわね。
「シルヴィアさん、アーシェさん、こんな私を受け入れてくれますか?」
「そんなの、決まっていますわ」
「考えるまでもありませんよ」
心配そうな声色でそう問いかけてくるハクさんに、私はため息をつきながら返した。
そりゃ、確かに竜は危険な魔物だと聞いている。けれど、目の前のハクさんがその魔物と言われれば違うだろう。
魔物が恐ろしいのは、話が通じず、問答無用で襲い掛かってくるからだ。ハクさんのように言葉を介し、意思疎通ができる上にこちらに友好的であるならば何の問題もない。
大人であれば、もし裏切られたら、とか、いきなり暴れられでもしたら、とか考えるんでしょうけど、私はまだ子供だからそんなこと知らない。
ハクさんは魔物である前に、私達の親友なのだから。
「受け入れるに決まっていますわ」
「それ以外の選択肢はありません。ハクさんは私達の親友です」
「二人とも……」
少し震えた声で呟き、俯くハクさん。
ぽつぽつと地面に染みができているから、多分泣いているんじゃないだろうか。
ハクさんは私達の事を親友と呼んでくれたけれど、もし相手がそうは思っていなかったらと考えたらとても怖いだろう。もしかしたら、拒絶されてみんなに正体をばらされ、ここにいられなくなってしまうかもしれないのだから。
でも、親友相手にいつまでも秘密にしておくのは嫌だと話してくれた。
ハクさんの勇気に感謝しなければならない。これで、私達は秘密を共有する仲になることができた。
「……ありがとうございます。シルヴィアさん、アーシェさん」
「あ、でも、一つだけ言わせてくださいな」
「……なんでしょう?」
今までずっと心の底で思っていた疑問が氷解したのでついでとばかりに一言付け加える。
と言うのも、私達は一年の頃から友達として傍にいたわけだが、ハクさんは一貫して敬語を貫いていた。
サリアさんやエルさん、カムイさんなんかには砕けた口調で話しているのに。
まあ、サリアさんはわかる。ハクさんはサリアさんのために学園に入学したのだから、仲が良くて当然だ。エルさんも、さっきの話を聞いた限りだと元から深い仲だったようだから敬語を使わないのもわかる。
カムイさんに関してはよくわからないけど、修学旅行の時を境に仲が良くなっていたからそこで何かがあったんだろう。
ハクさんは特に認めた相手には敬語を使わない。でも、その中に私達は入っていない。ずっとそう思っていた。
けれど、ハクさんが言うには私達は親友なのだという。そして、私達もハクさんの事を親友だと思っている。
お互いに親友だと思っているのに、敬語なのはおかしいよね?
「親友なのですから、これからは敬語は止めにしませんか?」
「姉様、私もそう思っていました。ハクさんの敬語はしっくりきますけど、名前くらい呼び捨てで呼んでも構いませんのよ?」
「え、え?」
きょとんとした様子で呆然としているハクさん。
そんなに意外だっただろうか?
親友同士なら名前を呼び捨てで呼び合っても、砕けた口調で話し合っても問題はない。
まあ、私は元々半分くらい敬語は使っていなかったけれど。
「い、いいんですか?」
「もちろんですわ」
「むしろこちらからお願いしたいくらいです」
もちろん、敬語の方がしっくりくるというのならそれでもかまわない。
お互いに親友だと認識できたのだから、わかっていればそこまで気にはならない。
でも、もし違うなら、他の人達と同じように話してほしいと思う。
友達や同士はいても親友と言うのはなかなかいなかったから。
「……わかった。それじゃあ、よろしくね、シルヴィアさ……シルヴィア、アーシェ」
「ええ、よろしくですわ、ハク」
「これで晴れて親友同士ですわね」
とても寒いはずだが、心はとても温かい。
ハクが竜だったという衝撃はもはや薄れ、親友ができたという喜びで満ちている。
音楽祭で目一杯演奏できたというだけでもいい思い出だったのに、また一つ思い出が増えましたわね。
「それじゃあ、戻りましょうか。今日はお祝いですわね」
「ハクの作るお菓子、楽しみですわ」
「私が作るの?」
「ええ。あの味はうちの料理人では出せそうにないので」
笑い合いながら、屋敷に戻る。
もちろん、ハクには竜の翼は仕舞ってもらった。
どうやらあの翼、自由に出し入れできるだけでなく、全身を【竜化】させることもできるらしい。
完全に【竜化】したハクを見てみたい気もしないでもないけど、流石にここでは目立つし、後の機会を待とう。
「あら、雪が降ってきましたわね」
そろそろ冬も終わりだというのに、まだちらちらと降る時がある。
でも、今だけはこれでいいのかもしれない。
温まった心は少々暑すぎて顔を上気させてしまうから冷やすのに雪はちょうどいいのだ。
ハクさんが作る珍しいお菓子を楽しみにしつつ、この記念すべき日を永遠に心に刻み込んだ。
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