幕間:親友の秘密
主人公の親友、シルヴィアの視点です。
「シルヴィアさん、アーシェさん、お話があります」
音楽祭が終わり、休みが明けるまでの間ハクさん達をもてなしながら家でゆっくりしていると、不意にハクさんからそんな言葉をかけられた。
もしや毎晩部屋をのぞき見していることがばれたのかとドキリとするが、非難するような目ではなく、どちらかと言うと少し思いつめたような覚悟を決めたようなそんな目をしていた。
まあ、ハクさんはほとんど表情が変わらないからほんの些細な変化でもしかしたら勘違いかも知れませんけど、恐らく悪戯を咎めに来たのではないと思った。
「はい、なんでしょう?」
「ここではあれなので、少し外に行きましょう」
「? わかりました」
アーシェと顔を見合わせてとりあえずついていくことにする。
わざわざ呼び出すなんて珍しい。
ついつい、先日あったヘクターとの密会を思い出してしまうが、まさかハクさんが私に告白するはずもないし、一体何なのだろう?
外に出ると、冷えた空気が体を這って思わず体が震える。
冬もそろそろ終わりではあるが、まだまだ寒いことに変わりはない。
息で手を温めながら雪の残る庭までくると、ようやくハクさんは振り返った。
「あ、すいません、寒いですよね。こんな場所に連れてきてごめんなさい」
「いえ、これくらいは平気ですわ」
「それより、ハクさんは寒くないんですの?」
ハクさんが着ているのは毛糸で編まれたセーターではあるけれど、同じものを着ている私達ですらこれだけ寒いのだからハクさんだって寒いはずだ。
しかし、見たところ特に体を震わせるようなことはなく、普通に振舞っているように見える。
あらかじめ体を動かして暖めていたのだろうか。それとも、中に暖房の魔道具を入れているとか?
私達も暖房の魔道具は持っているが、さっきまでは暖炉がある部屋にいたので特に必要としなかった。だから、今は持っていない。
私達の問いにハクさんはぺらりと服を捲る。そこには、携帯型の魔道具があった。
やはり魔道具を持っていたようだ。用意がいいですわね。
「それで、お話とは?」
「はい。お二人には、私の秘密を話しておこうと思いまして」
ハクさんの秘密と言われて、少しワクワクとしてしまったのは迂闊だっただろうか。
ハクさんの秘密なんて知りたいことがたくさんある。
例えば、魔法の威力。これは一応、ハクさん独自の魔法のやり方があるようで、私達もたまに教わってはいるのだが、修得の道は遠い。
一つの魔法を覚えるだけでも難しいあんな魔法を一体どこで修得したのかとても気になるし、それをどうやって記憶しているのかも気になる。
他にも、よく学園で噂されているハクさんに付きまとう精霊の存在やハクさんの実家の事、アルト王子との馴れ初めなど知りたいことは山ほどある。
そのどれを話すのかは知らないが、自分から話してくれるというのだ。
単純に秘密が知れるのも嬉しいし、わざわざ秘密を暴露するということは、それだけ信用してくれたということでもある。
一年の頃からの付き合いとはいえ、ハクさんには色々とお世話になっている身だし、友達とは言ってもハクさんはずっと敬語で喋っていたからサリアさんのような親友にはなりえないんだなと思っていた。
だから、こうして秘密を話そうとしてくれたことがとても嬉しかった。
「でもその前に、一つ確認しておきたいことがあります」
「な、なんですの?」
「私は二人の事を友達……いえ、親友だと思っています。だからこそ、話す覚悟を決めたのです。だから、出来ることなら、これからの話を聞いても親友のままでいたいと思っています」
いつになく真剣な声色に思わずごくりと唾を飲み込む
これはガチな奴だ。下手をしたら、今の関係が崩れかねないようなことを話そうとしている。
だから、私達にその覚悟があるのかどうか聞いてきているのだ。
「今から話すことは他言無用です。約束してくれますか?」
「……もちろんですわ」
「ええ、お約束します。ハクさんの秘密は誰にも話しません」
悩む必要はなかった。だって、ハクさんの秘密を聞いたところで、私もアーシェもハクさんの事を嫌いになるなんてことはありえないと思ったから。
たとえ、ハクさんが裏では大量に人を殺しているとかだったとしても、優しいハクさんが何の意味もなくそんなことするとは考えられない。必ず何か理由があり、やむにやまれぬ理由があるのだと考える。
それならば、私達も力を貸すし、ハクさんの悩みを解決してあげたいと思う。間違っても、人殺しだからと衛兵に突き出そうだなんて考えない。
だから大丈夫。どんな秘密だとしても、絶対に話さないし、ハクさんを裏切るようなこともしない。
「……ありがとうございます。では、話しますね」
そういうと、ハクさんはおもむろにしゃがみ込んだ。
何をしているのかと思っていると、ハクさんが得体のしれないオーラを纏うとともに背中から巨大な翼が飛び出してきた。
赤黒い、まるで血のような色をした禍々しい翼。それはばさりとはためくと、ぶわりと一陣の風が吹き荒れた。
それが何なのか、私は本能的に察することができた。
古き伝承から吟遊詩人の英雄譚に至るまで、様々な場所でその存在を確認されている最強の生物。ひとたび出会えば万が一にも生存の可能性はなく、町に現れればものの数分で瓦礫へと変えていく災厄の象徴。
溢れ出るオーラも相まって、それが竜だということを確信した。
「……これが、私の秘密です」
ふわりと、オーラが和らいでいく。
先程まで、死を覚悟するほどの強烈なオーラを放っていたのに、今やその影は全くなく、ただ竜の翼を生やしただけのハクさんが目の前にいるだけである。
ともすれば夢だったのではないかと疑いたくなるところだが、未だにその存在感を示している巨大な翼がそれが現実だということを物語っていた。
「え、と……ハクさんは竜だった、ということですの?」
「そういうことです。まあ、少し複雑な状態ではありますが」
頬を掻きながら、こちらを探るような目で見つめてくるハクさん。
あれは、少し怯えている? ほんの些細な変化ではありますけど、僅かに揺れる瞳は何かを恐れているかのようなそんな目をしていた。
恐らく、私達がこの姿を見て恐怖しないかを心配しているのだろう。
確かに、さっきのはやばかった。竜の翼の事もそうだが、あの尋常じゃないオーラは浴びただけで全身の筋肉が萎縮してしまうような威圧感を伴っていた。
恐らくあれが殺気と言うものなのだろう。魔物と対峙するというのはこういうことなのかもしれない。
「順番に説明していきますね」
そうして、ハクさんは今までの経緯を語ってくれた。
自分が竜の谷と言うところの出身で、エンシェントドラゴンと精霊の娘であることや、人に憧れていて両親に体を人間にしてもらい、人間の子供として社会に溶け込んでいたこと、実はエルさんも竜であり、ハクさんの補佐をやっていることなど、様々なことを語った。
あまりに突拍子もなさ過ぎて理解するのに少々時間を要したが、ハクさんが嘘を吐くはずもないし、何より竜の翼と言う証拠がある。
ハクさんが言っていることは紛れもない真実なのだろう。そりゃ秘密にもしますわね。
竜は教科書の中でも魔王に手を貸した災厄の象徴のような書かれ方をしている。もし正体が知れれば、誰もが敵に回ることだろう。
人に憧れを持ち、人としての生活を望んでいるハクさんにとっては何がっても隠さなければいけない秘密だ。
私はアーシェと顔を見合わせながら、じっとハクさんの事を見つめていた。
感想ありがとうございます。




