幕間:秘めていた想い
シルヴィアのライバル、ヘクターの視点です。
シルヴィアと出会ったのは4歳の頃だった。
当時の俺は何の取り柄もないただの子供だった。
貴族ではあるものの、常にお金がなく、食事も衣服も質素なものばかり。あるものと言えば、先代が残していったそれなりに高価な調度品と、楽器類だけだった。
元々ラージュリエス家は吟遊詩人であり、それがたまたま当時の領主の耳に届き、そこから陛下の耳に届いて目の前で演奏をした結果、その素晴らしい技術を賞賛されて男爵の爵位を賜ったと聞いている。
そのせいか、ラージュリエス家は音楽家の家系として栄え、幾人かの音楽家を輩出していった。
しかし、それも一瞬の事。
当時は吟遊詩人に対する風当たりが強く、信憑性の欠片もない噂話をさも本当の事のように話して金を巻き上げていく卑しい職業として見られていた一面があった。
もちろん、一度は陛下にすら褒められた吟遊詩人。そのネームバリューは強く、その逆境の中でも人気になるほどには有名な吟遊詩人であったが、代を重ねるごとにその評価は薄れて行き、徐々に衰退していった。
しばらくして、宮廷楽団や歌手などの存在が台頭し、音楽家の地位は向上していったが、その時にはすでに過去の功績を覚えている者はおらず、他に優秀な音楽家を輩出する家が多かったことから、ラージュリエス家は貧乏な暮らしを余儀なくされた。
おかげで他の上位貴族からは蔑まれ、その子供からは嫌がらせのようなことをされることもあった。
一番堪えたのは、お気に入りだったリコーダと呼ばれる楽器を奪われたことだ。
貧乏貴族のお前にはもったいない。俺が使ってやるからありがたく思えとか言って。
当然反論はしたが、取撒きに邪魔をされて結局取り返すことは叶わず、俺はただ泣きじゃくることしかできなかった。
そんな時、声をかけてくれたのがシルヴィアである。
シルヴィアは泣き喚く俺を優しく宥め、事情を聞きだすと、すぐさまリコーダを奪った子供の家へと向かい、あっという間に取り返してきた。
当時は領主の娘であるということを知らなかったのでとても驚いたものだ。
それからと言うもの、シルヴィアは色々と俺の面倒を見てくれた。
俺の家が貧乏と見るや、父が働いている職場を調べ上げ、その上司の不正を指摘し、慰謝料として大量の金貨をふんだくってきたし、混乱する職場を収め、父により良い待遇を約束すると言って別の役職を勧めて来たり。
俺自身にも勝負と言って色々なことを教えてくれた。
シルヴィアがいなければ、俺はつまらない人生を送り、つまらない一生を終えていただろう。
俺にはないものを何もかも持っているシルヴィアに対して羨ましいと思うと同時に、憧れを抱くようになった。
いつか、この人の隣に並び立ちたい。この人を守ってあげたい。そんな淡い恋心のようなものを抱いていた。
それから11年。俺はついにシルヴィアに勝利し、隣に並び立つ資格を手に入れた。
いや、本当ならこんな些細なことで勝ったなんて言ってはいけないのかもしれない。けれど、これは出会った頃からずっと続けていた俺達の真剣勝負。
例え子供の些細な抗争だろうが、少なくとも俺達の間ではきちんとした勝負事だった。
「あー……結構寒いな」
「……そうですわね」
会場から少し離れた路地の入口。
シルヴィアとアーシェを呼び出した俺はドキドキと胸が高鳴るのを感じていた。
出会った頃から感じていたこの気持ち。勝負に勝ったら伝えようと思っていたこの気持ち。ようやく伝える資格を得たというのに、なかなか言葉がまとまらない。
二人では気恥ずかしいと思って、いつも一緒にいるアーシェも呼び出したが、髪色以外はそっくりなこの二人、余計に緊張する結果となったことに少し後悔している。
「さっきまであんなに暑かったのにな」
「まあ、あの時は演奏に夢中でしたから」
観客の熱気もあっただろうが、一番の理由は演奏に夢中だったから。
人間、一つのことに集中すれば他は気にならなくなるものである。
だから、寒さを感じなくなっても不思議はない。
俺だって、本当に寒いと思って言っているわけではない。どちらかと言うと今だって暑いくらいだ。
「それで、こんなところに呼び出してなんなんですの?」
「あー……それはだな……」
ドキドキが収まらない。早くこの気持ちを伝えてしまいたいのに、言葉がまとまらない。
確かに、俺は勝った。音楽の精霊の加護と言う力を借りてなんとか辛勝した。
だが、勝ったからと言って本当にこの気持ちを伝えてもいいのだろうか?
勝負に勝ったら勝者は敗者に何かを命令できるという決まりごとはない。正式な決闘とかならともかく、こんな子供同士のお遊びでそんなことをする権利はないと思う。
だけど、この勝負は真剣勝負だった。どちらも全力を出し、その結果俺が勝った。
別に命令したいわけじゃない。ただ、気持ちを伝えたいだけだ。
勝ったからと言って強引に事を運ぼうなんて考えていない。
でも、そう見えてしまうのではないかという懸念もある。
あの時は早く気持ちを伝えたいと思っていたが、もう少し時間を空けた方がよかっただろうか。
「……なんですの?」
「いや、えっと……」
「何もないなら帰りますわよ」
「ま、待ってくれ! 言うから!」
もうここまで来たら引くわけにはいかない。
俺はさっきの演奏の時よりも緊張しながら、思い切って想いをぶつけた。
「お、お前のことが好きだ! 結婚してくれ!」
ついに言った。言ってしまった。
シルヴィアは俺の事をどう思うだろうか。
家柄だけを考えるなら、俺は男爵家の息子で相手は侯爵家の娘である。どう考えても、つり合いは取れない。
しかも、シルヴィアは長女である。さらに言えば領主の娘だ。誰と結婚するかはかなり重要だし、普通であればそれなりの家柄を持つ相手と結婚するのが筋だろう。
恋愛結婚なんてほぼ不可能なのが貴族だ。高位貴族ともなればそれは当たり前の事である。
でも、それでも伝えたかった。この思いを伝えぬまま別れるなんて絶対にできなかった。
「……ようやく言ってくれましたわね」
「え……?」
俺は顔を上げて変な声を上げてしまう。
ようやく言ってくれたって……? え?
「あなたが私に好意を向けているのは知っていましたわ」
「うまく隠していたようですけれど、私達にはバレバレでしてよ」
どうやら俺の想いは筒抜けだったらしい。
俺の今までの苦労は一体……。
でも、知っていたならなぜ指摘しなかったのだろう。嫌ならば、さっさと拒絶してしまえばよかったように思えるが。
「私は侯爵家の娘。安易に結婚を決めることはできません」
「そ、そうだよな……」
わかっていたことだ。
仮にシルヴィアが俺の事を好きだったのだとしても、親がそれを許すはずもない。
シルヴィアの父は温厚な人ではあるけれど、娘の結婚となれば流石に口を挟んでくるだろう。
夢のまた夢、そういうことだ。
「ですが!」
勝ち目はないと項垂れていたら、シルヴィアは力強く言った。
思わず顔を上げると、シルヴィアはにこやかに笑みを浮かべながら俺の肩に手を置いた。
「あなたが私にふさわしい男になれたなら、その限りではありませんわ」
「それって……」
「あなたなら、この意味わかるわよね? ヘクター」
安易に結婚することはできないけれど、俺がシルヴィアにふさわしい男になれたならその限りではない。つまり、本当の意味でシルヴィアと並び立つことができたなら、結婚してもいいということだ。
今までのような子供同士の小さな抗争ではない。それこそ人生を賭けた大勝負。それを勝ち抜けと言っているのだ。
「シルヴィア……!」
「期待していますからね?」
侯爵家と並び立てるようなふさわしい男になる。それはかなり難しいことだろう。
そもそも、実家が男爵家なのに侯爵家に釣り合えるようになると考えると陞爵は確実に必要になるだろう。それは俺だけの力では無理がある気がする。
けれど、俺は次期当主だ。その程度できなくてどうする。
がむしゃらに頑張って、功績を上げていけば必ず達成できるはず。
何年かかるかはわからないが、必ず達成して見せよう。
「お熱いことですわね」
アーシェが呆れたように何か呟いているが何でもいい。
シルヴィアにふさわしい男になれるように、頑張っていくとしよう。
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