第五百九十話:音楽祭閉幕
しばらくして戻ってきたシルヴィアさんはなぜか顔を赤らめてもじもじとしていた。
ヘクター君もちょっと顔を赤らめて頬を掻いていたし、一体何を話していたんだろうか?
この後はやることがないということなので、せっかくだからと音楽祭午後の部を観戦していくことになった。
お昼を食べ終え、観客席に向かうと、同じ場所にお姉ちゃん達は座っていた。
「ハク、お疲れ様。凄くよかったよ」
「流石はハクだな、兄として鼻が高いぞ」
「あんな綺麗な演奏初めて聞いたよ」
口々に褒めてくれるお姉ちゃん達。
前列の席だけあって、私達の演奏はとてもよく見えたようだ。
音楽の精霊の加護が宿った演奏はお姉ちゃん達の心もがっちり掴んだらしい。
私達は褒め倒してくるお姉ちゃん達に少し照れながらも、席に座り、次の演奏を待つ。
次に演奏するのは吟遊詩人達。
基本的にリュートのような楽器を弾き、それに各地で集めた噂話などを詩にして歌うことでお金を貰っている。
楽器を演奏しながら歌を歌うというのは少し難しいようで、これができるのが吟遊詩人の強みらしい。
いやまあ、多分他にもできる人はいるかもしれないけど、歌と楽器を同時にやる人は吟遊詩人っていう方式のようなものができているようだ。
これは演奏を聞くというよりは、どんなお話かを聞くのが楽しみであり、さっきやったような音楽の技術を問うというのとは少し違う。
いかに話を盛り上げる演奏をすることができるか、と言うのが吟遊詩人の評価基準のようだ。
実際に耳を傾けていると、面白い話がたくさんある。
とある騎士と少女の物語だったり、竜を退治する話だったり、魔物の軍勢を退ける話だったり、各地に伝わる色々な英雄譚が語られる。
聞いた話もいくつかあった。例えば、王都に迫るオーガの軍勢を退けた話とか、闘技大会で強大な魔物を生み出した話だとかね。
どっかで聞いたことあるなぁと思ったら私の話だった時の恥ずかしさよ。そんな詩にしてまで語ることかなぁと思うけどね。
「やっぱりハクさんは凄い人ですよ」
一緒に見ていたヘクター君がそう言ってくる。
いやまあ、確かにこれを人間がやったって言うなら凄いことだと思うけど、私は竜だからね。
竜の力は強大だから人より色々できるのは当然だし、その力を使って色々無双したところでそれは本当の活躍とは言えない気がする。
と言うか、あれらはすべて私がただやりたいからやっただけの事であって、別に後世に語られたいからやったというわけではない。
だから、あんまり噂してほしくはないんだよね。面倒事も増えるし。
「私はちょっと、運がよかっただけですよ」
「運、ねぇ……。まあ、そういうことにしておきます」
ヘクター君は私の事をなんだと思ってるんだろうか。なんか呆れたような雰囲気だけど。
「そういえば、さっき三人で何を話してたんです?」
「あ、いや、それは……」
気になっていたので話を振ってみると、ヘクター君は急に顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
一体何なんだ。そんな恥ずかしいことなのか?
少し考えてみる。ヘクター君はシルヴィアさんと幼馴染でライバル同士、子供の頃から競い合っていて実力的には拮抗している。けれど、今回の勝負でヘクター君が勝ち、一応シルヴィアさんの上に立つことができた。
そのすぐ後に三人で秘密の話。戻ってきたら顔を赤らめてもじもじしてる。
……ははぁん、なるほどねぇ。
「まあ、私は応援しますよ。頑張ってくださいね」
「な、そ、それはどういう……!」
「さあ、わかっているでしょう?」
少しだけ口元を緩めてにやりと笑う。
思った以上に動かなくてほとんど変わっていなかったけど、まあ察することはできただろう。
ライバルだった幼馴染同士が結ばれる、かぁ。青春してるねぇ。
シルヴィアさんも顔を赤くしていたってことは割とまんざらでもない感じみたいだし、今後の展開が楽しみである。
でも、家柄的にどうなんだろう? 男爵家と侯爵家だし、つり合いが取れなさそう。
まあ、そこはシルヴィアさんのお父さんがどう出てくるかにかかっているかな。
幼馴染の頑張りを称えて許すのか、それとも家の強化を優先して反対するのか。
もうすぐ成人して結婚できるようにもなるし、この選択は重要だ。
果たしてどうなるのか、後でシルヴィアさんに進捗を聞いてみることにしよう。
「次は歌手の出番ですわね」
吟遊詩人の演奏が終わり、次は歌手の番となる。
広いステージにはいくつもの楽器が置かれ、彼らが曲を演奏して、歌手が歌を歌うというスタンスのようだ。
私達がやった方式に似ていると思う。もうちょっと人数は多いみたいだけど。結構本格的だね。
歌手はほとんどが女性のようだ。男性もいるにはいるが、男性の場合は他にも色々と職の選択があるから少ないのかもしれない。
流石、歌で食べているだけあってその歌声は素晴らしいものだった。
さっきの最高のサリアの歌声と同等かそれ以上、それがポンポン出てくる。
無名の音楽家ではなく、歌手と言うカテゴリーにいる時点で少なくとも多少の経験を積んでいる人達なのだ、歌声で人々を感動させるとなると、やっぱりそれくらいは必要なんだろう。
思わず涙してしまうような感動的な歌声を披露し、歌手の出番は終わった。
「いよいよ楽団の出番ですわ」
大取りである楽団。その規模はかなり多く、広いステージを埋め尽くす勢いだった。
楽器も様々で、中には見たことがない楽器もある。
彼らが演奏を始めると、今までに体験したことのない重厚な旋律が響き渡った。
ここは屋外だから音は流れて行ってしまうけれど、結界が張ってあるおかげで多少の防音効果はある。
反響して響くとまではいかないが、それでも体の芯まで染み込むような音色だ。
前世で言うところのオーケストラには及ばないかもしれないが、私からしたらどちらも凄い演奏であることに変わりはない。
聞き惚れている間にあっという間に時間は過ぎ、最後の演奏が終了した。
「皆様、素晴らしい演奏をありがとうございました! これより表彰式に入ります!」
演奏が終わり、楽器が片付けられると、参加者達はステージに集められる。
そして、それぞれの部門で優勝を果たした人達には水晶でできた盾が贈られることになった。
ヘクター君もこれを受け取り、感動に打ち震えているようである。
朝早くから開催された音楽祭も今ではすっかりあたりが暗くなってきていた。
一日かけて行われた音楽祭は、私達の心に思い出としてしっかりと刻みつけられたことだろう。
苦しい時もあったけど、この最高の舞台で演奏できたことを誇りに思う。
私は歓声とともに騒がしく閉じられた音楽祭を振り返りながら、その余韻に浸っていた。
感想ありがとうございます。
今回で第十七章は終了です。幕間を数話挟んだ後、第十八章に続きます。




