幕間:闘技大会の裏側(前編)
主人公の姉サフィの視点です。
年に一度開かれる闘技大会。そこでは各地から猛者達が集い、優勝を目指して死闘を繰り返す。
私もそんな闘技大会の参加者の一人だった。
いや、本当は辞退しようと思っていたのだけど、死んだと思っていた可愛い妹がぜひとも私の試合を見たいというものだから張り切って参加したのだ。
私の妹、ハクが生きていてくれたことは本当に喜ばしい。
久しぶりに村に帰ってハクの事を尋ねたら捨てたとかぬかしやがった腐れ親父にはきつい一発をお見舞いしてやったけど、正直もう一発くらい殴ってもよかったかなと思ってる。
一緒に帰ってたラルド兄はそれはもうショックを受けて、夜だというのに森に飛び出していったからね。
それから数か月、森を探してみたけど見つからず、生存は絶望的となった。ラルド兄も捜索を諦めて、ハクを生き返らせる方法を探すとか言って旅立っちゃったけど、今も元気にしてるかな。
ハクが見つかった日に手紙は送っておいたけど、隣の大陸だから届くのはもう少しかかるかもしれない。
さて、それはともかく。ハクが私の試合を見たいというから闘技大会に参加した。だけど、観客席に目を向けてもハクの姿はない。
いや、一試合目にはいたよ? こっちが手を振ったら振り返して、控えめな笑顔がとても可愛かったのを覚えている。
だけど、それだけだった。それ以降、ハクは一回も私の試合を見に来ていない。それどころか、飛び入りで大会に参加していた。
魔法に適性はあったけど使えないって聞いてた割りには魔法の扱いがうまくて、ハクの試合はどれも見ごたえがあって面白かった。
だけど、ハクの表情は暗い。いや、周りから見たらただの無表情に見えるかもしれないけど、私にはわかる。
あれは何か悩んでいる顔だ。
「ハク、元気ないけど、どうしたの?」
「う、ううん、なんでもないよ」
でも、何に悩んでいるのかわからない。さりげなく聞いてみても何でもないと返すだけ。
心当たりがあるとすれば、ハクの隣に感じていた気配がなくなっていること。そしてもう一つはハクを監視するかのように付きまとう奴がいることだ。
気配については本当に希薄で、気のせいかなとも思ったけど、ハクがたまに視線を向けていたし、何かいたんじゃないかなとは思う。
そしてストーカーだ。ハクが大会に参加してからというもの、ずっと近くにいる。ハクもそれには気づいているようで、ちらちらとそちらを見ていた。
「辛そうだよ? 何か悩みがあるなら話してみて?」
「大丈夫、心配しないで」
ハクは自分を表現するのが苦手な子だ。困っていても自分だけで何とかしようとする癖がある。
あれがただのストーカーだって言うなら私がとっ捕まえれば解決するかなと思ったけど、当事者のハクが大丈夫と言っている以上下手に手を出してこじれるのかなと思って手は出せなかった。
ここで問題を起こして出場停止になっても困るし。せっかくハクと戦えるかもしれない機会なのにそれはもったいなすぎる。
一緒にいたゼムルスさんに話を聞くと、なんだか怪しげなローブを着た人物と会っていたとも言われた。これはなんだかきな臭くなってきたぞと思った。
今思えばこの時の行動は正解だったのだろう。なんせ、人質がいたのだから。
ハクと戦うことになった準決勝。水魔法しか使えないと思っていたら、隠密魔法を使ってきた時は驚いたけど、持ち前の勘と看破魔法で突破した。
でもその時、私は驚くべきものを見た。
ハクの左腕に刻まれる紋章。それは禁断とされる呪いの紋章だった。
ハクは呪いを受けている。その事実を知った時、胸の奥がチクリと痛んだ。
呪いは様々な種類があるけど、その本質はどれも一緒。凄まじい激痛を伴い死に至る。だから、ハクが死んじゃうかもしれないと思ってとても慌てた。
『ハク、聞こえる?』
『そ、その声はお姉ちゃん!?』
通じるかわからなかったけど、【念話】を試みてみた。すると、何と答えてくれたのだ。ハクは【念話】も修得しているらしい。つくづく、こんな優秀な子を捨てた親の思考がわからなくなった。
どうやら呪いは呪いをかけた人間のことを喋れなくする系のものらしい。呪いの中では比較的軽いものでひとまず安心した。
恐らくストーカーはこの呪いをかけたやつの仲間なのだろう。ハクが変な行動を起こさないように見張っているのだ。
私の可愛い妹になんてことを!
ふつふつと怒りが沸いてきたが、ここで取り乱してはハクに心配をかけてしまう。
『アリアを……』
『うん?』
『アリアを、助けて……お姉ちゃん……』
なんとか喋れる範囲で話を聞けないかと【念話】で会話をしていると、アリアを助けてほしいと言われた。
アリア、それが誰なのかはわからないけど、恐らく人質にされている子なのだろう。
もしかしたら、最初に感じていた見えない気配の正体かもしれない。
私はすぐさま行動を起こした。
まずはストーカー野郎に接触する。こいつが呪いをかけたやつの仲間ということは間違いない。締め上げて吐かせれば何か情報を得られるだろう。
そう思って背後から近づいていると、ふと遠くの方でハクがローブの人物と接触しているのが見えた。
ハクがちらちらとこちらを見ている。これは、なるほど、あいつが呪いをかけた張本人ってわけね。
「俺は一度戻る。お前は試合の行方を見守ってろ」
「おう」
こっそり近寄って聞き耳を立てていると、どうやらそいつは闘技場の外に出るようだった。
多分アジトに戻るんだろう。ハクはこれを見越して接触したんだな。
この機会を逃すわけにはいかない。三位決定戦があるけど知ったことか。
私は気づかれないようにローブを尾行した。すると、中央部を抜け、外縁部のとある家の中へと入っていくのを見た。
ここがアジトなのだろう。気づかれないように窓から様子を窺うと、ロープで縛られた男の子と青年の姿が見えた。
あの子がアリアかな? でもアリアって女の子の名前のような気がするけど。
まあいいや。これであいつが黒なのは確定。早く人質を解放してハクを楽にさせてあげよう。
見たところ、敵は五人ほどいるようだ。だけど、それくらいの数なら問題ない。
こっそりと侵入すると、まずは部屋の前に立っている一人を仕留めた。
私が本気を出せば気づかれる前に接近するなんて簡単なことだ。
続けてその隣にいた男を昏倒させる。一応、殺しはしない方向で行こう。
さて、本命の室内。人質の周りに三人が固まっている。一人は戻ってきた男だ。
すぅっと息を吸って、深呼吸する。流石に気付かれるだろうけど、出来るだけ速攻を目指そう。
バッと扉を開けると同時に一番近くにいた男に峰打ちをして意識を刈り取る。続いて隣にいた男に足払いをかけ、剣の柄を頭にぶつけて昏倒させた。
「な、何だ貴様は!?」
流石に気付かれたのか、残った一人がナイフを抜き、こちらを睨みつけている。だが、その行動は間違いだ。
さっさと逃げるか、攻撃するかするべきだったのだ。
即座にナイフを弾き飛ばし、腕を掴んで引き寄せ、鼻っ柱に剣の柄をぶつける。鈍い音を立て、鼻が折れる音が聞こえた。
どさりと力なく倒れる男達。全員魔法を弾くローブを着ていたが、物理で攻めれば何の問題もない。
もう少し骨があると思ったんだけど。まあ、人質を解放出来ればそれでいいか。
「あ、あの、あなたは……」
「私はサフィ。助けに来たよ」
今はぽかんと口を開けて固まっている人質を解放しよう。
二人を縛っているロープを切り、解放した。