第五百八十九話:勝利して話したいこと
ヘクター君の演奏が終わり、私達もステージに呼ばれる。
やはりというかなんというか、ヘクター君の演奏レベルは飛躍的に伸びていた。
音楽の精霊が力を貸してくれたのだろう。私が足を引っ張って台無しにしてしまうという展開はこれで阻止された。
今もどこかで見ているのだろうか? 音楽祭はまだまだ続くし、しばらくは留まっているかもしれない。
「両者、素晴らしい演奏をありがとうございました。さて、審査員の方々、答えは決まったでしょうか?」
司会の人が少し興奮気味に言う。
審査員は全部で五名。その中にはシルヴィアさんのお父さんの姿もある。
領主と言うことで呼ばれたらしい。贔屓が心配になるが、流石に領主としてそんな真似はできないだろう。きちんと技術を見て審査してくれるはずだ。
他の人達も業界では有名な人ばかりらしく、目を光らせながらずっと食い入るように見ていた。
その審査員達が私達とヘクター君、どちらが良かったかを決める。
正直、本当にどちらかわからない。
私と言うお荷物がいたとはいえ、それは音楽の精霊の加護によって相殺され、対等な勝負になっていただろう。
ヘクター君の実力もかなりのものがあり、ピアノソロでも観客を聞き惚れさせるだけの力を持っていた。
「それでは、一斉に番号を上げてください」
司会の言葉に、審査員達が一斉に番号が書かれた紙を掲げた。
私達は102番、ヘクター君は101番だ。
果たして結果は……。
「102番二票、101番三票! よって、勝者は101番、ヘクター・フォン・ラージュリエス!」
勝敗は決した。
僅差ではあったが、最後に勝利を掴んだのはヘクター君らしい。
ちらりとシルヴィアさんを見ると、悔しげに拳を握り締めていたが、それもすぐにふっと和らいで、ヘクター君に向かって笑顔を見せた。
「おめでとう。私達の負けですわ」
「これで二対一、あなたの勝ちですわね」
多少の悔しさはあった。けれど、私達も全力で演奏したのだ。
もうこれ以上ないってくらいの完璧な演奏をして、それでも負けたというのならそれは実力で負けていたということ。
もちろん、こちらは六人もいて歌付きだったし、ヘクター君はピアノソロだったのだからそもそもジャンルが違うのかもしれないが、負けは負け。
シルヴィアさん達にとってヘクター君はライバルであるが、同時に幼馴染でもある。
だったら、相手を恨むのではなく、笑って賞賛する。それが、シルヴィアさん達なりのヘクター君への敬意の示し方だった。
「よかったですわね。決着がつきましたわ」
「……あ、ああ」
「なんですの? そんな腑抜けた声を出して」
ヘクター君はまだ状況が呑み込めていないのか、呆然としている。
勝ったのが信じられないといった感じだろうか。
あれだけの演奏、自分でも素晴らしい演奏ができたと思っていると思うのだが、それでも驚いているらしい。
まあ確かに、勝ったとは言っても二対三で僅差だったしね。
「いや、本当に勝てるとはな」
「私達から見ても、さっきの演奏は素晴らしかったですわ」
「もっと胸を張っていいですわよ。私達の全力でも敵わなかったのですから」
「ああ、そうだな」
ヘクター君は何度か手をにぎにぎとしながら余韻に浸っているらしい。
ようやく実感がわいてきたのか、その表情はとても嬉しそうだった。
「これで、並び立つことができただろうか」
「うん?」
ヘクター君が何か呟いたが、残念ながら聞き取ることはできなかった。
流石に、この歓声の中で聞き取るには小さすぎる呟きだったし。
恐らく、ようやく勝てたことに喜んでいるのだろう。以前は負けていたようだしね。
「後ほど表彰式を行います。皆様、無名ながら素晴らしい演奏をしてくれたヘクターさんに、そして、ヘクターさんに負けないくらい素晴らしい演奏をしてくれたシルヴィアさん達に拍手を!」
司会の言葉に、割れんばかりの拍手が贈られる。
もうやりきった感があるが、音楽祭はまだ始まったばかりだ。
午後の部では、吟遊詩人や有名楽団達の演奏が待っている。
私達は拍手を受けながら、ステージ袖へと下がっていくのだった。
出番が終わり、私達は楽屋となったテントで昼食を取ることになった。
朝に侯爵家の厨房を借りてお弁当を作ってきたのである。
あんまり凝ったものは作っていないけど、みんなには好評のようで、バクバク食べていた。
まあ、緊張から解放されて一気にお腹がすいたのかもしれないけどね。
「皆さん、ひとまずお疲れ様ですわ」
「練習期間たった一か月で無名部門で準優勝なんてとても凄いことですわ」
シルヴィアさんとアーシェさんがみんなを労っている。
確かに、考えてみれば凄いよね。
最後の演奏は音楽の精霊が力を貸してくれたからともかく、最初の演奏はそんなのなしで実力だけで勝負をしていた。
エルは経験者だったからともかく、カムイは慣れない楽器だったし、私とサリアは素人だったしで最初は演奏を無事に終えることすらままならない状態だった。
それが、一か月後には準優勝を飾っている。しかも、最初は同点一位だったという快挙。
よほどシルヴィアさん達の教え方がうまかったのだろう。そして、ほとんどがソロやデュオの中、六人と言う大所帯だったのも関係しているのかもしれない。そうでなければ、とてもじゃないけどこんな結果にはならなかったと思う。
「これ以上ないってくらい素晴らしい演奏でした。久しぶりに、とても楽しく演奏することが出来ましたわ」
「ハクさん達を誘って本当によかったです。私達二人だけでは、こうはならなかったでしょうから」
最初はヘクター君と戦うという目的だけだった。けれど、私達を誘うことによって、音楽祭を楽しむという目的が追加された。
必死に練習したのも、私達に音楽祭を楽しんでほしいからであり、それが結果的にヘクター君の心に火をつけ、お互いにたくさん練習する機会に恵まれた。
これが私達が実力者でめっちゃ演奏できるとかだったら変わっていただろう。
ある意味で、私達が素人だったというのはいい風だったのかもしれない。
「これで心置きなく、学業に専念できます」
「来年は成人の儀がありますしね。ここで決着を付けられなければずっともやもやしていたことでしょう」
二人はすでに成人である15歳であるが、実際に成人と見做されるのは成人の儀という儀式を受けてからになるらしい。
教会で行われる儀式で、成人の証として聖貨と呼ばれる銀貨を受け取るのだそうだ。
本来は教会に行って儀式をしてもらうらしいけど、学園では五年生になった時にまとめて行うらしい。
成人となれば、色々な責任が生まれてくる。いつまでも、幼馴染同士の些細な抗争に明け暮れているわけにはいかないのだ。
それでも学生の間だけなら許される気もするが、勝負の場である音楽祭は在学中では行われないのはほぼ確定している。
つまり今回が最後。それで白黒着いたのだから、負けたとはいえ一安心というわけだ。
「シルヴィア、ちょっといいか」
と、そこに隣のテントで休んでいたヘクター君がやってきた。
やけに真剣な表情をしていて、やたらと動きが硬い。
緊張しているようにも見えるが、いったいどうしたんだろうか?
「どうしたんですの?」
「話したいことがある。ちょっと付き合ってくれないか」
「ここじゃダメなんですの?」
「ああ、二人……いや、アーシェにも聞いてもらいたいから三人で話したい。いいか?」
「まあ、構いませんけれど」
よくわからないが、シルヴィアさん達を話したいらしい。
一応探知魔法を見てみたが、周りに怪しげな気配はなし。ヘクター君自身も特に不審な点は見当たらないので、本当にただ話したいだけの様子。
まあ、よくわからないけれど、幼馴染同士話したいこともあるだろう。
「すいません、ちょっと行ってきますね」
「はい。行ってらっしゃい」
そう言って、三人は去っていった。
さて、何の話をしに行ったかは知らないけど、流石に聞き耳を立てるようなことはしないよ。
ぐっと伸びをして疲れを取りつつ、戻ってくるのをのんびりと待った。
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