第五百八十八話:ライバルとして
シルヴィアのライバル、ヘクターの視点です。
シルヴィア達の演奏が終わり、観客が歓声を上げている。
かくいう俺も、その演奏に心を打たれ、知らず知らずのうちに感嘆の溜息をついていた。
数多の音楽家達が集う音楽祭。無名というカテゴリーながらも、その頂点に立った者の演奏は、幼馴染と言う贔屓目を抜きにしても素晴らしいものだった。
このレベルであれば、大きな楽団でも十分にやっていけることだろう。
まるで音楽の精霊の加護を受けたかのようだ。
いや、もしかしたら本当に音楽の精霊の加護を貰ったのかもしれない。
シルヴィア達のグループは二人を除いて他は素人だ。よく観察すれば、楽器を手にしてからほんの少ししか経過しないことが見て取れる。
いくらシルヴィア達が引っ張っているとはいっても、普通は素人を抱えた状態で最高得点を叩き出すような演奏はできないだろう。
いや、一つのことに集中して練習していたならばあるいはそれも可能かもしれないが、今演奏したのは審査員が指定した難しい曲。
どう考えても、素人が演奏しきるには無理がある曲だったはずだ。
だというのに、今目の前で見せられた演奏はとても素晴らしく、素人とは到底思えなかった。
神がかり、それこそ、音楽の精霊の加護でも受けていなければ不可能だ。
「くっ、羨ましい……」
幼い頃から、俺達は色々なことで競ってきた。しかし、相手は侯爵家でしかも領主の娘、しがない男爵家の息子である俺では何もかも負けていた。
財力もそうだし、魔法の腕だってそう、ライバル視することすらおこがましいのかもしれない。
けれど、唯一音楽だけはあいつらを上回ることができた。
それが嬉しくて、俺は音楽に傾倒していった。この特技があれば、あいつらを見返すことができる、そう信じていた。
まあ、すぐにあいつらも腕を磨いて同じくらいのレベルまで上がってきたから才能と言う点では負けていたのかもしれないが。
あいつらの才能が羨ましい。俺には持っていないものをたくさん持っている。
これじゃあ、堂々と並び立てないじゃないか。
「だが、負けるわけにはいかない」
もちろん、シルヴィアとアーシェが努力していたことは知っている。
初めから多くのものを持っていたあいつらではあったが、技術力は練習していなければ身につくことはない。
剣術だって魔法だって、初めから最強の奴はいないのだから。
だから、あいつらが音楽の精霊の加護を受けたのだとしたら、それはあいつらの努力のおかげ。精霊が認めるだけの力を示したからこそのご褒美。
でも、努力と言う点だったら俺だって負けていない。
色々空回りしたこともあったけど、いつだって努力は怠ってこなかった。
相手が音楽の精霊の加護を受けたというのなら、それすら上回る演奏を見せてやればいい。
あいつらのことは認めているが、やはり負けるのは悔しいから。
「ヘクター、見ていてくださいましたか?」
演奏を終え、ステージ袖に下がってきたシルヴィア達が話しかけてくる。
興奮しているのか、僅かに上気した顔で少し息を荒げている。
その顔を見て思わずドキリとするが、すぐにかぶりを振ってそれを振り払い、冷静に答えを返す。
「もちろんだ。いい演奏だったな」
「ふふ、当然ですわ。ヘクターには負けません」
「はっ、俺だって負けるつもりはない。ここで俺の演奏を聞いて吠え面かくがいい」
圧倒されていたことなど毛ほども顔に出さずに自信満々に言う。
こいつの前で弱音を見せるわけにはいかないのだ。
スタッフ達がピアーノを運んでいく。大型で運びにくいという難点はあるが、俺が最も極めてきた楽器だ。
おかげで学園では一切練習ができなかったが、この二週間で必死に練習し、感は取り戻していた。
「それじゃあ、行ってくる」
「ええ、期待していますわ」
俺はステージへと上がる。
会場内には結界が張ってあるせいか、冬空の下だというのにあまり寒くはない。むしろ、人々の熱気によって暑いくらいだ。
俺は努めて平静を保ちながら挨拶を済ませ、ピアーノへと向かう。
あいつらの演奏を超える、みんなの心に残るような演奏を目指して、その一音目を紡ぎ始めた。
「……!」
弾き始めてすぐに異変に気が付いた。
指がすらすらと動き、滑るような動きで鍵盤を叩くことができるのだ。
もちろん、たくさん練習はしてきたし、その動きを実現するだけの実力はあったと思う。しかし、ここまで滑らかに動くとなると調子がいい時と比べても遥かにうまく叩くことができていた。
「(まさか、俺にも音楽の精霊の加護が?)」
理由などそれしか考えられなかった。
音楽の精霊の加護なんてもはや御伽噺でしかない。名のある音楽家達も、その言葉は口にするが、本当に信じている人などほとんどいなかった。
俺だって、少し前まではその存在を否定していた。加護を貰うだけでそんな簡単にうまくなるはずがないと。
しかし、今は違う。
前例とも言うべき人物を目の前で見たのだ。信じるしかない。
もちろん、ハクさん達がもの凄く練習して、一か月足らずで楽器をマスターしちゃうような才能の塊みたいな人だったから、と言う線も捨てがたいが、それだったら最初の演奏でもっと実力を出せたはずである。
最初の演奏は聞いていたが、それぞれ個性的ではあったが突出してうまいかと言われたらそうでもないと思っていた。
特にハクさんは手が小さいせいかフリュートの穴を塞ぐのが難しいようで、何とかぎりぎり抑えているといった様相だった。
それはすなわち、あの時点ではまだそんな実力を持っていなかったということ。だから、さっきの演奏で音楽の精霊の加護を得たと考えられるのだ。
素人丸出しだったハクさんがあれほど素晴らしい演奏をできるほどの加護。それが俺にもかけられているとなれば、それほど名誉なことはない。
音楽家にとって、音楽の精霊の加護を貰うことは勲章を授与されるよりも嬉しいことである。
幼い頃から音楽に明け暮れて努力してきた俺からしたら、その努力が認められたようでとても嬉した。
「(なんにせよ、これなら最高の演奏をすることができる!)」
俺には音楽家として生きるという選択肢はない。
音楽の町であるこの町で生まれたおかげで音楽を学ぶ環境こそ整っていたが、俺は長男である。
いずれは父に代わってラージュリエス家を継がなくてはならないし、そのためにはきちんと就職して、役に立つことを証明しなくてはならない。
音楽はあくまで趣味の範疇であり、だからこそ父も俺を魔法学園へと通わせたのだ。
だから、これはあくまでシルヴィアとアーシェとの決着をつけるためだけのものである。
勝って、あいつらの横に並び立つ資格があると示すこと、それだけが俺が音楽を続ける理由だ。
「(見てろよ、絶対に勝つ!)」
全力を込めて演奏しきると、割れんばかりの歓声が聞こえてきた。
これ以上ないくらいの最高の演奏をしたという自覚がある。これでだめだというのなら、俺はあいつらの横に並ぶ資格はなかったということだ。
シルヴィア達がステージ袖から上がってくる。
同点一位と言う稀に見る結果を出した二人に観客も大盛り上がりだ。
そして、審査員達が結果を発表する時が来る。
やりきったという達成感と共に、告げられる番号に耳を傾けた。
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