第五百八十七話:追加演奏
その後、残りの音楽家達の演奏が終了し、それぞれの順位が発表された。
その結果、私達とヘクター君は同点一位。つまり、あのまま変動せず、一位を貫いたのだ。
確かに、あの点の高さだったら十分あり得るとは思っていたけれど、こうして一位だと告げられると少しびっくりする。
だって、シルヴィアさん達だけだったのならともかく、私達がいたんだよ?
そりゃ、エルはうまいし、カムイもダイナミックだし、サリアは天使だけど、それでも素人がいた状態でこれは相当凄いことだと思う。
なにせ、残りの演奏を聞いている間にスカウトらしき人が話しかけてきたからね。
無名中の無名である私達の事がどうやら気になっていたらしい。
エルやカムイは楽団に誘われていたし、サリアは歌手としてデビューしてみないかと誘われていた。もちろん、シルヴィアさん達もね。
私? 私は平凡だからそんなことはなかったよ。
……別に羨ましいとか思ってないからね?
まあ、みんな音楽家になる気はないようで、全部断ったみたいだけど。
でも、音楽祭で無名とはいえ一位になった組だから今後もそれとなく注目される予感はする。
私はともかく、他の人はお疲れ様だね。
ちなみに、ヘクター君もスカウトされたらしいが断ったそうだ。
まあ、音楽家になるよりは国に仕えた方が給料もいいだろうし、男爵家としてはそっちの方が名誉だよねぇ。いくら音楽貴族とはいえ。
「また演奏することになっちゃいましたね」
「ええ。でも、いい機会ですわ」
「これで白黒はっきりと決着を付けられます」
シルヴィアさんもアーシェさんも気合は十分だ。
演奏する順番はお互いに話し合って決めていいとのことだったが、今回は私達が先攻となった。
まあ、さっきヘクター君が先攻だったし、その方が公平だろう。
ただ、この追加演奏、私達にとっては結構不利な条件だったりする。
なぜならば、ここで演奏する曲は審査員が指定した曲を演奏することになるからだ。
「ハクさん、譜面は覚えましたか?」
「一応は。ただ、うまくできるかどうか……」
「本当はもっと気軽な場にしたかったんですけれど、こんなことになって申し訳ありませんわ」
「い、いえ、シルヴィアさんのせいじゃありませんし」
私達が演奏できていたのは、ずっと同じ曲を練習してきたからだ。
『百合の花』と言う曲だったからこそ、私はミスせずに演奏できたし、サリアものびのびと歌うことができた。
しかし、指定された曲となると話は変わってくる。
当然、そんな曲練習などしていないし、ボロが出ることは必至だ。
もちろん、技術力があればどんな曲でも演奏できるだろう。実際、シルヴィアさん達はちゃんと演奏できると確信しているようだ。
こんな素人を抱えた状態で挑めば、どう考えても負ける。ヘクター君の技術は本物だ、このままいけば、勝敗は歴然だろう。
しかし、だからと言って私達が辞退するわけにはいかない。
この六人で登録してしまっている以上は、音楽祭の間はこのグループで演奏し続けなくてはならないのだ。
大切な幼馴染のライバルとの戦いに水を差してしまうというのも嫌だし、それで負けるとなればシルヴィアさん達もヘクター君も納得できないだろう。
三人にとって最後の音楽祭を微妙な結果で終わらせたくはない。しかし、どうしようもできない。
私達にできることは、精一杯手を動かすことだけだ。
「仮にこれで負けたとしても、私達はハクさん達を恨んだりしませんよ」
「ハクさん達を連れ出したのは私達ですもの。責任を感じる必要はありませんわ」
二人はそう言ってくれるが、やはりもやもやする。
うーん、何かの間違いで私達の腕前が飛びぬけたりしないかな。いや、そこまでじゃなくていいからせめて普通レベルになってくれないかな。
……まあ、無理か。可能性があるとしたら音楽の精霊だが、そんな邪な理由では降りてこないだろう。
「しっかりしてくださいませ。ほら、そろそろ行きますわよ」
「は、はい」
もやもやを抱えたまま、ステージに再び上がる。
大勢の観客が期待した目でこちらを見ている。
同点一位を飾った無名の音楽家。無名とはいえど、その演奏レベルは高く、思わず歓声を上げるほどのものだった。
そんな二組が戦うのだから期待しないはずがない。きっとハイレベルな戦いを見せてくれると思っている。
だからこそ、申し訳ない。せめて、聞き苦しくない程度には舞って見せよう。
「それでは、聞いてください」
シルヴィアさんの掛け声と共に演奏を開始する。
技術力を見るためなのか、曲は結構難しめだ。
本来であれば、こんな即興で組み合わせたような楽器の組み合わせに合う曲など存在しないが、そこは名のある音楽家、この短期間で仕上げてしまったようだ。
それぞれが活躍できるようにソロで演奏するパートがあり、誤魔化しは通用しないと思っていい。
私のパートを見た時は、正直馬鹿じゃないのと思ったものだ。
どう考えても、私の指ではそんな素早く穴を塞げない。指の長さが足りないのだ。
絶対に音が出ない場所が生まれると考えると、かなり憂鬱である。他のみんなが優秀であるだけに凄く申し訳ない。
「~♪~♪」
懸命に歌うサリア。シルヴィアさん達を除いて、唯一安定しているのはサリアかもしれない。
鍛えられた歌唱力は多少の変更ではびくともしないようだ。安定した歌声を披露し続けている。
しかし、もう少しで私のソロパートに入る。
観客の期待がガクッと下がる瞬間だ。
ああ、音楽の精霊様。どうか今だけでも力をお貸しください……!
「……?」
やけくそ気味に入ったソロパートだが、不思議と指が動いていた。
フルートを浮遊魔法で浮かせて短い指で懸命に穴を押さえていることに変わりはないが、何というか、よく動く。
あれだけ難しいと思っていた譜面がすらすらと吹けるのだ。
これは一体どうしたことだろう。困惑していると、不意に頭に声が響いてきた。
『少しだけ力を貸してあげる。頑張って』
無邪気な子供のような声。【念話】ではあるが、アリアとは違う声だ。
思わず目線をさ迷わせるが、その声の主は見当たらない。
しかし、わかったこともある。
唐突にフルートを吹くのが楽になったのは、この声の主の仕業だと。
話に聞く音楽の精霊、まさか本当にやってくるとは思わなかった。
『ありがとう』
なぜ、私に力を貸してくれたのかはわからない。しかし、これでシルヴィアさん達の足を引っ張る可能性は減った。
それどころか、他のみんなの演奏力も上がっているように思える。
どうやら、音楽の精霊は私だけでなく、みんなに加護を与えたらしい。
随分と太っ腹なことだ。
少し卑怯な気がするが、多分ヘクター君が可哀そうなことになるなんてことにはならないだろう。
力を貸してくれたのは、あくまで私の演奏によって不平等な点数が付けられてしまうのを防ぐためだと思う。だから、私の予想が正しければ、ヘクター君にも加護は与えられているはずだ。
同じく音楽の精霊から加護を貰った者同士の対決。これであれば、そこまで不平等と言うことにはならないはず。
演奏を終え、会場を見渡すと、割れんばかりの歓声が響き渡る。
とても楽しかった。演奏することがこんなに楽しいことだとは知らなかったな。
さて、場は十分に温まった。次はヘクター君の番だ。
感想、誤字報告ありがとうございます。




