第五百八十六話:みんなの演奏
私達の演奏と共に、サリアの歌声が響き渡る。
無名の音楽家の中で歌が付くことはあまり多くない。
歌を歌う場合、一人だとアカペラでの歌唱になるので、盛り上がりに欠け、あまり評価されにくい。
もちろん、歌だけでも人々の心を掴むような素晴らしい歌声を披露する人もいるだろうが、やはり伴奏が付いた方が映えるのだ。
しかし、無名である以上人数は一人が基本となる。
どこかの貴族家の支援を受けている、とかでなければパーティを組んで演奏することは少なく、一人では歌はあまり効果的でない以上は必然的に楽器の方の腕を磨くことになる。
つまり、私達のようにお祭り感覚で大勢入ってくるとかでもない限り、歌付きの演奏と言うのはあまり見られないのだ。
まあ、いないわけではないけどね。聞いていた中でも、二人組で歌と演奏している人はいたし。
それはともかく、そんなもの珍しさもあるからなのか、観客は口を開けて聞き入っている。
いい感じだ。
「~♪~♪」
この一か月で、サリアの歌唱技術は飛躍的に上昇した。
ビブラートはもちろん、感情の込め方や身振りを交えた歌い方などもはやプロ顔負けである。
いや、私はプロを見たことがないからシルヴィアさん談だけどね。
サリアも凄いが、他の人だって凄い。
エルはかなり慣れているのか、アレンジとして割と速いパートをこなしている。
私がやったら指がこんがらがりそうな速さだ。
そしてミスをしない。当たり前のことだが重要なことを守れている。
難しいことに挑戦しながらミスをしないというのはかなり得点が高い。技術がなければできないことだからね。
そして、カムイもかなり目立っている。
本来二つで一組である楽器を四つに増やしてやっているのだからその注目度は高い。
叩き方も独特で、時折叩くスティックを回しながら一心不乱に叩いている感じだ。
あんまりにも激しすぎて恋の歌にしては少々パンチが効いている気がしないでもないが、技術力と言う点で見ればかなり高い部類に入りそうだ。
そして何と言ってもシルヴィアさんとアーシェさんがうまい。
ヘクター君も相当うまかったが、二人もそれに全然負けていない。
バイオリンの高い調べは曲全体をまとめ上げており、みんなをリードしていってくれている。
一番平凡なのが私だ。なんか申し訳ないなぁ。
「「「わー!」」」
演奏が終わり、観客達から歓声が上がる。
私としては平凡だったとはいえ、ミスせずやりきることができたし、他のみんなも大健闘だったと思う。
審査員が出した得点は、奇しくもヘクター君と同点だった。
それほど甲乙つけがたかったということなのだろう。連続での演奏で同得点が付けられるというのはかなり珍しい。
大抵は前の曲より良かったかどうか悪かったかどうか考えちゃうだろうしね。
観客の興奮も冷めやらぬ中、挨拶を済ませてステージ袖に退場する。
そこでは、ヘクター君が待っていた。
「なかなかやるな」
「そっちこそ」
ヘクター君とシルヴィアさんがお互いに拳をぶつけ合ってにやりと笑う。
この勝負、どうやら決着はつかないようだ。
正式な評価の場で同点だったのだから、その結果に文句は言えない。音楽祭で決着を付けようと思っていたようだが、どうやらそれは次の音楽祭にもつれ込むことになりそうかな?
でも、それもいいのかもしれない。なんだかんだ、仲良さそうだしね。
「出来れば今回の音楽祭で決着を付けたかったんだがな」
「ええ、そうですわね。今回が最後のチャンスでしたのに」
「最後のチャンス?」
シルヴィアさんの言葉に引っ掛かりを覚える。
音楽祭は確かに数年に一度と言う遅い開催ペースのようだけど、二人はまだ15歳。まだ参加するチャンスは十分にあると思うのだが。
疑問に思っていると、アーシェさんが補足をしてくれた。
「次の音楽祭は早くても三年後だと思います。その頃には、私達は学園を卒業して就職しなくてはなりませんわ」
「あ、そっか」
わざわざ魔法学園に通わせてもらった以上、何かしらの職に就く必要がある。
それはほとんどの場合が国に仕える職であり、魔術師や官僚などその道は広い。
国の要職でなくてもその魔法の知識を生かした職を探すことになる。最低でも、冒険者とかにならなければならないだろう。
もし、音楽家になるのだったら、魔法はあまり関係がない。わざわざ魔法学園に通わせてもらったのに、魔法とは関係がない音楽家になるのはあまりにも勿体ないことだ。
別の職業に就くということは、すなわち楽器の練習時間が取れなくなるということでもある。それに、仕事をする場所によっては容易にこの町に帰ってこられなくなることもあるだろう。
それはつまり、次の音楽祭には参加できないかもしれないということである。
だから、次の音楽祭で決着をつける、と言うのは難しいわけだ。
「俺は卒業したら魔術師として国に仕えるつもりだが、お前らは何する気だ?」
「私達は出版社を開きますわ」
「本を作って売るんですの。すでに一緒にやろうと約束している友達もいますわ」
「出版社? お前らが本に興味があったとは初耳だな」
ヘクター君はどうやら順当に魔術師になるつもりらしい。
まあ、それが魔法学園の正しい就職先だし、当然っちゃ当然なんだけどね。
なぜだか、私の周りではそんな夢を持つ人が少ないけれど。
一応、魔術師は騎士と同じで平民達からは尊敬される存在なんだけどなぁ。
「まあ、前回負けている以上は俺の負けか」
「何を言ってるんですの。今までの勝敗は一対一、今回で引き分けなら同点じゃありませんの」
「俺が勝ったのはガキの頃の話だろ? あんなもん勝ったうちに入らねぇだろ」
「そんなことありませんわ。まだまだ未熟ではありましたけど、それでも私達に勝ったことに変わりはありませんもの」
「そうかい。でも、それだとすっきりしねぇな」
どうやら、すでに音楽祭で勝負をしていたことがあったらしい。
その結果が一対一で、今回が引き分けだから引き分けと。
話を聞く限り、多分最初に勝ったのはヘクター君だったのかな?
まだ15歳の二人がすでに二回も音楽祭を体験しているということは、かなり小さな頃から練習していたんじゃないだろうか。
なるほど、幼馴染のライバルと言うのは本当に昔からの事らしい。
それなら確かに、今回で勝負を付けたかったところだね。
「でも、もしかしたら今回でも決着がつくかもしれませんわよ?」
「あん? なんでだよ」
「あなた、得点を覚えてませんの?」
「現時点での最高得点。つまり、このままいけば私達は同点一位になることになりますわ」
「……ああ、なるほど、そういうことか」
二人の言葉に、ヘクター君は納得した様子である。
同点一位は凄いことだとは思うが、それでなんで決着がつくことになるんだろう?
「音楽祭で同点一位が出た場合、特例としてもう一度だけ演奏する機会が与えられます。そして、改めて審査を行い、勝利した方が優勝となるんですわ」
「なるほど」
つまり、優勝者は一組だけってことになるのか。
確かにそれなら、再び演奏して勝ち負けが決まることになる。この追加演奏では得点制ではなく投票制のようだから、確実に決着がつくわけか。
「もしそうなったら、今度こそ負けませんわ」
「こっちだって負けねぇよ。覚悟しておけよ」
再びやる気を見せた両者はにこりと笑い合う。
このまま同点一位で追加演奏になるといいね。
感想、誤字報告ありがとうございます。




