第五百八十四話:音楽の精霊
「そういえば、音楽の精霊がどうとか言ってましたけど、あれってどういう意味なんです?」
しばらく演奏に聞き入っていたが、ふと司会が言っていた言葉が気になってシルヴィアさんに聞いてみた。
「優れた音楽家には音楽の精霊が力を貸してくれているという御伽噺ですわ。音楽祭は、元は音楽の精霊をその身に宿すための儀式だったとされています」
音楽の精霊は音楽が大好きであり、心地よい調べを聞くとフラフラと寄ってくるらしい。そして、特に才能ある人にはその加護を与え、音楽家としてより高みへ至れるように力を貸してくれるのだとか。
しかし、現在はほとんど形骸化したものであり、ただ単に優れた音楽を響かせることができるのは誰かを競うためのものになってしまったようだ。
音楽の精霊かぁ。もしいるのなら、確かにその加護を貰えば音楽がうまくなりそうである。
この世界には普通に精霊はいるし、人族にも認知されているので本当にいてもおかしくはない。私は見たことないけど。
実際どうなんだろう? 音楽の精霊なんているのかな?
『精霊は万物すべてから生まれる可能性があるし、いてもおかしくはないと思うよ。ただ、その辺にうようよいるってわけではないみたいだけど』
私の疑問にアリアが答えてくれる。
アリアは精霊だから、普段は見えない精霊の姿も捉えることができる。
まあ、私も本質は精霊だから見ようと思えば見れるかもしれないけど。
どうやら音楽の精霊とやらはたくさんいるわけではないらしい。いる可能性は高いけど、今のところは姿は見えないようだ。
数が少ないのは音楽と言う限定的なものだからなのかな。水の精霊や光の精霊と違って、音楽は奏でなければ発生しないものだし。
「もしいるなら会ってみたいね」
自分に音楽の加護を、とは思ってないけど、もしいるのなら見てみたい気がする。
精霊の女王の娘として多くの精霊に愛されている私だけど、音楽の精霊はまだ見たことがないしね。
「音楽の精霊は一度に複数人の人に加護を与えるらしいですから、もしかしたらハクさんも選ばれるかもしれませんよ?」
「いや、それは流石に無理でしょう。素人ですし」
優れた音楽に惹かれるというのなら、私では無理だろう。
私のレベルはせいぜいほとんど音が出ないというミスをしないで演奏を終えられる程度のもの。音楽家にとっては当たり前のスタートラインに立った状態に過ぎない。
それに、私は音楽家になる予定はないし、加護を貰っても困る。どうせ渡すのなら、シルヴィアさん……も音楽家になる予定はないようだから、誰だろう。ヘクター君とか?
まあ、相応しい人に与えてくれたらいいと思う。
演奏が始まってから数時間。演奏が素晴らしいのはいいのだが、少し寒くなってきた。
一応、この会場には音を逃がさないように結界が張られていて、その恩恵もあってかあまり風は吹き込んでこないのだけど、それでも雪が積もるような季節である。ずっと動かなければ寒い。
これを見越して、と言うわけではないが、以前に買っていた火の魔石を使った湯たんぽのようなものがあるのでまだ耐えられるけど、他のお客さんはちょっと可哀そうな気もする。
冬にやるのは失敗なんじゃないかなぁこれ。静かで音は響きやすいだろうけど、聞く方が大変だ。
「みんな、寒くない?」
「俺は寒くないな」
「寒さなんてへっちゃらよ」
お兄ちゃんとカムイはそんなに寒くないらしい。
カムイは体を火に変化させられる関係上、火そのものみたいなものだから寒さに強いのはわかるんだけど、お兄ちゃんはなんでだ。
ふと目を向けてみると、お兄ちゃんの周囲を幕のようなものが覆っていることに気付く。
これ、結界? だよね。と言うことは……。
『ミホさん、お兄ちゃんだけ結界で守ってるでしょう』
『ばれましたか。ラルド様が寒くないようにとの配慮ですよ』
ミホさんはお兄ちゃんの契約精霊で、空間の大精霊である。
その力をもってすれば、体温が逃げないように結界を張ることも可能だ。
いやまあ、別にお兄ちゃんを寒さから守るのはいいんだけどさ、それだったら私達にもやって欲しい。
一応湯たんぽっぽいものがあるとはいえ、寒いものは寒いのだから。
……いや、私がやればよかったのか。気づかなかった私のせいだね。
「私、寒いのはちょっと苦手で……」
「僕もだぞ。ハク、温めてくれ」
「あ、私も」
「ああ、尊い……じゃなくて、私達も暖めてくださいませ」
「私もですわ」
他のみんなが私に群がってくる。
いや、みんなにも湯たんぽ渡してるから私にくっつく必要はないでしょ。
せめてカムイに抱き着いてほしい。カムイなら暖かいし効果あると思うよ。
まあでも、くっついて暖まるよりは結界で体温を維持した方が楽そうなので、早速結界を使う。
私を含め、お兄ちゃんを除く全員にね。カムイはいらないかもしれないけど一応。
「あら、なんだかあったかくなってきましたわ」
「風がやんだのかしら?」
急に寒くなくなって驚いているのか、シルヴィアさん達は首を傾げている。
サリアとユーリ、そしてお姉ちゃんは私がやったことに気付いているのか、特に何も言ってくることはなかったけど、離れることもなかった。
いや、もう寒くないでしょ。離れてー。
「でもこれ、他のお客さんは変わらないままだよね」
周りを見てみれば、手に息を吐きかけている人や、腕を抱いて震えている人もいる。
出来れば何とかしてあげたいよね。
『ねぇ、ミホさん。他のお客さん達も結界で守れない?』
『うーん、出来ないことはないですけど、やる必要ありますか?』
姿は見えないまでも、こてんと首を傾げている姿が見えるような気がする。
まあ、ミホさんはラルドさん一筋だし、割と他の人に関してはどうでもいいのかもしれない。
確かに、お客さん達もそれを承知で音楽祭に来たんだろうしね。それぞれ対策してこない方が悪いのだ。
でも、せめて一人一人を包むとはいかないまでも、会場を包む結界の改良くらいはしてもいいんじゃないかな。
「お兄ちゃん、他のお客さん達も寒くない方がいいよね?」
「ん? ああ、そうだな。みんな寒そうだしな」
『と言うことですが?』
『ラルド様がそうおっしゃるなら』
そう言って、ミホさんは結界の強化をしたようだ。
風を完全にシャットアウトし、熱が逃げないように囲い込んだらしい。
すぐに変わることはないが、これだけの人がいるならその熱気ですぐに温まることだろう。
これなら、他のお客さん達も寒くないね。
代わりに結界から出た時が寒そうだけど。
『ありがとね、ミホさん』
『いえいえ』
これで憂いなく演奏を楽しめると言うものである。
私達の出番まで残り一時間程度。そろそろ準備しておいた方がいいかもね。
楽器のチューニングは昨日のうちに済ませてあるけど、どんな感じなのかリハーサルじゃないけど確かめる必要はある。
ここじゃ楽器は出せないし、一度楽屋であるテントに戻らなければならないかな。
「シルヴィアさん、そろそろですか?」
「そうですわね。一度楽器の確認をしましょうか」
「終わったらステージ裏で待機ですね。私達の前はあの人ですから、そこでお手並み拝見ですわ」
私達の前、と言うと……ああ、ヘクター君か。
登録の時私達の前で登録していたのだから、当然番号も私達の一つ前になる。
あの時は三人組と一緒に登録していたけど、わざわざ登録し直すという処理は行わなかったらしい。
まあ、三人組を除名するだけだし、そっちの方が楽か。
ヘクター君がどんな演奏をするのか楽しみにしつつ、私達は楽屋のテントへと戻っていった。
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