第五百八十三話:音楽祭開催
それから練習を続けること五日、とうとう音楽祭の日がやってきた。
会場となった劇場は多くの人でごった返しており、移動するのも大変なほどである。
音楽祭に参加する音楽家達は一足先に会場入りしており、闘技大会のように人混みに呑まれて遅刻しそうになる、なんてことはない。
とはいえ、劇場もここまで多くの音楽家達を収容するスペースはないので、有名な楽団や歌手達以外は近くの路地に設営されたテントからその都度専用通路で会場入りするという形になる。
一応、楽屋と言うことでそれぞれにテントは与えられているが、そこまで大きいわけではないのであんまりゆっくりすることはできないかもしれない。
私達に与えられたテントは会場からそれなりに離れているようで、特にカムイは楽器を持って移動するのが大変そうだ。
「いよいよですね」
「ええ、ようやくこの日がやってきましたわ」
シルヴィアさんもアーシェさんも興奮しているのかやたらとテンションが高い。
まあ、二人にとっては大事な勝負の場だし、それを抜きにしても有名な音楽家が集う祭典、音楽に携わる者なら誰でも興奮すると言うものだ。
「シルヴィアさん、私達の出番はいつ頃になりますか?」
「カテゴリー的には一番最初ですわね。最初に無名の音楽家達が演奏し、その後吟遊詩人、歌手、楽団と続きます」
どうやら実力的に劣る者から順に演奏していくらしい。
まあ、そりゃ最初に大物持ってきて後はそうでもない人達持ってきたら盛り上がりに欠けるしね。
無名の音楽家達は数が多いので、すべてが演奏を終えるには時間がかかる。だから、観客の中には見どころである楽団の演奏が始まる午後にまた来るという手段を取る人もいるようだ。
逆に、無名の音楽家から将来有望な人を発掘するために品定めに来るスカウトの人は最初に来るらしい。
どちらにしても、今日一日はお客さんはずっと減らないだろうとのこと。
朝はともかく、夜まで続いたら騒音でクレームが来そうだが、そこは流石音楽の町。そこらへんは街の人々も了承済みであり、むしろ夜を徹して演奏してくれと頼む始末である。
音楽祭って凄いんだね。
「番号は102番なので、しばらくは待機となりますわ」
「それまでは演奏を聞いていてもいいし、ここで待っていても構いません。でも、出番の10番前くらいになったらここにいること。いいですね」
「「「はーい」」」
参加した無名の音楽家はおよそ120組ほど。そのうちの102番だからかなり後ろの方である。
一組当たりの演奏時間はわからないけど、仮に三分くらいだとして出番までおよそ五時間くらい?
現在時刻は六時前くらいだから今から始まるとしても出番はお昼頃になりそうだ。
これ、こんなに早く起きる必要なかったのでは? いくらお客さんでごった返すとは言っても、一時間とかそこらあれば強引に突破できそうな気もするけど。
まあ、一応開会式があるようだし、それに参加しなきゃいけないというのはあるけど、この季節で四時起きは普通に辛い。めっちゃ寒い。
「……と、そろそろ開会式が始まりますね。会場まで移動しますわよ」
楽器はまだ出番がないので【ストレージ】にしまっておく。
一応、テントに置いていってもスタッフが見張っていてくれるらしいので盗難の心配はないが、まあ一応ね。
劇場の裏からステージに上がると、多くの観客が席にぎゅうぎゅうに詰まっていた。
追加で設置された櫓席にもたくさんの人がおり、その迫力に圧倒される。
他にも続々とやってくる音楽家達に囲まれながら、少し待っていると、とても大きな声が会場に響き渡った。
「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます。これより、音楽の精霊に捧ぐ音楽の祭典、音楽祭を始めたいと思います」
「「「わー!」」」
その声に、会場中から歓声が上がる。
この声、なんかマイクっぽいものを使っているみたい。なんだか意外だな。
いやでも、確かにシルヴィアさんの家の保管庫にもそれっぽいものがあったし、この町ではこれが普通なのかもしれないね。
流石音楽の町だ。
「音楽の精霊を宿し、優れた音楽家に選ばれるのは誰か。どうか皆さん、そのご自慢の腕を全力で振るってください」
その後、音楽祭の大まかな流れや、審査員の紹介、有名音楽家達の挨拶などがあり、開会式は終了する。
トップバッターに選ばれたのは兎耳の女性。
なんか、あの時捕まえた三人組が変装していた姿に似ている気がする。
もしかして、罪をなすりつけようとしていた? だとしたらとんだ悪党だ。
だが、歌姫ではなく、扱う楽器はギターらしい。そこは調べてないのか。適当だな。
「ハクさん、どうしますか? このまま見ていくなら参加者席がありますが」
どうやら観客が座る席とは別に、参加者が観戦するための席が用意されているらしい。
用意がいいなぁ。でもまあ、無名の音楽家達は有名な音楽家の演奏を聞きたいだろうし、普通のお客さんで席が埋まってしまったら悲しいか。
それくらいの優遇はあってもいいのかもね。
「せっかくだし聞いていきますよ。どんな演奏か気になりますしね」
「それなら案内いたしますわ。こっちです」
そう言って、シルヴィアさんが案内してくれる。
他のみんなも聞きたいようなので、とりあえずみんなでついていくことになった。
案内された席はステージから最も近い前列の席。間近で見られるのは嬉しいかもしれない。
ただ、そこにはなぜかお姉ちゃん達が座っていた。
「あれ、ここって参加者専用の席じゃ?」
「お父様にお願いして席を用意してもらいましたわ。この観客の数じゃ、最後尾の櫓席ですら座れるかわかりませんからね」
まあ、確かにこんだけ席があっても立ち見客がいるくらい盛況のようだし、席を用意してくれたのはありがたい。
なんだか悪いような気もするけど、ここは厚意に甘えさせてもらおうか。
「おはよう、ハク。いよいよね」
「おはよう。まあ、出番は結構後だけどね」
お姉ちゃん達と共に席に着き、ステージから次々と聞こえる演奏に耳を傾ける。
流石、無名とはいえ音楽家なだけはあり、普通にいい演奏ばかりだ。
私達が対抗できるのかどうか少し不安になってくる。
でも、この一か月みっちり練習してきたのだ。きっと大丈夫、のはず。
「あの人が使っているのはクラネットという縦笛ですわ。前回の音楽祭にも出ていたとても頑張り屋な子です」
隣でシルヴィアさんとアーシェさんが演奏する人達の情報を教えてくれる。
大体はこの町の出身らしく、中には知り合いもいるようだ。
嬉しそうに説明してくれるその姿はとても無邪気で、この音楽祭をとても楽しんでいるのだなと思う。
うん、対抗できるかどうかなんて悩む必要はなかったね。
私達はただ、楽しめばいいのだ。そこに勝ち負けは関係ない。
まあ、シルヴィアさん達にとってはヘクター君と言う相手がいるけどね。
それでも、そこまで気張る必要はない。あくまで気楽に、自然な気持ちでやっていこう。
そんな事を想いながら、音楽祭の演奏に耳を傾けていた。
感想ありがとうございます。




