第五百八十二話:その後の対処
その後、捕らえられた三人組からの証言で、他にもこう言った犯罪に手を染めている音楽家がいることが判明した。
まあ、ライバルを殺して蹴落とそうという過激な奴らはいなかったようだが、楽器を壊したり、腕を怪我させたり、無実の罪を着せたりととにかくあの手この手で音楽祭に参加させないように動いていたらしい。
いずれも以前の音楽祭では真ん中より下周辺をさ迷っている人達ばかりであり、自分の才能はこんなものではないはずだと順位を上げるために今回の凶行に至ったようだ。
確かに、音楽の技術なんて目に見えないものだから評価するのはとても難しい。素人目から見れば、どっちも凄くうまいとしか思えないのだから。
だけど、それらを見極めたのは名のある音楽家やそれに精通する人なわけで、少なくとも彼らよりは目利きができる人達だ。
その人達がそう言う順位を付けたのなら、恐らく間違いはないと思う。
彼らがやるべきだったのは、ライバルを蹴落とそうとすることではなく、自らの技術を高めることだったのだ。
真面目に頑張ることを放棄して、犯罪と言う道に進んだ時点でもはや彼らは音楽家とは呼べない。
そんな彼らは、領主であるシルヴィアさんのお父さんの主導の下、もの凄い勢いで駆逐されて行った。
計画的犯行ならともかく、ほとんどがその場の思い付きでやったようなお粗末な手段ばかりであり、犯人を特定するのに時間はあまりかからなかったようだ。
おかげで音楽祭に参加する無名の音楽家のうち実に十数人もの人達が検挙され、今後音楽祭に出ることを禁止された。
まあ、自業自得だから諦めてもらうしかないよね。
これを機に、真っ当に生きてくれることを願うばかりだ。
「それで、音楽祭自体は大丈夫だったんですか?」
「はい。元々参加者は大勢いましたし、観客だって遠方から来ている人だっています。彼らに今更中止だなんて言えませんし、膿はほとんど出し切ったとしてこのまま予定通りに開催するとのことです」
音楽祭まで残り五日ほど。これだけの不正者を出してしまったわけだし、音楽祭自体が中止になるのではないかと危惧していたが、どうやらきちんと開催するらしい。
ひとまずほっと一安心。これで中止になってしまったら私達の頑張りも無駄になる所だった。
「それはよかったです」
「伝統あるお祭りですからね。この程度で中止にされては困ります」
一応、過去にも似たようなことはあったらしい。だからこそ、この程度で動じることはないのだという。
まあ、今回は発覚が少し遅れたせいもあって少し危なかったようだが。
「ヘクター君はその後どうですか?」
「後遺症もなく普通に練習できているようですわ」
「流石にまたお仲間を探そうとは思わなかったみたいですけど」
まあ、そりゃあね。あれだけの仕打ちにあった後で再び仲間を探す気にはなれないだろう。
多分、探すのなら学園の友達とかその辺りを探した方がいいと思う。
この町は大きいし、シルヴィアさんとアーシェさん、そしてヘクター君だけが学園に通っているとは考えにくいしね。
楽器を扱うのはほとんどが貴族だし、もしかしたら同じような理由で学園に通っている人もいるかもしれない。
そう言った人達にあらかじめ声をかけておくことが重要だろう。
次があるならそうした方がいいだろうね。
まあ、開催の間隔からして次に開催するのは学園を卒業してからになりそうだけど。
「きちんと治ったならよかったです。あれだけ大口を叩いておいて治せなかったじゃ済まされませんからね」
「ハクさんは相変わらず規格外ですわ。怪我を即座に治すなんて、ポーションじゃないんですから」
「それもポーションでも治せないほどの傷でしたしね」
ポーションはかなり即効性が高く、上位ポーションともなれば多少の怪我ならば軽く治してしまうほどの回復力を持つ。
ただし、腕を切り落とされただとか腹に穴を開けられただとかそういう重症には一本では治せないことが多い。
それでも、何十本か使えば治せるかもしれないが、上位ポーションは高価なのでそこまでして治すくらいなら治癒術師の下に通った方が安く済む。
もちろん、時間はかかってしまうけどね。
「まあ、私の魔法は普通のとは少し違うので」
「それは知っていますけど、そんなに変わるものですか?」
「魔法陣に必要な情報を書き加えて、それによって魔法の威力などを調整するんですよね。でも、効果を高くすればするほど魔力が多くかかるってことですから、普通はあんな大怪我を治す魔法なんて使えないと思いますけど?」
「ほら、魔力には自信がありますから」
「むむむ……」
確かに、あの治癒魔法は普通の人には使えないだろう。
魔法陣自体は最適化しているとはいっても、流石に魔力使用量が多すぎる。
多分、並の魔術師では一回すら使うことができないだろう。宮廷魔術師レベルでも微妙なところだと思う。
そう考えると、私の魔力って多いんだなぁと思う。連発しても全然魔力切れの気配がないし。
「ハクさんの魔法は気になりますが、それは後にして」
「今は練習、ですわ。このパートからまたやっていきますわよ」
雑談もそこそこに、頭を練習に切り替える。
音楽祭まで残り一週間を切ったこともあって、私達の音楽スキルはそこそこ上達してきた。
エルは譜面通りに弾く以外になんとなく感情を乗せることを覚えたし、カムイも太鼓の数が増えたことによって叩きやすくなったのかキレが良くなっている。サリアもみっちり練習したこともあってだいぶうまくなったし、私もほとんどミスすることなく一曲を終えることができるようになってきた。
一か月程度ではどうにもできないと思っていたけど、案外何とかなるものである。この調子で頑張っていきましょう。
「その調子です。頑張っていきますよ」
「「「おおー」」」
シルヴィアさんの声にみんなが返す。
みんな友達ではあるけれど、音楽を通してより距離が縮まった気がする。
単なる思い出作りのために来ただけだった音楽祭だけど、こうして笑い合うことができるっていうのはとても幸せなことだと思う。
シルヴィアさんとアーシェさん。私の正体を明かしていない数少ない友達。
まあ、なんとなく私がおかしいことには気づいているようだけど、それでも本質までは気づいていないはずだ。
でも、もう明かしてしまってもいいのではないかと言う気もする。
だって、シルヴィアさん達ならたとえ正体を明かしたとしても友達のままでいてくれるだろうし、正体をばらしたりもしないだろうから。
もうかれこれ三年近い付き合いである。身長の事にも触れられてしまったし、もう正体を明かしてしまってこちら側に囲いこんでもいいのではないか。そんな気がする。
「ハクさん、どうかしましたか?」
「疲れたのなら一度休みますか?」
少し俯いていた私に二人が話しかけてくる。
うん、これに関しては、音楽祭が終わった後で考えよう。
正体を明かすことはリスクを伴うことではあるけど、仲間は欲しい。
今数えるだけでも割と色々な人に知られちゃっているけれど、信頼できる人なら多くても問題ないはずだ。
「いえ、何でもないですよ」
私は軽く手を振って二人を安心させる。
つい、受け入れられなかったらどうしようかと考えてしまうけど、きっと大丈夫。
二人はもう友達ではない。親友なのだから。
感想、誤字報告ありがとうございます。




