第五百八十一話:美しい友情?
とりあえず、この三人は衛兵に突き出すことにする。
あまりにもお粗末な理由な上に全然反省もしていないようだったので一発くらいなら殴ってもよさそうだけど、お目当てだった音楽祭から永遠に出禁になる方が薬になるだろう。
処分を言い渡した時の顔は絶望に満ちて、先程までの態度を一変させて泣いて懇願してきたほどだ。
上位に入ると予想されるとは言っても、ヘクター君はまだ15歳。すでに20歳を過ぎていそうなこいつらが勝てないと判断するとなると元々才能がなかったんだと思う。
そりゃ、好きなことを続けるのは素敵なことだと思うけど、そのために犯罪に手を染めてたんじゃ何の意味もない。
せいぜい、牢屋の中で罪を悔いるといい。
「さて、今度はヘクター君の方ですね」
三人組はお姉ちゃんとお兄ちゃんに連れて行ってもらうことにした。
ヘクター君が一緒に行った方が説明はしやすいとは思うけど、流石に重傷を負っているヘクター君をそのまま連れていくのは問題があるし、ひとまず先に三人組を送ってもらった感じだ。
今の私の治癒魔法なら多分治せるとは思う。腕の怪我は少し微妙かもしれないけど、それも何度かかければ治るだろう。
だから、治してすぐに向かおうと思っていたんだけど、その途中で後を追っていたシルヴィアさん達が到着した。
「ヘクター! その傷は……」
「シルヴィアかよ……笑いたければ笑うがいいさ、これが安易に仲間を作ろうとした者の末路だ」
ヘクター君の痛々しい傷を見てシルヴィアさんが口元を押さえる。
この世界の人は割とグロ耐性は高そうだけど、流石にまだ学生であるシルヴィアさんとアーシェさんは生々しい傷に少し驚いてしまったようだ。
「その手、動かせるんですの?」
「いや、もうほとんど感覚がない。こりゃ音楽祭の参加は無理だな」
諦めた様に黄昏るヘクター君。
うん、まあ、その傷じゃ確かに無理かもしれないけど、治せるからね?
まだ諦めるには早いよ。
「そんな、今度の音楽祭で決着をつけるって言ったじゃありませんの!」
「仕方ないだろ。嵌められて魔物の前で置き去りにされたんだから。生きてるだけでも奇跡みたいなもんだ。傷が治ったら、その時はまた音楽祭で決着をつけてやるよ」
「そんな大怪我、治ったとしてもピアーノを弾けるんですの?」
「さあ、どうだろうな。うまく治ればいけるんじゃないか?」
歯噛みするシルヴィアさん達と泣きそうなのを必死にこらえている様子のヘクター君。
これどうすればいいの。話に入るタイミングがないんだけど。
「……治療費はすべてこちらが出しますわ」
「何言ってんだ。お前には関係ないだろ」
「そんなことありませんわ! 私が、ハクさん達と一緒に参加するなんて言ったから……」
「いつも通り二人で参加していれば、こんなことにはなりませんでしたわ。だから、これは私達の責任です」
「でも、仲間かどうかも見極められずにあいつらを呼び込んでしまったのは俺だ。これは俺の責任だ」
「だとしても、払わせてください。そして、何としても怪我を治して、また私達と戦いなさい!」
「このままうやむやのまま終わるなんて絶対に許しませんわ!」
「お前ら……」
涙ながらに訴えるシルヴィアさんとアーシェさんを見て、ふっと笑うヘクター君。
美しい幼馴染同士の熱い友情。そんな一場面ってところだろうか。
うん、まあ、仲がいいのはいいんじゃないかな。
「さあ、まずは治癒術師のところに行きましょう。痛いでしょう?」
「任せてください、うちの治癒術師は腕はいいんですの」
「あ、ああ……」
「あのー……」
なんかもうこのまま流れに身を任せてもいい気はしたけど、流石に治せる手段があるのにそれを棒に振ってもらっては困るのでここらで口を挟ませてもらう。
遠慮がちに呟いた私の言葉にみんながこちらを向いたので、少し言いづらかったけど治癒魔法で治せることを話した。
「このくらいだったら私の治癒魔法で治せると思いますよ……」
「「「え?」」」
きょとんと眼を見開く三人。
まあ、確かに通常の治癒魔法ではせいぜい傷の治りを早くする程度で即座に回復するなんて不可能である。
しかし、私の場合竜としての力を多く取り戻したおかげか、だいぶその能力が上がっており、大抵の怪我は一瞬で治せるまでになっていた。
それでも大怪我は一回じゃ治せないけど、二回三回とかけていけば確実に治るという予感がある。
魔力を相当使うことになるけど、私の場合は魔力は有り余ってるしね。問題は全くないのだ。
「ほ、ホントに治せるんですの?」
「はい、恐らくは」
「治癒魔法ってそんなに早く治りましたっけ?」
「私のはちょっと特殊ですから」
「……」
シルヴィアさんとアーシェさんの視線が呆れが混じったものに変わっていく。
私なら何でもできるんじゃないかという諦めにも似たような感情。
まあ、私竜だからね。大抵のことはできるよ。できないこともあるけど。
「それならお願いしますわ。どうかヘクターを治してやってください」
「私からもお願いします。このどうしようもない幼馴染を助けてやってください」
「わかりました。と言っても、初めから治すつもりでしたけどね」
「お、おい、どういうことだ?」
まだわかってなさそうなヘクター君をしり目に、私は治癒魔法をかける。
すると、骨が見えるほどに傷ついていた腕は肉が盛り上がり、見る見るうちに修復されて行った。
本来、治癒魔法は体の治癒力を高める魔法ではあるけど、これはもはやそのレベルではないから別の名前を名乗った方がいいかもしれない。
回復魔法でいいかな? それか再生魔法とか。まあ、多分面倒だから普通に治癒魔法呼びのままな気がするけど。
「え、え? い、痛くない……? え、マジで治った?」
ヘクター君は治った手を握ったり閉じたりしながら感触を確かめている。
神経とかも完全に治ったと思うので、違和感とかはないはずだ。
即座に回復する手段としてポーションがあるけど、それも限度はあるし、こうして治せるだけ私の魔力も上がったなぁと思う。
これも色々な偶然が重なったおかげだね。
「こ、これ、ハクさんが治してくれたんですか?」
「うん。治癒魔法でね」
「こんなすぐ治る治癒魔法があるなんて……やっぱりハクさんは天使です!」
天使? まあ、天使はなんか癒してくれそうなイメージがあるし、間違ってないのか?
私自身は全然天使って柄ではないけどね。
興奮しているヘクター君のことをシルヴィアさんが少しむっとした目で見ている。
まあ、ある意味で恩を着せるチャンスを奪ったようなものだし、気持ちはわかるよ。
「この恩は一生忘れません!」
「いえいえ。それよりも、今度の音楽祭は一緒に楽しみましょうね」
「はい! 精一杯頑張ります!」
そう言ってようやく笑顔を見せてくれたヘクター君。
危うく音楽祭の勝負が台無しになる所だったけど、無事に解決できてよかった。
まあ、ヘクター君がこれから仲間を探すっていうのはだいぶ厳しくなってしまったけど、ヘクター君なら一人でも素晴らしい演奏をできると信じている。
勝負事は何も勝ち負けだけでは決まらないからね。
「ヘクター、元怪我人でも音楽祭では容赦しませんからね」
「今回も勝って泣かせてやりますわ」
「はっ、当たり前だ。一人だって勝ってやるよ!」
改めて勝負の意気込みを語る三人。
なんだかんだ言っても、仲がいいと思う。
私はそんな三人の様子を眺めながら、内心でふっと微笑んでいた。
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