第六十三話:さらにランクアップ
一夜が明け、避難していた人たちも徐々に戻り始め、通りはいつもの賑わいが戻りつつあった。
ぐっすり寝たおかげか倦怠感もなくなり、調子が戻ったように思える。
子供だからかな。回復が早いのはいいことだ。
ギルドを訪れると、早速ギルドマスターの部屋に案内される。
部屋に入ると、疲れた様子のギルドマスターの姿があった。
「昨日はありがとうございました。大体の処理は終わったので、ようやく眠ることが出来そうですよ」
どうやら昨日から寝ていないらしい。
もしかして、タイミングが悪かっただろうか。
出直そうとも思ったが、気にしなくていいと言ってくれたので手短に用件を済ませることにする。
「お疲れ様です。それで、今回の首謀者についてなんですが……」
「ああ、そのことですね。実は、昨日襲撃があった間にギルドに拘留していた容疑者が一人脱走していました」
「それってもしかして……」
「はい、ハクさんとミーシャさんが捕まえた例の男です」
確か、三日前に捕まえた男だ。他に捕まえた奴らと違って口が堅く、尋問にも口を割らなかったと聞いている。
そいつが逃げ出したと。
まあ、あの時はギルドの人間はほとんど出払っていたし、気にする余裕もなかったから仕方ないと言えば仕方ないけど、例の組織の人間に逃げられたのはちょっと痛い。
「一応見張りはいたんですがね。何者かにやられたようで、皆倒れていました」
「逃げたというより、誰かに助け出されたってことですか?」
「そうなります。恐らく、他の仲間が騒ぎに便乗したのでしょう」
ギルドには逃げた男の他にも奴らの仲間と思われる人物は何人か捕まっていたはずだが、そちらは捨て置かれたらしい。
やはり、重要な位置の人物だったのだろうか。
「引き続き調査は続けますが、しばらくは外壁の修復と周辺の国への牽制で忙しくなると思いますから、もしかしたら追えないかもしれません」
「そうですか……」
外壁が崩れるという前代未聞の事件。これを機に攻めようと考えている周辺諸国への対応も考えると逃げた男を追っている余裕はなさそう。
奴らの目論見は失敗に終わったわけだけど、また何か仕掛けてこないとも限らない。警戒くらいしかできないのはちょっときついな。
「まあ、それはこちらで何とかしますので、あまりお気になさらないでください。目論見が失敗に終わった今、しばらくは悪さもできないでしょうし」
まあ、今回の事件は大量の魔石を用いて強引に壁を破壊し、魔物を誘導して王都を攻撃するというものだったけど、これを成功させるには大量の魔石が必要であり、そう簡単に用意することはできない。
それに、オーガの出所であるダンジョンも普段は警備がいるし、定期的に調査隊が入っているにもかかわらずあれだけ大量のオーガが出たとなると、奴らが手を回していた可能性が高い。そうした根回しも含めたら、短期間にまた何か行動を起こすのは無理だろう。
もちろん、全く警戒しないでいいわけではないが。
「それでは、報酬の話をさせていただきましょう。こちらが今回の報酬になります」
パンと手を打って話を切ると、机の引き出しから大きな袋を差し出してきた。
受け取ってみると、かなり重い。思わず落としそうになったほどだ。
中を確認すると、大量の金貨が入っている。
これ、ざっと見ただけでも100枚以上あるんじゃ……。
「金貨500枚になります。お納めください」
「こ、こんなにですか?」
「はい。他の冒険者に渡す分も考えると結構減っているんですけどね」
にっこりと笑顔を見せるギルドマスター。
減らされてこれって、どうやら特異オーガはよほどの高値で売れたようだ。
お姉ちゃんも同じくらい受け取っているし、本当にこんな大金受け取っていいか不安になるんだけど。
大会の賞金を超えてるし。
「君達は今回の戦いの最大の功労者ですから、多少は色を付けていますよ」
「あ、ありがとうございます」
そこまで持ち上げられると少し恥ずかしいけど、まあそこまで言うなら貰っておこう。
「それから、ギルド証をお貸しいただけますか?」
「え? はい」
言われれるがままにギルド証を手渡すと、ギルドマスターは机の引き出しから水晶のようなものを取り出した。
あれって確か、受付さんが使ってたやつだよね?
水晶にギルド証を翳してしばらくすると、はいどうぞとギルド証を返される。先程まで金色だったギルド証は濃い緑色に変色していた。
「今回の功績を讃えてランクアップすることになりました。これでハクさんはBランク冒険者ですよ」
「えっ?」
確か、Bランクってなかなかなれないんじゃなかったっけ? というか特別な試験が必要だとか説明に書いてあったような気がするんだけど……。
不安げな顔でギルドマスターの方を見ると、にこりと笑って返された。
「あれだけの実力を見せられてCランクのままというわけにはいきませんからね。特例ですが、誰も文句を言う人はいないと思いますよ」
本当にいいのだろうか。Cランクにだってこの前なったばっかりだって言うのに……。
でも、すでにギルド証は書き換えられてしまっている。これはもう決定事項なんだろう。ちょっと気が引けるけど、嬉しくないわけではない。
「ありがとうございます」
だから謹んで受けることにした。Bランクは上級冒険者と呼ばれる言わばエリート。その名に恥じぬように頑張らなければ。
ギルド証にお金をしまうと、二人で頭を下げた。
話も終わり、街へと繰り出す。
流石に昨日の今日で依頼を受ける気にはなれなかった。ギルドもバタバタしているし、多くの依頼は復興作業系だろうしね。調子が戻ったとはいえ、力仕事は私には向いていない。
なんだかんだで王都を回る機会ってなかった気がするし、これを機に見て回るのもいいだろう。
通りでは昨日の襲撃が嘘のように多くの屋台から威勢のいい声が響いている。
途中、果物を買い食いしつつ色々見て回る。
王都を回ること自体もそうだけど、お姉ちゃんと一緒にショッピングするのって初めてかも? なんだか嬉しいな。
上機嫌で散策を楽しんでいると、ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「それでね! サフィ様が私の横をさーって駆け抜けたの!」
「は、はあ、そうだったんですね」
自然と目線を向けてみると、カフェのテーブル席でテンション高く話しているミーシャさんの姿を発見した。よく見てみると、話している相手はサクさんとルア君のようだ。
まくし立てるような早口の口調は声も大きく、周りの客もさりげなく耳を傾けているのがわかる。
それを知ってか知らずか、ミーシャさんはとても上機嫌な様子だ。尻尾が楽しそうに揺れている。
うーん、これはどうしたものか。
「あら、ミーシャさん、こんなところで何してるの?」
「ふぇ? さ、サフィ様!? それにハク様まで! 昨日は大活躍でしたね!」
どうするか考えているうちにお姉ちゃんが話しかけてしまった。
ミーシャさんは文字通り飛び上がり、キラキラとした視線を向けてくる。相変わらず熱が凄い。
というかハク様って……私まで様付けにするのか。
「サフィさん、ハクさん、こんにちは」
「こんにちはー!」
「昨日はお二人ともお疲れ様でした」
サクさんの冷静な挨拶にこちらもお辞儀を返す。
話の渦中の人が現れたとあって周りからの注目度が上がったように感じる。
あんまり見られると恥ずかしいんだけど……。
さりげなくお姉ちゃんの陰に隠れつつ、二人に話しかける。
「お二人とも、なんでこんな場所に?」
「ああ、それがね……」
サクさんの話だと、街を歩いていたら偶然にもミーシャさんと出会ったらしい。
ミーシャさんはとても上機嫌な様子で、昨日のこともあって話しかけたら近くのカフェに連れ込まれて延々とお姉ちゃんの自慢話を聞かせられていたのだとか。
サクさんも私が使った魔法は目撃していて、最初は凄いと聞き入っていたのだが、かれこれ三時間近く話しているとかで遠回しに何とかしてほしいと言われた。
自慢話だけで三時間も語れるって凄いな。
「戦場を駆けるサフィ様、とっても素敵でした! それにあの大魔法、ハク様は私なんかでは遠く及ばないほどの才能の持ち主なんですね!」
本人を前にしてさらにテンションが上がったのか若干声が上ずっている。それにうるさい。
しかも、どこから考え付くのか私とお姉ちゃんの誉め言葉を延々と並べてくるのだ。少し聞いただけでもこれはやばいとわかる。
というか、そんな面と向かって褒めちぎられるととてもむず痒い。
確かに頑張ったけど、そこまで褒めてくれなくてもいいんだよ?
なんとか宥めようとしたけれど、テンションが上がったミーシャさんを止めることはできなかった。
結局、その日は日が暮れるまで延々と私とお姉ちゃんを讃える話を聞かされたのだった。
第二章はこれで終了です。
ハクの活躍はいかがでしたでしょうか。第三章でもよろしくお願いします。