第五百七十九話:気になる点
「それにしても、大したことなさそうな人達でしたわね」
それなりに高級そうなお店に入り、お昼を食べる傍ら、シルヴィアさんがそんなことを口走った。
それって、さっき会ったヘクター君の助っ人の事だろうか?
まあ確かに、少し妙な感じはしてたけど。
「どういうことですか?」
「だって、あの人達全然たこがありませんでしたもの」
シルヴィアさん曰く、楽器を扱う者ならたこは当たり前にできるものらしい。
かくいうシルヴィアさん達も顎の下に少し痣ができている。いわゆるバイオリンだこと言う奴だ。
バイオリンに限らず、長く楽器を扱っている人ならば必ずたこができるようで、それがないということは楽器を触り始めてからそんなに時間が経っていないということ。すなわち、素人であるという証明らしい。
だから、大したことないという結論に至ったようだ。
「ヘクターも音楽家ならそれくらい見抜けて当然だと思うのだけど、焦っていたんでしょうね」
「このままだと数では私達に勝つ目はありませんからね。素人でもいいから手伝わせて自分で鍛えるつもりだったんでしょう」
実際、シルヴィアさん達も私達と言う素人を加えて自分達で教育して使い物になるようにしているのだから間違っちゃいない。
だけど、私はそれだけではないと思うんだよなぁ。
「あの人達、多分姿を偽ってますよ」
「どういうことですの?」
私は会った時に感じた違和感について説明する。
あの時紹介された三人のうち、ローブの人以外は全身に魔力を纏っていたのだ。
もちろん、魔力が多い人なんかは自然とこぼれ出る魔力が体を覆ってなんとなく近寄りがたいオーラを発することもあるけれど、あの人達の魔力はそういう威圧感のようなものを一切感じなかった。
それはつまり、魔力がこちらに向かって放たれていないということ。もっと言うなら内側、つまり、その人自身に対して魔力が使われていたという証拠でもある。
全身を覆う魔法には身体強化魔法なんかが挙げられるけど、こんな街中で使う必要性は全くないし、そもそもそんなの魔力の無駄遣いである。
であれば、選択肢は絞られてくる。その中で、可能性が高そうなのが、変身魔法だ。
変身魔法は、魔力が続く限り自分、あるいは他者を別の姿に変身させる魔法である。
並の魔術師が使えばせいぜい十数分維持するのが限界だろうが、探知魔法で見たかぎり、あのフードの人は全身に魔石を隠し持っていた。
恐らく、その魔石の魔力を使いながら、他の二人に変身魔法をかけていたんじゃないかと思う。
自分はフードを目深に被り、喋りもしなかったしね。
「なるほど。でも、どうしてそんな真似を?」
「それがわからないんですよね」
変身魔法を使う理由はいくつか挙げられる。
例えば、王族などの身分の高い人が目立たないように姿を変えることもあるし、犯罪目的で使用されることもある。
今回の場合、ヘクター君の家が秘密裏に加勢させるために用意した人員と言う可能性もある。
変身魔法をかけているならたこなんかも消せるだろうし、実際は凄腕の音楽家っていう可能性もなくはない。
こんな時期に即座に勧誘に乗るのもおかしな話だし、十分に可能性はある。
だからこそ、疑問に思ってもあえて触れなかっただけどね。
「最悪の可能性としては、何か犯罪に巻き込まれているということですかね」
もし彼らが犯罪目的でヘクター君に近寄っている場合は危険だ。
一応ヘクター君は男爵とはいえ貴族だし、ヘクター君を人質に取って身代金を要求するなどすればそれなりのお金を手に入れることはできるだろう。
ただ、それだったら別に変身魔法なんて使う必要はない。
身近な人物に変身して近づくとかならともかく、全然知らない人だったようだし、それならわざわざ変身魔法など使わなくてもそのままの姿で話しかければいいだけの話だ。
まあ、身バレを心配しているのかもしれないけど、それだったらそんなことして近寄るよりも人気の少ないところで攫ってしまった方が断然楽な気がする。
「わざわざ姿を変えてまで近づく理由は何ですかね……」
「そのヘクターって奴の家に入るためじゃないか?」
「家にねぇ……」
確かに、音楽祭のためと言うならば、それまで練習する必要があるのだからヘクター君は家に案内するだろう。
そうなると、泥棒目的? 家に怪しまれずに入って物を盗み、どこかで売りさばくのが目的なんだろうか。
確かにそれなら勧誘をしていたヘクター君は絶好の獲物だったと思うけど。
「もしそうなら、忠告して上げた方がいいかな?」
「でも、多分聞きませんわよ?」
「そうですわ。ただでさえ敵視されてるのに」
シルヴィアさん達の言うことはもっともだ。
今言ったところで、敵を追い落とすための戯言としか捉えられないだろう。
それにそもそもこれからみっちり練習するつもりだろうし、会うことすらしないんじゃないだろうか。
一番いいのは、変身魔法が途中で途切れて、ヘクター君自身が気付くことだろうけど、いくら二人同時に変身魔法をかけているとはいえあの魔石の量では余裕で数時間は持つだろう。
私達と同じような練習量だとしても、多分持つとは思う。
ただ、毎日とはいかないはずだ。あれだけの魔石を毎日用意するのは無理がある。
仮にあらかじめ用意していたのだとしても、かなりの金額になるだろうから男爵家の物品を盗んだ程度じゃそこまでの黒字になるとは思えない。
つまり、やるならごく短い期間でやると思う。例えば、今日とか。
「一応、言うだけ言ってみませんか? 今日ならまだ会ってくれるかもしれませんし」
「まあ、確かにこれで犯罪に巻き込まれて音楽祭どころではなくなってしまったら困りますしね」
「一応幼馴染ですし、忠告くらいはしてあげましょう」
ひとまず、シルヴィアさん達も賛同してくれたので昼食後にヘクター君の家に向かうことになった。
妙なことにならなければいいけど。
「それで、ヘクター君の家はどこにあるんですか?」
「貴族街の東の方ですわ。ここからなら歩いてもそう遠くはありません」
「では、早速行きましょうか」
食事を終え、ヘクター君の家へと向かう。
本来なら馬車で向かうような距離ではあるが、今からわざわざ家に戻って馬車を取ってくるのも面倒なので、このまま歩いていくらしい。
貴族としては間違ってるんだろうけど、シルヴィアさん達は全然気にしていないようだ。
「さて、ここですわ」
辿り着いたのはそこそこ大きなお屋敷だった。
と言っても、シルヴィアさん達の実家には及ばないが。
ノッカーを叩くと、しばらくして執事らしき人物が出迎えてくれる。
シルヴィアさん達の姿を認めると、少し目を見開いた後、恭しく頭を下げた。
「これはこれはシルヴィア様にアーシェ様。ようこそいらっしゃいました」
「ええ、久しぶりね。ヘクターはいるかしら?」
「いえ、ヘクター坊ちゃまは出かけられていて、まだお戻りになられておりません」
「まだ戻ってない? おかしいわね」
あれからすぐに戻ったのなら既に戻っていてもおかしくない時間である。
もちろん、どこかで昼食を取っているという可能性もあるが、これから新人を育てなければならないだから早めに戻ってきそうなものだけどな。
もしかしたら、すでに奴らの手に……。
「どこに行ったか聞いていませんか?」
私は失礼を承知で執事さんに話しかける。
少し急いだほうがいいかもしれないからね。
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