第五百七十八話:参加登録
シルヴィアさん達が作った曲である『百合の花』に関してはそこまで難しいというわけではなかった。
元々、シルヴィアさんとアーシェさんが二人で演奏することを前提に作られた曲であり、他の楽器のパートはなかったのだが、私達のためにパートを追加したらしい。
その際、難しくなりすぎないようにある程度難易度を下げた譜面を作成したようで、初心者の私でも難なく演奏することができた。
いや、難なくではないか。だいぶ慣れてきたとはいえ、まだミスが完全になくなったわけではないし。
簡単な譜面にした弊害で少々音の厚みが足りないという事態にはなったが、カムイが結局太鼓の量を増やしたいと言ったこともあって、ある程度は改善されたと思う。
まあ、そのせいで少し譜面を修正しなくてはならなかったわけだけど、シルヴィアさんは嫌な顔一つせずにやってくれた。
友達想いのいい人である。
「それで、今日はどこへ行くんですか?」
音楽祭まで残り二週間ほど。
いつもなら朝から演奏室に籠って練習をするところだが、今日はみんなで街に繰り出していた。
いやまあ、週に一度くらいのペースで休みの日はあったけど、今日は休みの日ではない。
だいぶ演奏できるようになってきたとはいえ、音楽家目線ではまだまだ未熟な私達だ。
練習できる時間があるならするべきだと思うのだが、一体どうしたんだろうか?
「今日は音楽祭の登録に行きますわ」
「登録?」
「ええ。闘技大会の参加登録と同じようなものです」
「有名な音楽家はこちらから呼ぶので自動的に登録されますけど、私達のような無名の音楽家は自分で登録しに行かなければならないのですわ」
なるほど。
音楽祭は音楽家達を集めて行うと聞いていたから、てっきり全員主催者に招待状とかを貰っていくのかと思っていたけど、どうやらそういうわけではないらしい。
まあ、無名の音楽家にとってはスカウトされるかもしれないし、そうでなくても有名音楽家の演奏を生で聞くことができるのだから行かない手はないよね。
「定員とかはないんですか?」
「一応決まっていますけど、私達は領主の娘ですから、その推薦枠があるので必ず登録はできますわ」
「ああ、そういえばそうですね」
ここはニドーレン侯爵領。シルヴィアさん達のお父さんが管理する土地なのだからそれくらいの融通は利かせられるか。
それにしても、シルヴィアさん達はヘクター君との決着のために音楽祭に参加しているようだけど、お父さん的にはどう思っているのかな?
あれだけの楽器を持っているのだから、恐らくお父さんも音楽家なはず。ならば、娘にもその道を歩んでほしいとか思ってるんだろうか。
いや、それなら魔法学園なんか行かせずにずっと音楽の教育をしているか。
そこまで縛り付ける気はないのかもしれない。お母さんの方も含めて優しそうな人だったしね。
「でも、推薦枠ならわざわざ行く必要はないんじゃ?」
「枠が取ってあるというだけで、登録しているわけではありませんから」
「お父様からもちゃんと自分達で登録するように言われていますしね」
いくら枠があっても、何らかの理由で参加できない場合もあるから登録はその都度行わなくてはならないらしい。
まあ、今回は春休みと被ったからいいけど、もしかしたら休み期間外に開かれる可能性もあるもんね。
その場合はお父さんが辞退の連絡を入れるらしい。今回は運がよかったってことだ。
「さ、あそこですわ」
「今回は皆さんも参加しますから、署名をお願いしますね」
やってきたのは初日に見た劇場だった。
すでに大体の準備は終えているようで、後は当日を待つばかりのようである。
入り口のところには簡易的なテントが設営されていて、そこで音楽祭の参加登録を行っているようだ。
すでに何人かの人が列を作っている。やはり、参加者はかなり多いようだ。
私達も列に並ぼうとすると、ちょうど前に並んでいる人物に見覚えがあることに気付いた。
「あ、ヘクター!」
「うぉっ!? な、何だお前らかよ」
シルヴィアさんが話しかけると、びくりと肩を震わせて振り返る。
どうやら彼も登録にやってきていたようだ。
なんだか縁があるね。
「お前らも登録か? ちょっと遅いんじゃないか?」
「私達はいつでも登録できますもの。いつ来たって同じですわ」
「くっ、羨ましい……」
苦虫を噛み潰したような顔をして唸るヘクター君。
その言い方からすると、ヘクター君の家では推薦枠のようなものはないようだ。
「それで、調子はいかがですの? 少しは腕を上げまして?」
「ふん、ハクさんを引き込んだからって調子に乗るなよ。こっちだって助っ人を用意したんだ」
「助っ人?」
「そうとも。こいつらだ」
そう言ってヘクター君は少しずれて前にいる人物を指さす。
フードを目深に被り、表情が見えない人と、兎耳を生やした快活そうな女性、それに背が高く、優しそうな目をしているエルフの男性の三人だ。
「数で押し潰そうとしていたようだが、そうは問屋が卸さない。こっちだって数で勝負だ!」
「なるほど、よくこの短期間で誘えましたわね。その努力は褒めて差し上げますわ」
シルヴィアさんによると、音楽祭の参加登録の締め切りは一週間後らしい。
つまり、ほとんどの人はすでに登録済みであり、今更誘ったところでわざわざ登録解除してまた登録し直すなんて面倒なことをする人はいないそうだ。
それに、大抵の音楽家はプライドが高く、自分なりの音楽を持っている。だから、いきなり誘われても音楽性の違いなどから合わないこともしばしばで、もし仮に誘うのだとしたら数か月単位の時間が必要なのが普通だそうだ。
二週間前に会った時はお仲間がいる雰囲気はなかったし、恐らくそこから必死に探したんだろう。
よく見つけられたものだ。なんか、ちょっと妙な感じはするけど。
「ちなみに担当楽器は何ですの?」
「お前らも教えるって言うなら教えてもいいぞ」
「ふむ、まあそれくらいならいいでしょう」
シルヴィアさんが私達の担当パートを教えると、ヘクター君も教えてくれた。
どうやら、ローブの人がフルート、エルフの人がバイオリン、兎耳の人が歌姫らしい。
これにヘクター君のピアノが入るわけだから、それなりによさそうな気はする。
「今回こそは負けないからな。首を洗って待っておけ!」
「ふふ、それはこちらの台詞ですわ。せいぜい頑張るんですのね」
と、そんなことを話していたらどうやら順番が回ってきたらしい。
ヘクター君とその仲間達が登録し、その後で私達も登録する。
これで無事に参加登録は終了。代わりに番号の書かれた札を貰うことになる。
この札は発表する順番を表しているらしい。この番号に書かれている番号が呼ばれたらステージに上がって演奏するわけである。
締め切りが近いこともあって数字はかなり高い方だけど、まあ問題はないだろう。
「さて、これで準備はオッケーですわ」
「お昼を食べたらまた練習に入りましょう。これから二週間はもっと集中的に練習しますわよ」
最後の追い込みとばかりに練習量を増やす宣言をされた。
まあ、気軽にとは言っても戦いであることに変わりはないしね。練習は大事だ。
そうして用事を済ませた私達は、お昼を食べるためにお店を探すのだった。
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