第五百七十七話:最初の合奏
それから練習の日々が始まった。
私の練習は、とにかく音を正確に出すことから始まった。
いくらフルートを浮遊魔法で浮かせたとは言っても、正確に穴を塞げるわけではない。指の長さが足りないから、完全に塞ぎきれないこともよくある。
頑張ればできないことはないけど、演奏中にミスせずに最後まで行けるかと言われたら微妙なところだ。
だから、とにかく練習する。
もし、練習ではどうにもならないようだったら、その時は穴をきちんと塞げるように何か魔法を考えよう。
こんなことで魔法を作るのは何か違うかもしれないが。
カムイの方は、二つしかない太鼓を前に物足りなさを感じているようだ。
まあ、カムイが以前やっていたような激しい叩き方ではないからね。
音が二音とプラスアルファしかない以上、単調にもなる。
まあ、だからこそ増やしたいと言っているわけだけど、この世界ではこれが普通のようだし、まずは合わせてやってみるようだ。
一応叩き方にもコツのようなものはあるようだけど、まあそこはカムイには問題はないと思われる。
普通にシルヴィアさんからも高評価を得ていた。
エルに関しては相変わらず順調である。シルヴィアさん達がつかなくともきちんと弾けるので、今は曲を通しで演奏しているようだ。
もう、エルだけでも参加できるんじゃないかな。
そして最後、サリアに関しては一番の猛特訓中である。
「そこは力強く、お腹に力を込めて!」
「声が伸びていませんわ。もっと伸ばして」
「お、おう……」
二人にビシバシ言われてサリアもたじたじである。
サリアは声こそ綺麗だし、歌もそこそこうまいが、やはり技術が足りていない。
音程を無視した歌い方や、感情の入れ方など、まだまだ教えるべき点は多いようだ。
私が行くからと気軽に参加したサリアからしたらとんだ災難だろう。まさかこんなことになるとは思わなかっただろうし。
まあ、それは仕方がない。ここでうまくなればサリアの強みの一つにもなるし、しっかり指導を受けてもらおう。
「サリアさん、頑張ってください!」
今回は見学としてユーリが遊びに来ている。
流石に、一か月の間ずっと観光しているわけにもいかないし、私達は練習で忙しいしでユーリは相当暇になっているのだ。
お姉ちゃん達はギルドの依頼を受けてどこかに行っているようだけど、ユーリは冒険者になったとはいえランクを上げる必要性もないので、こうして遊びに来たというわけだ。
「そろそろ休憩にしましょう」
シルヴィアさんの合図でいったん手を止める。
この部屋は壁が分厚い関係か割と暑い。
すでにチラチラと雪が降る季節ではあるが、ずっと籠って演奏していると汗をかくこともある。
適度な水分補給と換気は必須だ。
「シルヴィアさん、進捗のほどはどうでしょうか?」
「そうですね、エルさんはすでに仕上がっていますし、カムイさんはたまに暴走する癖がなくなれば問題ありません。ハクさんも順調に成長していますし、後はサリアさんの練習次第でしょう」
一番練習すべきと思われているのはやはりサリアらしい。
まあ、サリアはこの中では唯一完全な素人として参戦したから当たり前と言えば当たり前だけど。
「残りの日数で間に合うと思いますか?」
「十分可能だと思います。少なくとも、歌いきることはできるでしょう」
サリアの歌の技術は日に日に成長している。
私から見れば、今だって十分うまいと思える部類だ。
しかし、音楽家目線からしたらまだまだ物足りない様子。
二人とも優勝とか言う目標はないとはいえ、負けたくない相手がいる以上は下手な歌は歌わせられない。だからこそ、ああやって厳しく指導しているんだろう。
私も頑張らないとなぁ。
「大丈夫です。心配しなくても、皆さんならやってくれると信じています」
「もしこれでダメだったというのなら、それは誘った私達の責任ですわ。だからどうか、楽しく音楽祭に臨んでいただければと思います」
「ありがとうございます」
「さて、そろそろ休憩も終わりましょうか。少しやりたいことがあるんですの」
そう言って立ち上がる。
やりたいこと?
「皆さん、一度合わせて演奏してみませんか?」
「合わせて?」
「はい。皆さん結構うまくなってきましたし、そろそろ合奏してみてもいいと思うんです」
なるほど、まあ確かにぶっつけ本番で合奏するわけにはいかないし、その練習は必須だろう。
まだ怪しいとはいえ、私もそれなりにできるようにはなってきた。
ならば、ここで一度合奏してみるのもいいかもしれない。
「曲は今までもやっていた練習曲です。それなら譜面は覚えているでしょう?」
「私が合図を出します。それに合わせて、皆さん演奏を始めてください」
その言葉に、みんなそれぞれ楽器を構える。
初めての合奏。果たしてうまくいくだろうか?
「それでは、スタート!」
アーシェさんが合図を出し、一斉に演奏を開始する。
練習曲なのでそこまで盛り上がるものではないが、やはり音が合わさるとまた違った聞こえ方がする。
ほとんどが聞き取りやすい部類の音なので、それぞれのパートが自然と耳に入ってくる。
ハミングで参加しているサリアもその音に負けておらず、なかなか様になっている演奏となった。
「……ありがとうございます。なかなかいい感じですね」
「多少調整する部分はありますが、ちゃんと練習通りの演奏ができていますわ」
シルヴィアさんとアーシェさんにもなかなか好評のようだ。
音楽祭までは残り三週間ほど、頑張って練習すれば十分聞くに堪える演奏になりそうな気がした。
「それでは、さっきの問題点を踏まえてもう一度合奏してみましょう。慣れてきたら、音楽祭で使う曲に切り替えましょうね」
「その曲ってどんな曲なんですか?」
音楽祭では、あらかじめ作られた有名な曲を被らないように演奏していくと聞いた。
しかし、それが適用されるのは楽団と歌手のみで、吟遊詩人や無名の音楽家達は自分で曲を用意しなくてはならないらしい。
だから、多分その曲はシルヴィアさん達が作った曲だと思うんだけど、どんな曲なんだろうか?
「そういえば言っていませんでしたわね。学園にいる間に作り上げた新作ですわ」
「タイトルは『百合の花』。とある少女をモチーフにした恋の歌ですわ」
自信満々に見せられた楽譜には譜面と共に歌詞が綴られていた。
なんか、このモチーフにした少女と言うのにどこか既視感を感じるんだけど……。
ま、まあ、多分気のせいだろう、うん。
「サリアさんを歌姫にしたのは正解でしたわね。これは妄想が捗りますわ!」
「ええ、本当に。ハクサリは不滅です!」
なんかぶつぶつ言ってるけど、聞こえない聞こえない。
なんか複雑な気分ではあるけど、本人達が満足しているならまあいいか。他人が聞いたところでわかんないだろうし。
私はため息をつきながら練習に取り掛かった。
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