第五百七十六話:練習開始
「そういえば、シルヴィアさんとアーシェさんはどの程度の腕前なの?」
ひとまず練習に移ろうというところで、カムイがそう切り出した。
確かに、シルヴィアさんとアーシェさんの演奏はまだ聞いたことがない。
私達に指示できるってことはそれなりに音楽知識を持っているのだろうし、切磋琢磨するライバルがいたのならできるんだろうけど、一体どの程度の腕前なのだろうか。
「申し訳ありません。私達の演奏を見せていませんでしたね」
「練習したいあまり忘れていましたわ」
まあ、音楽祭まで残り一か月と言う状況だし、早く練習してうまくならなくてはならないというプレッシャーもあるから焦ってしまったのはわかる。
多分、練習を通じてシルヴィアさん達の演奏を聴く機会もあるだろうしね。
でも、練習する前にどの程度の実力なのかを把握しておくのも大事なことだ。
私達が目指すのがどの程度のものなのかちゃんと見ておきたい。
「では、演奏させていただきますわ」
「お耳を拝借いたします」
そう言って箱からバイオリンを取り出した。
ちなみにこのバイオリン、シルヴィアさん達の愛用のものらしい。
そこの保管庫に置かれていたものではなく、シルヴィアさん達が自ら持ってきたものだ。
ここではバーオリンと言うようだが、確かにバイオリンに似ている。
あれの元となったものを古代人が使っていたらしいけど、よくそんな前の時代に作れたね、こんなもの。
そんなことを考えていると、演奏が始まった。
響き渡る高音の音色。吹き抜ける風のような調べは、心地よく耳を通り抜け、安らぎを届けてくれる。
正直言ってかなりうまい。エルもうまいと思っていたが、二人はそれ以上だ。
しばらくして演奏が終わる。体感的には数秒くらいの感覚だ。
自然と拍手が零れる。いいものを聴かせてもらった。
「凄く上手でした。流石ですね」
「本格的に弾くのは久しぶりなのでちょっと失敗しちゃいましたけどね」
あれで失敗していたのか。どこを失敗したのかわからないんだけど。
「学園ではおいそれと楽器を弾ける場所がありませんからね。必然練習する時間も減っていきました」
「たまにお休みに教室をお借りして練習したこともありましたけど、それも限定的ですからね」
まあ確かに、学園では楽器なんて弾けないだろう。
日中は授業で忙しいし、寮は四人部屋だから勝手に弾くわけにはいかないし、音が漏れない場所も少ない。
一応、教室は他の教室の授業が聞こえないように多少壁は厚く作られているので防音効果が少しあるが、それでも結構漏れるだろう。
せめて音楽の授業があればよかったんだろうけど、あの学園ではないらしい。まあ、元々は魔術師を育成する学校だし、必要ないとの判断だろう。
それを考えれば、よくぞここまで弾けたものだ。
よく知らないけど、楽器って一日練習しないと取り戻すのに三日かかるとか言うのなかったっけ?
それが本当かどうかは知らないけど、久しぶりに弾くというならこれだけ弾けるのは凄いと思う。
「こんな感じですが、ご期待には添えましたか?」
「十分すぎますよ。これからご指導よろしくお願いしますね」
「もちろんですわ! さあ、練習を始めましょうか」
その言葉を合図に、各自練習を始める。
私の場合は、まず確実に音を出せるようになることだ。
リコーダーだったら適当に吹いても音は出ると思うけど、フルートとなると少し難しくなってくる。
元々、前世でもトランペットを吹こうとして全然音を出せなかったし、こうして辛うじてでも演奏できているだけましなのかもしれないけどね。
私には音が出ない理由はよくわからないけど、シルヴィアさん曰く、音を出すべき場所に息が当たっていないのだという。
つまり、一生懸命吹こうとするあまり、息が見当違いの方向に漏れてしまい音になっていないということだ。
だから、まずはその修正から始めた。
唇の形や笛の支え方など、細かい部分を適宜修正しながら吹いていく。
すると、割と早い段階で音は安定して出せるようになってきた。
きちんとした持ち方や吹き方をするだけでもだいぶ変わるらしい。
昔はあまりの吹けなさに学校の鼓笛ではドラムを叩かせてもらったけど、今ならあの時の夢が叶う気がする。
「だいぶうまくなってきましたね。その調子です」
音を出すことに慣れたら、次は正しい音域を出せるようになる練習である。
要はドレミファソラシドをきちんと出せるかどうかだ。
これに関してはこの世界独特のものでもあるのかなと思っていたけど、普通に同じだった。
どうやらこれも古代文明の産物らしい。
「うーん、難しい……」
何が難しいってフルートはかなり長いのだ。
多分、私の身長の半分くらいあるんじゃないだろうか?
そんなに長いものを横に構えて吹くのだから手の長さが足りない。
一応ぎりぎり届いてはいるけど、支えるだけでも精一杯だ。
だから、特定の音を吹こうとするとどうしても取り落としそうになってしまう。
せめてもうちょっと身長があればいいんだけどなぁ……。
いやまあ、一応やろうと思えば身長伸ばせるけど、今やるのは流石に不自然すぎる。
この状態で挑んでしまった以上はこの状態のまま終えなくてはならない。
難儀なものだ。
「ハクさんのフリュート、ぜひ聞いてみたいんですけど……難しそうなら別の楽器にしますか?」
「うーん……」
正直、それもありだとは思う。
バイオリンとか太鼓なら手も届くだろうし、演奏する上での支障はないだろう。
ただ、せっかくコツを掴んできたというのにここで手放すのもなんだかなぁと思ってしまう。
せめてきちんと支えられればいいんだけど。
「……あ、それならこうしてみようか」
私はフルートに浮遊魔法をかける。すると、私が手を放しても、その場でふわふわと浮き続けた。
これならば、バランスの悪い持ち方をしても取り落とすことはない。支える事を気にしなければ音を出すのは容易だ。
「よし、これで行こう」
「相変わらずとんでもないこと思いつきますね……」
隣で見ていたシルヴィアさんが呆れたような様子でこちらを見ている。
まあ、支えていないから見た目には口だけで支えているように見えるのがちょっとカッコ悪いけど、そこは適当に支えるふりをしてやればそれっぽく見えることだろう。
音楽家から見たらだめだしされるかもしれないが、これは私なりの解決法なので大目に見て欲しい。
「大丈夫そうですので、ハクさんはそのままフリュートを頑張ってくださいませ」
「はい、わかりました」
そう言って、一旦シルヴィアさんは離れる。
教える人が二人しかいないので、交代で見て回らなければならないのだ。
シルヴィアさん達自身の練習もしなくてはならないし、かなり忙しい立場だと思う。
私もエルみたいに早くうまくなって手のかからない生徒になりたいものだ。
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